2009年9月号
単発記事
中小企業集積での産学連携
-諏訪産業集積研究センター(SIARC)の取り組み-
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喜多 一 Profile
(きた・はじめ)

京都大学 学術情報メディア
センター 教授


中小企業が集積している地域の1つである長野県・諏訪湖周辺地域。その中小企業との交流をもとにした、大学の研究者の実践的産学連携論。従来の産学連携は中小企業にとってはリスクの取り方という点で難しさがあるが、別の形の産学連携があり得るという。

諏訪工業集積とその課題

多様な中小製造業が地域に集中立地し、柔軟で高品質の製造の基盤となっているのはわが国の製造業の特徴の1つとされ、工業集積とか産業集積と呼ばれている。岡谷市、諏訪市などを中心とする諏訪湖周辺地域は、戦前の生糸産業、戦後の時計・カメラ産業、そして現在は金属加工を中心とした電子部品製造と業態を変えつつ発展してきた工業集積地である。この地域は大都市圏からは距離のある地域ながらも、東京の大田区、東大阪地域などに次ぐ規模の中小企業の集積を形成している。

この地域のもう1つの特徴は、さまざまな試みを民間主導で進めてきたことである。早くから異業種交流活動を展開しており、「協同組合ハイコープ」(1989*1)、「異業種交流グループNIOM」(1990)などの活動を重ね、近年では「諏訪圏ものづくり推進機構」(2005)による地域での工業メッセの開催や「世界最速試作センター」(2004)による試作ビジネスへの展開のほか「デスクトップファクトリー研究会」(2000)による小型工作機械の共同研究開発などの取り組みが重層的に広がっている。また、難視聴地域であるためケーブルテレビが普及しており、ブロードバンドのインターネット接続が早くから展開されていた。これを利用してウェブ上に工業団地を形成する「諏訪バーチャル工業団地(S-VIP)」(1996)などの取り組みもいち早く試みられてきた。

しかしながら、大企業の下請けとして部品を製造する企業が多い諏訪地域は、先に述べたようなさまざまな取り組みにより今後の地域製造業の在り方を模索してはいるが、量産品のアジアシフトが急速に進む中で苦境に立たされている。産学連携はこのような状況を打開するための数少ない方策の1 つであるが、新技術の事業化を試みているベンチャー企業は別として、品質、コスト、納期などの激しい競争の中で大企業の下請けとして部品供給を主としている多くの中小製造業では、研究開発、新規事業の展開の余力は少なく、大学などの基礎研究の成果としての技術シーズから出発して、製品開発を進め、事業化するという意味での産学連携ではリスクを取りにくい。

特に諏訪地域は域内に大学が少なく(茅野市に諏訪東京理科大学がある)、信州大学(長野、上田、松本)や山梨大学(甲府)とも若干距離があり、また下請け製造型の中小企業が主体であることも相まって産学連携面での活動は活発とは言えなかった。この地域に早くから出入りしていた大学の研究者は理工系分野よりもむしろ中小企業論の対象として工業集積そのものを研究フィールドとする経営学系の研究者であった。

試作ビジネスと逆産学連携

先述のように従来の意味での産学連携は、中小企業にとってはリスクの取り方という点で難しさがある。しかしながら、筆者らが諏訪地域と交流を深めてゆく中で別の形の産学連携の姿があり得ることに気付いた。

そのヒントは2001年に地域で行われた「eものづくり@岡谷2001」というイベントである。このイベントでは岡谷工業高等学校の電気工学クラブの相撲ロボットが紹介されたが、そこでは中小製造業が持つ素材や加工などの広範な知識が反映されていた。試作されたロボットは通常の高校生のクラブ活動の域を超えたもので、垂直に立てられた板の上を自由自在に走り回る姿は印象的であった。このロボットには床に強力に張り付きつつ走行を可能にするための異方性の吸盤や高粘性の駆動輪、繰り返し競技をしても損傷が少ない自己修復性のステルス塗装など、中小企業集積が持つ豊かな技術的知識が盛り込まれていたのである。

現代の中小製造業は品質、コスト、納期の厳しい競争の中で、CAD、NC加工機、インターネットなどのITの利活用などを進め、また国内立地による物流面での優位性、多様の企業の域内集積による異業種連携などを生かして多品種、少量(単品)、短納期の製造能力を身に付けている。とりわけ量産品の製造拠点が急速にアジア諸国に移転する中で、小ロットでの短納期の製造能力を武器に付加価値の高い試作品開発などのニーズに応える方向に活路を見いだそうとしている。

一方、科学技術領域でのイノベーションの源泉として期待される研究開発の現場、とりわけわが国の基礎研究を支える国立大学では定数削減の圧力のもと、技術系職員を大幅に削減し続けてきたことなどから、実験装置などの試作における体力低下が著しく、研究試作はしばしば研究活動の足かせとなっている。科学技術立国に向けての政策の中で研究費などは充実してきたが、それを効果的に活用するための高品質な研究試作の必要性については必ずしも実態が理解されておらず、組織だった支援も行われてこなかった。

これらのことを背景に、地域で先述のS-VIPなどの活動を進めてきた大橋俊夫氏(インダストリーネットワーク株式会社代表取締役社長)など地域の産業界の方々と、中小企業研究のフィールドとして同地域と交流してきた東京工業大学・出口弘教授や同氏に紹介されて地域と交流を持つようになった筆者など大学の研究者が今後の製造業の在り方についての議論を進める中で、先に述べたような「中小企業集積の製造ポテンシャルと研究機関での試作ニーズとのマッチング」という着想を得て、大学の研究試作を新しいビジネスの一形態として中小企業集積で担うというモデルの検討を開始した。

具体的には、ロボットなどの研究を行っている大学や研究機関の研究者の協力を得て、中小企業との連携による研究試作のケーススタディーを進めてきた。これは中小企業側にはリスクの少ない連携であり、大学など研究機関の側では研究の効率化、実践的な製造技術の紹介という点で得るところが多い。筆者らは最近、このような連携を「逆産学連携」と呼んでいる。中小企業集積による大学の研究試作については拙著*2でも考察している。

シンクタンクとしての諏訪産業集積研究センター

逆産学連携型の活動を進めつつ、地域と大学の交流を深めていく中で、地域や製造業の将来を模索してゆくためのさまざまな試みを考え、実行するシンクタンク的な機能が必要であるとの認識が生まれてきた。そして、地域の製造業と大学の研究者の方々とでシンクタンク機能の担い手として諏訪産業集積研究センター(Suwa Industry Accumulation Research Center:SIARC)を任意団体として2007年に発足させた*3。略称のSIARCは「サイアーク」と読む。「これ以上悪くなることはない最悪な組織」というジョークとともに紹介され、地域の方々のご理解も得つつある。

SIARCへの大学側の参加者は多様で、経済・経営学、観光学、情報・システム工学、機械・ロボット工学など文理融合的な組織となっている。地域の中では、すでに異業種交流や地域活性化など活動が重層的に形成されている。また、信州大学や山梨大学などが産学連携のための拠点を地域に設置している。さらに大学側には教育研究機関内のネットワークや学会などの学問分野ごとのネットワークがある。SIARCは既存のネットワークや拠点を柔軟に相互接続する「インターネットワーク」として活動を展開したいと考えている。

これまでの活動としては、先端的領域の研究者に研究動向を紹介していただきつつ、試作ニーズを伺ったり、観光、デザイン、中小企業経営など多様な分野の第一線の研究者などを招いて講演を聞きつつ地域の課題を議論するサロン活動などを進め、具体的な連携の契機づくりを行っている。また、地域での大規模な展示会である諏訪圏工業メッセにブースを出して、他地域の工業集積からの訪問者、大学の研究者の立ち寄り拠点として利用してもらっている。さらに各種学会のシンポジウムや大学のゼミ活動、ワークショップなどを積極的に誘致し、地域の工場の見学なども交えてローカルアレンジメントに協力している。これらの活動そのものが地域の活性化の一手法でもあり、また研究者と地域製造業の経営者・技術者の相互交流と情報交換の契機としても役立つと考えている。

SIARCの活動は、派手さを求めず、無理がなく持続可能なものであること、中小企業と大学研究者がWin-Win の関係を築けることを念頭に進めている。このような交流の中から実際の研究試作の依頼なども得つつある。

今後もSIARCはその柔軟さを利点に、さまざまなアイデアや試みを地域に投げ込んでいければと考えている。

*1
1978年設立、1989年に改組。

*2
喜多一.大学と工業集積―研究試作のための協力と課題―.組織科学.Vol.36, No.2, 2002,p.28-37.

*3
喜多一.産学連携の多様な可能性~諏訪産業集積研究センターの試み~.計測自動制御学会.第20回自律分散システム・シンポジウム.2008, p.143-148.