2009年10月号
連載3  - 産学連携による高度理系人材育成
(上)
統計から見る博士課程卒業者の就職状況 技術系産業で確実に増加
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府川 伊三郎 Profile
(ふかわ・いさぶろう)

旭化成株式会社 顧問



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百武 宏之 Profile
(ひゃくたけ・ひろゆき)

社団法人 日本化学会
企画部 参与


ポスドクや博士の就職難が喧伝され、優秀な人材が博士課程に進もうとしないとも伝えられる。しかし、筆者らは統計データから、技術系産業ではこの5年余り確実に就職者数が増加していると反駁(はんばく)する。

はじめに

筆者らは、産学連携による人材育成にここ数年携わっており、博士課程修了者が企業に就職するパイプを太くしようと微力ながら努力している。しかし、状況はすぐには改善されるものでなく、一方でポスドクや博士の就職状況が思わしくないことや恵まれない状況が喧伝(けんでん)されている。博士課程に進学する人が減少しているし、優秀な人材が博士課程に進もうとしない傾向が伝えられる。残念な状況である。

しかし多くの「大学」「官」「産」の関係者が対策に取り組んでおり、強力な施策が開始されている。そのことは博士課程在学者や博士課程を目指す学部学生・大学院生に浸透し、また卒業後のキャリアパスの情報も増えていることにより、今後妥当な進路選択をするようになると思う。優秀な人材が博士課程に進み、卒業後アカデミアはもとより、産業界で活躍することを期待している。

個別事例による議論 VS 統計データによるマクロ議論

人材育成については、個別事例による議論が先行しやすい。例えば、博士修了者の質の議論でも「昔と変わらない」という人の話を聞くと、トップ層の1割か2割の人のことを言っている場合がある。また「非常に質が下がった」という人の個別事例が、1割か2割の最もレベルの低い層の人のことを言っている場合もしばしばある。トップ層は就職に困らないし、アカデミアでも企業でも活躍する。トップ層を生み出す研究室の先生と優秀層を採用している大手企業の人が集まった会議では、博士問題は顕在化しない。博士修了者の中間60%のメジャー層の人をどうするかを議論することが重要と思う。

また、博士問題は全体の話と各分野の話は違うし、また分野によって状況は大いに違う。一般的に、人文系は理科系に比べ問題が多いと言われているし、理科系の中ではバイオ系が特に問題が多いと言われている。従って、全体を対象としたのでは、きめ細かい議論はできない。

以上のことから、議論をしているとき、これは [1]大学院生のどのレベルの人の話をしているのか [2]企業は博士課程修了者を多く採用しているところか、あまり採用していないところか [3]どの専攻分野のことを念頭に話しているのか、を常に検証しながら進める必要がある。個別事例に振り回されることはできるだけ避けたい。そのような混乱が起こる原因の1つは、マクロな議論をする基礎となる統計データが不足していることがその一因である。筆者らが関係する化学分野について言えば、化学系を専攻している博士課程在学生の数を把握することすら至難である。文部科学省の学校基本調査の分類に“化学” はあるが、“その他” に分類されている数が多く、化学系もそこに相当数含まれていると推定され、資料からは実際の化学系の博士課程在学生数を知ることはできない。

博士課程卒業生の企業への就職は増えていない?
図1

図1 博士課程修了者の研究開発者としての採
     用実績の推移

産学官の人材育成に関する各種会議に出席する機会があるが、よく出されるのが図1の文部科学省の「民間企業の研究活動に関する調査報告」である。この間も、経済団体の会議で文部科学省の方が、この表を使って説明された。毎年の調査だが、まったく状況は変わっていない、博士課程卒業生を採用するのは極めて少ない会社に限られ、多くの会社は採用に踏み切らない。状況は、一向に改善されていない。これが、図1から読み取れるところである。会議は悲観的空気が流れる。産業界の人間としては、肩身が狭いし、産学連携の活動が活発に行われているのに残念である。

統計データを求めて——企業への就職者数は増えていた!

化学系の博士課程卒業者はどれくらいいて、化学工業に入社する博士課程卒業者は何人なのか、それくらい分からないのでは、定量的議論はできない。

筆者らは、再度統計データを求めて調べたところ、意外にも学校基本調査の中に産業別就職状況がよくまとめられていることを知った。これはぜひ紹介しなければと本原稿を作成した次第である。これまで、この資料が紹介されてこなかったのは不思議である。

表1 博士課程卒業者数、就職者数、および産業別就職者数の年次変化

表1

表1に示すように、博士課程卒業者数、就職者数、就職率の経年データが出ている。ここまでは、公表されていて、筆者らもよく知っている。

統計速報によれば、平成21年3月卒業生1万6,450人のうち、就職者は1万585人で就職率64%である。製造業に1,812人、技術系産業*1に2,246人が就職している。

図2

図2 博士課程卒業者の就職者数と就職率の推移



図3

図3 博士分野別就職者数の年次統計



図4

図4 卒業者数、就職者数、産業別就職者数の
     増加率  (平成16年を100とする)

図2に示すように、平成20年3月卒業(以下、3月卒業は省略する)、平成21年の就職率はそれぞれ63%、64% と、それ以前よりも4—8%高くなっていることが注目される。

実はここに、産業別の就職者数が詳細に載っている。

驚くべきことに、平成16年以来、製造業も技術系産業も順調に就職者数は増加しており、平成21年/16年比はいずれも1.68ないし1.69倍の伸びとなっている(図3図4)。就職者全体は同じ期間に1.24倍しか伸びていない。

また、製造業のうちの1分類である化学工業、石油・石炭製品製造業(以下「化学工業」と略す:製薬業を含む)の就職者数も記載されている。探していた数字である。平成20年3月に、558人の博士卒業者が化学工業に就職している。化学工業も順調に就職者数を伸ばしており、平成20年は平成16年比1.7倍となっている(図3図4)。

全就職者数に対する技術系企業への就職比率も平成16年の16%から平成21年には21%に増加している(表1の技術系産業への就職率「(C/B%)」参照)。

まとめ

理工系博士課程卒の技術系産業への就職は確実に増えているという心強いデータが得られた(表1)。一方で、採用企業数が増えていないというデータもある(図1)。それはなぜか、次回、解明する。

*1
技術系産業に興味があるので、表1のように就職先産業の[1]建設業 [2]電気・ガス・熱供給・水道業 [3]情報通信業 [4]製造業、を合わせて仮に“技術系産業“と定義し、分類してみた。