2009年11月号
特集1  - 森林から学ぶこと
魚を育てる森
適切な間伐で再生し、森—河川—海の連環を
生かす
顔写真

松永 勝彦 Profile
(まつなが・かつひこ)

四日市大学 環境情報学部
特任教授/北海道大学 名誉教授


四日市大学環境情報学部特任教授の松永勝彦氏(北海道大学名誉教授)は、河川、海の生態系に河川の上流域にある森林が大きな役割を果たしていることを明らかにした。

漁業関係者が、海にそそぐ川の源流域に木を植える活動が各地で行われている。その数はおよそ200カ所。「漁民の森」運動という言葉もすっかり定着した。植樹運動に最初に取り組んだのは北海道漁協婦人部連絡協議会。1988年のことだった。翌89年から宮城県唐桑町の漁民グループ「牡蠣の森を慕う会」が始め、急速に全国に広がっていった。98年2月には22道府県の約50団体が参加し東京都内で初の「全国漁民の森サミット」を開催している。

こうした「漁民の森」運動の科学的な根拠になっているのが松永教授の研究成果だ。森—河川—海の連関(連環)をテーマとする研究も多くの大学で行われるようになった。

松永教授は中学1年の国語の教科書に「魚を育てる森」という文章を執筆している。また1998年から毎年、JICA(独立行政法人国際協力機構)で海外の森林専門家を対象に、森林が沿岸海域の生態系維持に重要な役割を果たしていることを講義している。


―先生の研究領域は「化学」ですね。

松永  水中の各態窒素化合物を高感度で測定する方法の研究で学位を取り、その後、水銀を高感度で測る方法の研究を行いました。この中で、天然の水銀を無汚染で測定する全く新しい方法を開発しました。地球表面における水銀の動きを10年ほど研究したあと、植物が鉄(鉄さび)をどんな形で取り込むのかに興味を持って「鉄の化学」の研究を始め、そこから研究の幅を広げ、現在に至っています。

植物は窒素とリンを「体内」に取り込むときに鉄が必要です。生物にとっても鉄は必須の元素です。例えば、赤血球に含まれるヘモグロビンの中心元素が鉄です。研究のしやすい河川から研究を始め、海に向かいました。北海道のほか、宮城県の気仙沼、三重県の宮川、水力発電に用いた湖水が流入している三浦湾(三重県)などで調査を重ねました。

簡単に説明しましょう。

川の水の中の鉄の一部はフルボ酸という有機物質と結合しています。いわば有機物質が鉄の原子を挟み込んだ形です。こうすることによって鉄は水に溶け、移動するわけです。植物はここから鉄のイオンだけを取り込みます。鉄はフルボ酸と結合しないと生物の体内には入れません。植物が取り込めるもう1つの鉄は、鋼鉄の酸化(さびること)で溶解する鉄イオンです。
河川の流域の土や砂の中にある鉄は粒子状の酸化鉄の状態。そのままでは生物の細胞膜を通過できません。

枯れ葉、枯れ枝、小動物などが微生物、発酵、化学的作用を受けると、分解され無機酸、有機酸などが形成されます。岩石が風化された鉱物とこれらが混合したのが腐植土です。腐植土中の有機酸は人間の手に相当する基(アミノ基、カルボキシル基など)を有しており、それらの基が鉄と結合するのです。フルボ酸は有機酸の1つです。


―そこから海、そして森林への対象が広がるのですね。

松永  次に、河川の水と外洋水が混じり合う沿岸海域を調査しました。沿岸海域は河川水で覆われますから、外洋水に比べ鉄濃度が濃いのが一般的です。しかし外洋とほとんど変わらない鉄濃度の沿岸水がかなりありました。北海道日本海側が顕著ですが、全国に広がっています。河川から、フルボ酸鉄など生物に不可欠な栄養素の供給がないのです。これでは生物は育ちません。こういう沿岸海域で見られるのが「磯焼け」(写真1)です。海藻などが見られない海の砂漠化です。

写真1

写真1 磯焼け

しかし、その上流域には豊かな森林があることから、生物に必要なさまざまな栄養素が河川を通じて海に流れているということが分かり、山に目を向けるようになりました。教授(北海道大学)になった44歳ごろです。


―ボランティアで植林しているそうですね。

松永  仲間で「どんぐりを植える会」というのをつくり、函館で植えています。何もなかった山です。年1回で、もう17年になります。牧場に木を植えることからスタートしました。ふん尿が湖に流れ込むのを防ぐためです。最初、牧場主には相手にされませんでしたが、7、8回交渉し、ようやく納得してもらいました。側溝まで伐採し牧場にしてしまうから、淡水赤潮が発生するのです。牧場関係者には「漁業者と共存することではないか」と言っています。

沖縄のサトウキビ畑も同じです。海岸沿いの側溝まで全部畑にするから赤土が海に流出し、サンゴが死滅するのです。側溝から山頂側に200メートル程度の樹木を残しておけば、それも防げたでしょう。

東南アジアのエビの養殖場でも、海岸沿いのマングローブを400~500メートルの幅で残しているところは赤潮にならないのです。マングローブが水処理場の役割をしているのです。


―日本の森林の現状をどう見ていますか。

写真2

写真2 不十分な間伐による土砂崩れ

松永  わが国の人工林が抱える問題は、戦後植えた杉やヒノキが大きくなっているのに、必要な間伐が行われていないということです。手入れがされていない森林は大雨による土砂崩れが起きやすくなります(写真2)。大きな台風が来たとき、全国各地の森林で見られることです。

それに、木が密集していると豊かな腐植土ができないので、フルボ酸鉄の量も違います。手入れされていない山では、フルボ酸鉄はほとんど形成されないでしょう。間伐が行われないのは採算が合わないからです。輸入材が80%ほどを占め、木材価格は低迷しています。林業が産業としてほとんど成り立たないような状態です。山林所有者にお金が回るようにしないと、日本の森林はその役割を果たせないと思います。

漁師にしても同じで、毎年1万人ずつ減っています。今、20万人です。こうした1次産業はこれからますます重要になってくると思いますが、これが現状です。

森林でつくられた栄養分が雨水に溶け、河川を通して海に運ばれる。雨が降り、また森林に蓄えられた栄養分が徐々に河川に流れ出し、生物を豊かにする、こうした循環で今1番大事なことは「間伐をして豊かな森林に再生すること」なのです。当然二酸化炭素の削減にも大きく貢献するのです。


―JICA(独立行政法人国際協力機構)で講義をしていますね。

松永  1998年から毎年、森林が沿岸海域の生態系維持に重要な役割を果たしていることを講義しています。

毎年受講生は変わりますが、東南アジア、中国、アフリカ、南アメリカなど、各国の森林専門家です。

講義を聴いた受講生たちが帰国後、二酸化炭素を削減するため、河川、湖、海の生き物を豊かにするため自国で植林してくれるものと確信しています。

私は国民の大切な税金で生活し、研究させていただいたことに感謝しています。国民にお返しできる成果を得られ、研究者としての幸せを感じています。

(登坂 和洋:本誌編集長)