2009年11月号
連載1  - 産学連携による高度理系人材育成
(中)
統計データを徹底的に解析する
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府川 伊三郎 Profile
(ふかわ・いさぶろう)

旭化成株式会社 顧問



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百武 宏之 Profile
(ひゃくたけ・ひろゆき)

社団法人 日本化学会
企画部 参与


連載2回目は、博士課程修了者の就職動向を統計データから読み解く。医薬品、化学工業では、博士を採用している企業は一握りだが、それらの企業の採用者数は確実に増加している。しかし、採用企業比率は変わらない。採用したことのない企業に、博士の採用をどう広げていくかが課題である。

はじめに

学校基本調査の博士課程卒業生の産業別就職先データを前回に続き紹介し、その後、前回の統計の謎解明を試みた。

産業別就職数、専攻別の就職動向

図表により、博士課程卒業者の就職状況を説明する。

博士課程卒業者の産業別就職者数比率(平成20年度3月卒:図5
図5

図5  平成20年3月博士課程卒業者の産業別就
     職者数比率(就職者合計 1万288人)
     出典:学校基本調査

技術系産業(「製造業」と「その他の技術系」)への就職者数は20%(小数点以下を四捨五入、以下同)である。教育・学習支援業(34%)と学術研究、専門・技術サービス業(13%)が大きな比率である。前者には大学が、後者には独立行政法人の研究所がそれぞれ含まれると推定される。資料からはそれ以外の具体的就職先の詳細は読み取れなかった。医療・福祉は病院や診療所等が中心であろう。

博士課程卒業者の製造業就職者の内訳(平成20年3月卒:図6

化学工業(製薬業を含む)は全体の3分の1を占めていて最大である。電気情報通信(22%)と電子部品・デバイス・電子回路製造業(8%)を合わせたエレクトロニクス関係が30%となる

専攻別博士課程卒業者の産業別就職者数(平成20年3月卒:表2
図6

図6  平成20年3月博士課程卒業者の製造業就
     職者の内訳(製造業就職者数合計 1,680人)
     出典:学校基本調査

人文・社会や家政・教育・芸術等文科系専攻者の就職率はそれぞれ36%、43%と平均の63%に比べ低い。一方、理工系は、理学61%、工学69%、農学65%と、平均並みである。保健(医学、製薬等)は77%と高い。

注目すべきは、技術系産業への就職比率であり、工学では45%、理学では37%と高い比率になっているが、農学は16%と低い。農学の中心はバイオと推定される。バイオ専攻者が就職に苦労している一端を示すものであろう。

製造業就職者の専攻別内訳(平成20年3月卒:表3
化学工業就職者数の専攻別内訳(図7

化学工業はほかの産業分野に比べ、内訳に特徴がある。1つはほかの分野に比べ相対的に理学が多い。もう1つは農学、保健(主として薬学と推定される)が他産業に比べ格段と多いことである。

化学工業を除く技術系産業就職者数の専攻別内訳(図8

工学専攻が64%と圧倒的に多い。次に理学専攻17%となっている。

図7

図7 化学工業就職者数の専攻別
     内訳    平成20年3月卒
     出典:学校基本調査

図8

図8  化学工業を除く技術系産業就職
     者数の専攻別内訳  平成20年3月卒
     出典:学校基本調査

統計の謎の解明

前回、学校基本調査から理工系博士課程卒業者の技術系産業への就職は確実に増えているという心強いデータが得られた(文部科学省学校基本調査:表1・再掲)。しかし一方で、採用企業数のデータではまったく改善の兆候は見えない(文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査報告」:図1・再掲)。これを解明すべく、化学工業のデータ解析を行った。

表2 専攻別博士課程卒業者の産業別就職者数(平成20年3月卒)

表2


表3 製造業就職者の専攻別内訳

表3


【再掲】 表1 博士課程卒業者数、就職者数、および産業別就職者数の年次変化

表1再掲
1. グローバル化により製薬業採用は博士課程卒業生重視に
図1再掲

【再掲】 図1 博士課程修了者の研究開発者と
     しての採用実績の推移



図9

図9 企業の博士卒の採用比率の推移(含む推定)

近年、製薬業は世界に展開しており、研究開発・臨床もグローバル化が進んだ。その過程で博士学位を持っていないと海外で正当に研究者として扱われないことから、博士課程卒業者の採用に重点が置かれるようになった。大手メーカーの博士採用比率は40-50%に増えたと言われる。製薬業は薬学専攻以外に化学専攻、特に合成化学専攻の博士課程卒業生を採用している。ある大手医薬品メーカー研究部門の博士卒採用状況を図9に示す(推定)。

医薬品メーカー以外の化学メーカーの博士課程卒業生の採用比率も高くなっており、総合化学メーカー3社のそれは約20%になっている。その他大手化学メーカーの少なくとも5社は10-15%と推定される。ある総合化学メーカーの博士課程卒業生の採用状況を図9、10に示した(推定)。

大手医薬品メーカーや総合化学メーカーが平成17年前後に大幅に博士の採用比率を上げ、しかも平成16年ごろより好況であり採用も活発化したことから、学校基本調査の分類である“化学工業(製薬業を含む)”への博士課程卒の就職者数が順調に伸びたものと予想される(平成16年3月卒332名から平成20年3月卒558名に増加)。

また、学校基本調査から化学工業への就職者(理学、工学、農学、保健専攻就職者の合計)を学位別に示したものが図11である。残念ながら製薬業とそれ以外の化学工業の博士採用数の内訳は学校基本調査では分からない。

図10

図10 企業の博士卒採用数(含む推定)
     企業Aの平成16年を100とする。

参考に化学企業(製薬業を除く)のアンケートによる採用データを図1213に示す。図12は14社の平成19年度のアンケート結果である。化学専攻の博士の採用比率は11%で、修士が残り大半の86%で、学部採用は3%と極めて少ない。図13は平成17-18年(平均)の理工系専攻学生の採用に関する化学メーカー24社のアンケート結果である。アンケート回答会社数が、図12より多く、しかも専攻の範囲が広いことから採用数合計が約2倍になっている。博士採用比率は4%と低い。修士卒採用比率は73%である。ここでは学部卒採用比率も22%とかなりの比率である。

図11

図11  化学工業の学位別就職者数
     平成20年(理学、工学、農学、保健専
     攻就職者)  出典:学校基本調査


図12

図12  化学企業(製薬業を除く)の採用
     状況 平成19年(化学系学位別採用数)
     出典:旭リサーチセンター・経産省委
     託調査報告書(平成20年3月31日)

図13

図13  化学企業(製薬企業を除く)の
     平成17-18年の平均学位別採用実績
     (理工系学位別採用数)
     出典:JCII 第8回報告(2007/6)

基本調査と2つのアンケート調査は統一的なものでないので、比較は難しいが、アンケートの範囲が増えると、学士の採用比率が上がる傾向があるようだ。

2. 採用企業比率は変わらないというデータ(図1)と企業就職者数は増加しているというデータ(表1)の謎を解明

以上の化学工業のデータから推定すると、図1表1は一見矛盾するが、いずれも正しいことになる。博士を採用している会社は一握りであるが、博士課程卒業者の採用数を確実に増やしている。一方、採用をしていないところは相変わらず採用していないということになる。化学工業以外の、ほかの産業分野についてはデータはないが、おそらく同様な事情があるのであろう*1

3. 博士課程卒業生を採用する企業を拡大することが課題

これまでのところで、博士課程卒業生の就職者数は増えているものの、採用企業数が増えていないという課題が明確になった。普通、リーダー企業のビヘイビアは、ほかのメーカーに広がっていくのが常なのだが、博士課程卒業生の採用には当てはまっていない。

文部科学省のアンケートによれば、採用していない企業は、そもそも博士卒を採用する必要を感じないというところが多い。自社コア技術の周辺・拡大が研究開発の中心なので修士卒を採用して社内教育した方が良いとの考えの企業、博士卒を採用しても指導者がいない企業等々があるのではないだろうか。

博士課程修了者の優秀さが広く知られるようになれば、採用していない企業も採用を試みるようになるであろう。いかに優秀な博士課程修了者と採用していない企業との出会いの場をつくるかが重要である。

*1
図1のアンケート回答会社数は898社であるが、経済産業省資料「オープンイノベーション環境での研究開発戦略 平成20年9月」によれば、日本の民間研究開発投資は上位200社で(合計10兆9千億円)で全体投資額の9割を超え、上位20社で半分を占めている。上位の会社にかなり研究投資が集中している。エレクトロニクス、自動車、材料、機械、製薬が主たる産業分野とされる。図1で博士卒を毎年採用している企業は884社中の4.9%であるから、43社になる。ほぼ、毎年採用している会社まで含めると11.2%と99社となる。アンケートの回答率も考慮すると、この数字は研究開発投資上位の会社数の割合に対応していると考えられる。