2009年11月号
海外トレンド
21 世紀の大学像への模索 欧州の産学連携に見る2 つの大きな潮流
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田柳 恵美子 Profile
(たやなぎ・えみこ)

公立はこだて未来大学
共同研究センター 特任准教授


欧州では産学連携の優れた政策展開がマクロ的な経済の成果につながりにくく苦しんでいる。筆者は、欧州の産学連携の取り組みの最前線で2つの潮流が見られると指摘する。

欧州の産学連携は国や州ごとに非常に個性に富んでおり、地域社会の数だけ、産学連携の多様さがあると言っても過言ではない。しかしそのような中において、フランス、ドイツ、イタリアなど、EU 諸国の産学連携に総じて言えることは、政策的には非常に優れた展開を見せているものの、それがなかなかマクロな経済貢献の成果につながりにくく苦しんでいるということである。

1990年代以降、EU諸国は政策的に産学連携や技術移転に力を入れてきたにもかかわらず、民間の研究開発投資は全体として伸び悩み、公共の研究開発投資に比べて極めて低い割合にとどまっている。産学連携政策の恩恵は、多国籍企業や大企業、ハイテクベンチャーに集中してしまい、大多数を占める中小企業は、産学連携に必要な科学技術許容力や情報アクセス能力が劣るために、結局は地域経済への波及効果が広がらないという問題に悩まされてきた。その一方で、北欧諸国は米国型と欧州型をうまく融合させながら、独自の展開を見せてきた。フィンランドのように、ノキアなどのリーディングカンパニーと大学が産学連携に力を入れ、伝統的な製紙産業から知識主導産業への構造変革を進め、着実にイノベーションと成長を遂げてきた国もある。

こうした欧州の現況を総括的にとらえるための大変良い機会が今年に入ってあった。2009年3月、奈良先端科学技術大学院大学の主催で、欧州から4名の充実したゲストを迎えた国際シンポジウムが開催されたのである(表1)。本稿では、これら招待講演の内容に触発されたかたちで(一部抜粋を織り交ぜながら)、産学連携の最先端の取り組みについて、欧州から学ぶべきことをまとめた。

表1 国際的産官学連携シンポジウム「産官学
     連携の国際展開への現状と今後の展開」*1

表1

シンポジウムの内容に触発され、考え至ったことは、21世紀に入っての産学連携の取り組みの最前線では、大きく2つの潮流が見られるということである。1つは、大学が「アントレプレヌーリアル・ユニバーシティ(起業家精神を持った大学)」へと自己変革しようとしていることである。もう1つは、地域において「新世紀都市」とも言われるポスト工業化時代の新たな都市集積のハブとしてのリサーチパーク形成の志向が見られ、その中心的役割を担う大学のプレゼンスが、急速に高まっていることである。

「アントレプレヌーリアル・ユニバーシティ」への大学改革

「アントレプレヌーリアル・ユニバーシティ」「アントレプレヌーリアル・サイエンス」という概念は、産学官連携の三重らせんモデルを提唱してきた科学政策学者のヘンリー・エツコビッツらによって、1990年代後半から提示されてきた。今日の大学には、知識資本主義の仕組みにのっとった戦略のもとで知的活動への対価を最大化し、研究者や組織が正当な報酬を確保するとともに、社会への経済的還元においても最大限貢献していくような制度を大学内部に構築することが求められている。21世紀の知識資本主義社会を生き抜いていくための新しい大学モデルが、アントレプレヌーリアル・ユニバーシティである。

シンポジウムでも、この言葉が講演者からごく当たり前のキーワードとして何度も語られるのを耳にした。トリノ工科大学のプロヒューモ氏は、「欧州が抱える最大の矛盾は、世界的に高いレベルにあるアカデミックな知識の一方で、それを活用できない大多数の企業との間に大きなギャップがあり、それが一向に埋まらないことだ。これからの大学が地域に根差し、かつ国際的に活動を展開していくためには、アントレプレヌーリアル・ユニバーシティに生まれ変わること、そのための新たなガバナンスの構築が必要だ」と強く主張する。

2005年の本誌への筆者寄稿記事*2では、エリート大学であるミラノ工科大学の教員たちが、EU統合と産業の空洞化を背景に大企業からの外部資金収入が低迷する中で、地域の中小零細企業への技術移転を促進しようと、企業を足で回る訪問活動を始めたことを紹介した。優れたアカデミック・サイエンスの伝統と実力を誇りながら、その「優秀さ」ゆえに技術移転が進まない―長きにわたるジレンマから、何とかして脱却しなければならないという危機感が、いまやEU 諸国のエリート大学に広く共有されるようになった。「いかにしてアントレプレヌーリアルになるか」ということが、21世紀の新しい大学像へと自己変革する上での重要なイシューになっている。

そうした中でも、1つの成功モデルを示しているのが、フィンランドの産学連携の取り組みである。フィンランドは現在、欧州特許庁への人口当たり特許申請件数で第1位を誇る。他国に比べて著しい伸びを見せ、少なからず産学連携がその数字を支えている。政府はノキアのようなリーディングカンパニーの成長を強力に支援すると同時に、これを足掛かりとして中小企業の技術革新にも力を入れてきた。ヘルシンキ工科大学のイルマヴィルタ氏は、「10年以上前から、わが国の産学連携のレベルは国際的にも抜きんでて高かった」と語る。「決して大学が産業に魂を売ったわけではない。そもそもフィンランドは、“国” というよりも、1つの大きな“クラブ”と言ったほうがいいような社会なのだ」というイルマヴィルタ氏の言葉に、セクターを超えた社会的連携の素地(そじ)が、フィンランドにはもともとあるのだという自負がうかがえる。

戦略的リサーチ・アライアンスを可能にする「研究経営力」
写真1

歴史と最先端が混在する欧州の都市(上:ストック
     ホルム、下:バルセロナ)

アントレプレヌーリアル・ユニバーシティのモデルを実践するための戦略として、最も盛んに見られるのが、キャンパス内への企業の産学連携研究センターの誘致である。こうした誘致戦略は1990年代から徐々に盛んになり、いまや欧米、日本、アジアでも広く見られるようになっているが、近年ではますます、企業と大学との戦略的なリサーチ・アライアンスの関係形成が重視されるようになっている。

アントレプレヌーリアルな活動とは、経済的な活動のみならず、社会的、政策的な活動も含まれており、必ずしも企業とのクローズドで私的な連携のみを志向するものではない。しかし産学連携の経済性を高める上では、必然的にクローズドな連携の中で大きなチャンスを追求するという取り組みが志向されることが多くなる。そこでは、表2に示されたような、戦略的リサーチ・アライアンスの指標(Webster[1998])をどれだけ満たしているかが問われる。これらの項目を見ても分かるように、戦略的リサーチ・アライアンスとは、短期的な応用開発ではなく、より長期的で基礎的な研究を企業と大学が連携して行うものである。そしてまた、大学は企業に多大なスポンサーシップとオーバーヘッドを要求すると同時に、知財の権利においても、必要以上の妥協はしないことが重視される。

表2  産学連携における戦略的リサーチ・アライアンスの指標

1. ある研究グループに対して、1社からの単独のスポンサーシップ
2. 5年間以上の契約
3. スポンサー企業が新たな研究室や研究施設を提供する
4. 契約は初期コストと流動コストをカバーする
5. 基礎的かつ戦略的な研究に焦点を当てている
6. 研究プロジェクト、研究プロセス、研究マネジメントにおいて、企業と大学のスタッフの間の共同参加を伴う
7. 契約は知財の権利をカバーする

Webster [1998], p.98

大学が、厳しいビジネス競争の中にある産業界と互角に渡り合うには、大学間連携によって産業界のニーズに応えることも重要になってくる。例えばスイスでは、各地域で世界トップレベルの製薬会社と大学との大規模な戦略的アライアンス事業が展開されている。製薬産業はこの間、研究開発の外注比率をいっそう高めており、大学にとっては外部資金獲得のチャンスが広がっている。そこでは、複数の大学と複数の企業が共同する産学連携プロジェクトがグローバルに展開されている。チューリッヒ工科大学では、欧州トップレベルの5つの工科大学の連合体「IDEA League」や、スウェーデンのチャルマース工科大学、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)、東京大学との4大学で結成した「AGS」(持続可能性のためのグローバルアライアンス)といった、ダイナミックな大学間連携を展開しており、こうしたアカデミックネットワークの強化を背景に、企業との戦略的パートナーシッププログラムを加速させている。例えばIBMとは、共同でナノサイエンス研究センターを設置する計画が進んでおり、IBMが6,000万ドルという巨額の予算を出資してセンターを開設し、その後10年にわたり、チューリッヒ工科大学がIBMから設備を借り受けるかたちで研究活動を展開することになる。「われわれの研究活動から生まれる知財に関しては、競合他社へのライセンシングについても柔軟な対応をしてもらうよう交渉させていただいている」(チューリッヒ工科大学・ボナッチオ氏)

ドイツのアーヘン工科大学でも、産学連携の共同研究は「5年、10年、あるいは無期限での契約を目指すようにしている」(同大学・ウルテル氏)。そうした共同研究にふさわしいテーマ、企業も大学も満足しうるテーマを設定することは大変難しいと言う。

大学が、誇り高きアントレプレヌーリアル・ユニバーシティであるためには、こうした困難な交渉をも可能にしうる「研究経営力」が、何より重要なものとなっていくのだろう。

新たな都市型知識集積 ―「新世紀都市」のハブとしての大学へ
写真2

新世紀都市では研究機能が生活や商業と融合
     する( 写真はストックホルム近郊のシスタサイ
     エンスパーク)



写真3

ヘルシンキ・ビリウム・フォーラム
     HP http://www.forumvirium.fi/en/forum-virium-
     helsinki.html



写真4

         ヘルシンキ・リビング・ラボ
              HP http://www.helsinkilivinglab.fi/

産学連携研究所のキャンパスへの誘致は、産学連携の動向と同時に見られるようになったが、年々その動きは、組織的で規模の大きなもの、リサーチパーク型のものが増加している。そこでは、以前の大学併設型リサーチパークとは異なり、より地域に開かれた「新世紀都市」とも言われる新しいリサーチパークを志向している動きが見えてくる。

新しい動きの特徴は、都市市街地の再開発計画に組み込まれ、近隣の住宅地区や商業地区ともつながりを持った、都市機能の一部としての集積の形成が目指されていることである。例えば、スペインの「22 @ Barcelona」では、旧市街地の綿工業の工場跡地が、情報技術・医療技術分野の国際的リサーチパークとして再開発された。米国やシンガポール、韓国などにも、類似の取り組みが見られる。こうした新しいタイプのリサーチパークを、MITのマイケル・ジョロフ教授は「新世紀都市」と名付けた。隔離された研究開発機能の集積ではなく、生き生きとした地域社会を創造するための知識集積都市であること、大学はそのためのハブとして多様に機能していくことが目指されている。

トリノ工科大学は、工学部キャンパスの後背地の工場跡地に、17万平方メートルの新キャンパス「チッタデッラ・ポリテクニカ」を造成した。2005年の計画開始時から、閉ざされた産学連携の場ではなく、「街の日常生活に統合され、学生に新しい文化的刺激を与える場」を創出することが目指されたと、トリノ工科大学のプロヒューモ氏は言う。これまでにモトローラ、GM、マイクロソフトをはじめとする18の産学連携研究センターとインキュベートオフィスが整備され、キャンパス内に2,000人を超える民間雇用が創出されている。

フィンランドでは、新世紀都市の最も象徴的な事例を見ることができる。産学官民の連携によって組織されたヘルシンキ・ビリウム・フォーラムによる社会実証実験プロジェクト「リビング・ラボ」は、ヘルシンキ市民4,000人の参加を得て、生活の場で最先端技術の実験開発を行うものである。そこでは、市民が生活する街中が、研究開発のフィールドとなる。フィンランドは、こうした「リサーチ・ラボからリビング・ラボへ」の発想転換をさらに推進している。2008年には、政府は「技術のプッシュから、市場のプルへ」の転換をイノベーション政策の新しい目標に据えた。人々が、市場が、何を求めているのかを鋭く見定めることなしに、イノベーションはあり得ないということである。大学もまた、産業界や専門家とのみ連携するのではなく、「すべての人々とのパートナーシップを追求する」(ヘルシンキ工科大学・イルマヴィルタ氏)ことで、多方向の社会連携を展開する方向にある。いまやこのリビング・ラボの取り組みは、国境を超えて欧米やシンガポールなどにも広がりつつある。

2010年には、国の大学政策の改革の下で、ヘルシンキ工科大学と、近隣のヘルシンキ情報大学、ヘルシンキ工芸大学とが統合し、「アアルト大学」として生まれ変わることになる。技術主導から市場主導へ、産学連携から社会連携への流れの中で、学際的な産学連携、さらには文理融合の産学連携の重要性が高まっていることがその背景にある。

以上、産学連携の新しい方向、新しい大学像について、大きく2つの潮流を論考してきた。欧州は常に優秀な政策を打ち出すが、伝統的な大学文化や産業構造の色濃い欧州の都市では、地域経済に貢献する技術移転がなかなか成功しにくいと言われてきた。しかしこの10年で、大学は北欧などの成功モデルに学び、自ら時代遅れの姿から脱却し、21世紀にふさわしいイノベーティブでクリエーティブな存在になるための努力を続けている。変革へ向けたそのたゆまぬ姿勢には、日本の大学も学ぶべき点が多いと言えるだろう。

*1
国際的産官学連携シンポジウム
(文部科学省産学官連携戦略展開事業)
「産官学連携の国際展開への現状と今後の展開」
日時:2009年3月2日(月)
会場:ホテルグランヴィア京都(京都市下京区)
主催:奈良先端科学技術大学院大学

*2
本誌2005年2月号(Vol.1 No.2 2005)産学官連携海外トレンド報告 欧州にみる産学官連携ブームの「揺り戻し」(全2回) 第2回 スペインの勃興、イタリアの停滞