2009年12月号
単発記事
創薬・医療技術基盤プログラムの始動に向けて
創薬イノベーションにおける“死の谷”の橋渡し役として

新保 斎 Profile
(しんぼ・いつき)

独立行政法人 理化学研究所
研究戦略会議 研究政策企画員

ポイント
●創薬研究のパートナーを目指した創薬・医療技術基盤プログラムを始動
●先端ライフサイエンス基盤を創薬基盤に再構築して、創薬研究を支援
●創薬コーディネータによる創薬コンサルティングなどの支援の実施

図1 日本における医薬品研究開発の問題点の解決策

図1 日本における医薬品研究開発の問題点の
     解決策



図2 創薬・医療技術基盤整備の概要

図2 創薬・医療技術基盤整備の概要

人々の健康に役立つ医薬・医療技術の創出は、ライフサイエンス研究に求められている重要な課題である。医薬・医療技術は、製薬企業や医療機関が実用化を進めていくが、その開発過程において、バイオベンチャーや学術機関が保有する創薬シーズの役割も大きく、外部の研究成果を取り入れて創薬開発や臨床研究を進める事例も増えている。しかし、学術機関が生み出すライフサイエンス研究の成果と、医薬・医療技術の実用化の間には大きな「死の谷(ギャップ)」があり、なかなか創薬の実現に結び付かないのが現状である。医薬・医療技術の開発を活性化するためには、この「死の谷」を克服する必要があり、海外では、この「死の谷」を埋める役割はバイオベンチャーが担うとともに、公的研究機関の中にも、創薬分野の研究開発を支援する拠点*1が形成されている。米国では、アカデミアと製薬企業の間をつなぐ機能として、バイオベンチャーが充実しているものの、日本では、これが決定的に不足している。独立行政法人理化学研究所(以下、理研)は、この部分を補完する役割としてその機能を発揮できることが望ましいと思われる(図1図2)。

理研の創薬研究への新たな取り組み

理研は、これまでにさまざまなライフサイエンス研究のプロジェクトを担当し、先端的な技術基盤を多数構築してきた。平成22年度以降、これらの技術基盤を最大限に活用して創薬研究を効果的に推進するため、技術基盤を再構築し、創薬研究の上流から下流に至るまでの総合的な研究支援を行う「創薬・医療技術基盤プログラム」を始動、各技術基盤を「創薬基盤プラットフォーム」として整備を進めている(図3)。このプロジェクトは、創薬基盤プラットフォームを活用した研究開発の支援を行い、学術機関やバイオベンチャーが保有する「創薬シーズ」の実用化に向けてサポートを行うことにより、製薬企業などがバトンタッチできる開発ステージに進めることを目指す。具体的には「創薬コンサルティング機能」と「創薬基盤プラットフォーム」を広く社会に提供し、「創薬・医療技術の創出を実現する仕組み」を構築する。

創薬コンサルティング機能——まずは戦略を一緒に考える
図3  理研が確立を目指す創薬基盤プラットフォームの全体像を示す。

図3  理研が確立を目指す創薬基盤プラットフォ
     ームの全体像を示す。創薬研究の上流から下流
     に至る総合的な支援ができる体制としている。
     「理化学研究所 創薬基盤強化プロジェクト」
     http://www.riken.jp/pharma-program/

創薬シーズを開発段階へと進めるに当たり、どのような課題があり、いかなる戦略で進めていくかといった計画づくりが重要である。創薬コンサルティング機能では、実際の創薬経験を持つ専門のコーディネータが、創薬シーズについて話を伺い、研究戦略を一緒に考える。本プロジェクトのリーダーとなる後藤俊男特任顧問は、日本発の免疫抑制剤(FK506)の発見、開発を主導した経験がある。研究戦略や創薬基盤の利用条件などの合意を経て、創薬基盤などを活用しながら、創薬研究の支援をしていく(図3)。そのほか、医薬開発に関連する基礎データの取得などに応えるために、医薬候補物質とタンパク質との結合様式の構造解析や、ポジトロン断層法(PET)*2 による薬物動態解析なども対応する。

創薬基盤を再構築した横断的な創薬基盤プラットフォーム―最先端の研究基盤のアクセスを容易にする

理研の研究技術基盤は、ライフサイエンス研究で培われた独創性のある技術が結集している。今後はさらに、創薬研究の上流から下流までを総合的に、また効果的に支援できるように、創薬基盤プラットフォームとして再構築する。既に構築の準備状況が進んでいる技術基盤である「ケミカルバンク基盤」「インシリコスクリーニング基盤」「NMR 基盤」「マウス基盤」「分子イメージング基盤」があり、創薬基盤として研究開発に活用できる。

[1] ケミカルバンク基盤
   理研の天然化合物バンク「NPDepo」には、放線菌を中心とした微生物の二次代謝物のほか、天然化合物の類縁体・誘導体など、これまでに3万2,000種を上回る化合物を収集・保管しており、それぞれの化合物情報、化合物名、構造式、起源生物種、物性、生理活性など収録した化合物データベース「NPEdia」を公開してきた。そのほかに、理研独自の化合物アレイスクリーニング技術も利用可能。この技術の利用により、希少な天然化合物についても、低コストでスクリーニングをすることができる。
[2] インシリコスクリーニング基盤
   インシリコスクリーニング基盤では、タンパク質—薬剤複合体形成を予測する「分子ドッキングシミュレーション」と、化合物の結合親和性を高い精度で明らかにすることができる「分子動力学シミュレーション」を組み合わせたスクリーニングを展開。この2つのシミュレーションを組み合わせたスクリーニング技術を活用し、実際に細胞やタンパク質を使うWET系の実験結果に迫る正確性を目指す。さらに、電子化合物ライブラリーの整備、タンパク質立体構造解析技術やWET系のスクリーニング技術を組み合わせることにより、より一層強力なスクリーニング環境を実現している。
[3] NMR 基盤
   NMRは、タンパク質と化合物の相互作用を生理的条件に近い環境で解析することができる技術である。原子レベルでの相互作用情報や立体構造情報など、ほかの解析技術では得ることが難しい情報が得られ、化合物がタンパク質のどの部位に結合しているかなどを知ることができるため、化合物の構造を最適化する上で力を発揮する。また、弱い相互作用についても解析が可能なため、開発の初期段階での候補化合物の評価にも有効である。
[4] マウス基盤
   特定の疾患を呈するモデル動物は、疾患メカニズムの解析に役立つだけでなく、新薬候補の効果を評価する強力なツールとなる。理研では、疾患モデルマウスの開発を進め、現在、疾患の原因となるDNA変異まで同定できている62種のヒト疾患モデルマウスを保有している。マウス基盤では、これらのリソースを有効活用するために、国際標準化された表現型データベースに情報を掲載。さらに、マウス表現型解析システムでは、マウス解析のスペシャリストによる400以上の評価項目の解析技術の提供している。
[5] 分子イメージング基盤
   分子イメージング基盤では、非破壊的な生体観察システムとして注目されるPETの性能を高め、世界最高レベルの化合物検出技術を実現できる。理研は世界最高レベルの1.0~1.5mmという空間分解能を達成し、マウスなど器官の小さなモデル生物で、より正確なデータが取得できると期待できる。PETでは、検出する化合物を放射性同位体で標識する必要があるが、標識による化合物の特性に影響を与えないように、約5分という短時間で[11C]を候補化合物に導入する系を確立した。最適な標識部位を可視化することで、生体内での薬物動態を的確に評価できるシステムとなる。この標識化した化合物の製造方法は、マイクロドージング試験*3にも利用でき、安全性の高い医薬開発に貢献する。

これらの創薬基盤は、個別に存在させるのではなく、創薬研究を一気貫通で支援できるように、総合力の発揮した体制であるとともに、一体的な技術基盤とさせるべく展開していく。また、この創薬基盤は、理研のみでとどまるものではなく外部との連携による、1つの連携体としての技術基盤に発展させることも必要と考えている。例えば、ケミカルライブラリーについては、理研だけでは十分ではないので、創薬ベンチャー等との連携により、より多くの化合物にアクセス可能とする必要がある。また、前臨床試験といった機能については、研究所内で持つことは難しい反面で、臨床研究・試験への橋渡しという点では重要になるので、初めからネットワークを持っておくことが重要だと考えている。

以上のように、理研の新しい創薬の取り組みとして、「創薬研究基盤の整備と提供」と「創薬研究の着実な推進」を述べた。理研が、創薬イノベーションにおける「死の谷」を克服するための役割を担い、ライフサイエンス研究の出口戦略に貢献できればと考えている。

*1 :創薬分野の研究開発を支援する拠点
欧米のさまざまな公的研究機関では、研究・実験施設、化合物の最適化やスクリーニング、臨床技術、膨大な化合物データを収容したライブラリーなどの創薬基盤を民間の創薬関連企業や学術機関に広く提供し、創薬の実現・加速化に貢献している。代表的なものとしては、米国のブロード研究所、米国国立衛生研究所の分子ライブラリー&分子イメージング、ドイツのマックスプランク研究所の創薬開発センターが挙げられる。

*2 :ポジトロン断層法(PET)
ポジトロン断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)。陽電子(ポジトロン)が消滅するときに放出するガンマ線を検出して、断層撮影を行う方法。陽電子崩壊する核種で標識された化合物をサンプルに投与する必要がある。

*3 :マイクロドージング試験
マイクロドージング試験とは、効率的な医薬品開発を促進するために、超微量(予想薬効量の100分の1以下、かつ100μg以下)の標識化合物をヒトに早期に投与して、最適な薬物動態を示す開発候補化合物を選択する試験。ポジトロン核種や炭素14などでラベルした試験薬の微少量を投与し生体内の薬物動態などを測定することにより、第Ⅰ相試験の開始前に開発候補化合物の評価を行う臨床試験。