2010年1月号
特集  - 希望の低炭素社会
まず日本から、低炭素社会モデルをつくろう
顔写真

北澤 宏一 Profile
(きたざわ・こういち)

独立行政法人 科学技術振興機構
理事長


聞き手・本文構成:松尾 義之 Profile

(株式会社白日社 編集長/
東京電力科学誌「イリューム」
編集長)


明るい気持ちでCO2 を削減

— 鳩山首相のCO2 の25%削減宣言は、外国より国内でジワジワ波紋を広げていると感じます。

北澤 ええ。国際約束ですから、国内ではやる順序を考えるだけの問題になります。達成への道筋を早急に探し出す必要に迫られています。ここで最も大切なポイントは、若い世代を前面に出して、みんなで明るく実現していくことだと思います。

—科学技術振興機構(JST)が昨年末に発足させた「低炭素社会戦略センター」がその重要な役割を担うことになると思います。

北澤 実はJST はすでに3 ~4 年前から、低炭素社会に向けた研究の取り組みを開始していて、CREST*1やさきがけ*2でも実施しています。こうした中でJST の目標課題として大きく取り上げる必要が認識され、「低炭素社会戦略センター」の発足も含めて、22 年度概算要求のまさに1 丁目1番地として盛り込むことが決まりました。

JST の取り組みに大きな影響を与えたのは、1999 年に開催された国際科学連合会議(ICSU)でのブダペスト宣言です。「科学は社会の中にあり、社会のために存在する」ことを科学者自身が決議したのです。日本学術会議もこの宣言を受け入れました。そしてIPCC(気候変動に関する政府間パネル:Intergovernmental Panel on Climate Change)の第4 次評価報告書が突きつけた人類最大の課題である地球温暖化問題の解決に、科学者は義務を負ったことになるのです。

日本の基礎科学研究費は、学術振興会が主に扱う科学研究費補助金2,000億円とJST の戦略創造事業500 億円から主として成り立っています。研究者の皆さんには、自らの研究テーマを低炭素社会づくりという観点に立って見直し、この戦略創造事業にどんどん画期的な案を応募していただきたいのです。

— 国際社会との連携も大事ですね。

北澤 地球温暖化問題は、包括的な形で解決課題が設定された最大規模のケースかもしれません。人類の挑戦と言われるように、日本人だけが頑張ったらいいというものではありませんし、科学者、技術者だけというわけでもありません。社会の構成員全員が協力できるような仕組みをつくっていかなければなりません。

もう1 点、低炭素社会づくりという概念は、いずれはイデオロギーになっていくと予想します。イデオロギーは「毎日の私たちの生活規範を包括的に与え、なおかつ、外交や国家間の利益関係をも決める規範」です。社会主義と資本主義のイデオロギーの戦いはベルリンの壁崩壊とともに終わりましたが、新たなイデオロギーがこれからの外交を、例えば、低炭素化指標に連動する関税率といった形で支配していくことも考えられます。

JST 低炭素社会戦略センターが目指すもの

— COP15コペンハーゲン会議では途上国と先進国の利害対立が露骨に現れていますが、温暖化問題の重要な柱の1つは、現在の世代と未来世代との間の不公平をいかに解決するか、という点にあります。

北澤 そうです。「低炭素社会戦略センター」が目指すのは、現世代と子供たちの世代が未来を共有・共感するための努力です。子供たちにも積極的にメッセージを発信していきます。低炭素社会という将来のビジョンを小中高校生にも提示して、共につくってもらう。「このようなことができたら、未来はもっと明るい社会になる」というプランを挑戦テーマとして考えてもらう。いずれそこまでいくでしょう。

— そうしますと、広い意味でのシンクタンクのような形になるのですか。

北澤 メッセージの発信センターのような形を考えています。将来ビジョンを構築していく中で、当然のことながら解決すべき課題が見えてきますので、それはJST 社会技術研究開発センターの方で、具体的な研究課題として取り上げていきます。例えばモデル都市を考えるとすれば、学校や周辺地域や家庭を含めたモデル地域での先行的な社会実験も必要になるかもしれません。そうしたことも、新しいセンターは考えることになると思います。

— 経済的な側面を強調し過ぎるのはいけないと思いますが、考えておくべき要因かと思いますが。

北澤 そうです。低炭素社会づくりは経済合理性のあるシステムになっていかねばなりません。ある経済学者に聞いて分かったことですが、何らかの変化が「国民の重荷」になるのか、それとも「経済成長」になるのかは「国民がその方に価値がある」と認めるかどうかにかかるのだそうです。携帯電話やi-Pod は出費が増えても国民は受け入れました。経済成長です。

これからの低炭素化への社会の努力はもう少し複雑な技術変化と社会変化を必要としますが、それを国民が「価値あること」と認めて負担に耐えてくれるかどうか、強制的にお金を払わせるのでは、サステナブルでないし、継続しません。しかし、例えば、建築基準法を改定して、皆が自発的により高コストの省エネハウスやポジティブエネ・ハウスを購入するようになれば、その分だけGDP(国内総生産)が増えることになるわけです。

具体的な政策はすでにいろいろ登場しています。1 つは上手に規制を使うことです。1970年に米国カリフォルニア州で排ガス規制をしたマスキー法は、結果としてホンダのCVCC エンジンを生み出しました。その流れは、世界中の人が驚いたプリウスの開発にも結び付いています。あるいは、ドイツの太陽電池市場導入策としてつくられた法律は、太陽電池による発電は電力会社が高く買ってくれ、導入した人は10 年で元がとれるというものです。また、金融会社が、CSR(社会貢献)活動を絡めたファンドをつくり、金利の優遇とともに、再生エネルギーや電気自動車の開発に投資する、というやり方で米国では数兆円もの投資を集めています。

— それを「わかりやすく」提示するのが大事ですね。

北澤 「低炭素社会戦略センター」の初代センター長は、元東京大学総長の小宮山宏先生です。先生は東大時代、古いエアコンや照明器具をどんどん新しい省エネタイプのものに置き換える、「どんどん買う」、という非常に分かりやすいキャンペーンを繰り広げられました。ご自身の家庭も断熱型の省エネ住宅に建て替え、ヒートポンプ型の給湯器やハイブリッドの車に替えて、家庭でのエネルギー消費量が8 割も削減できることを、ご自身がモニターとして実証しました。

低炭素社会へのプロセスがどういうものなのか、暗いイメージではなく、むしろ、今の日本の若者の感覚にぴったりくる「クール・ジャパン」のセンスで牽(けん)引してくれると思います。

若い世代の高い環境意識を活かそう

— 今の学生・若い世代の環境意識は非常に高いと思います。

北澤 中学や高校に出張授業に出かけると、ほとんど100%が「宇宙船地球号を守る」使命を果たそうとする子供たちです。今の40 歳以下の世代は、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』、松本零士の『宇宙戦艦ヤマト』などの影響を受けて育っている。彼らは、自然と人間の相克状態をしっかりと意識していて、現在の地球が抱える問題をはっきりと感じ取っている。すでに彼らの価値観は、私たち中高年以上の世代とははっきりと異なっていると感じます。

私がまだ東京大学工学部の応用化学教室にいたときのことですが、学生20 人ほどが家に遊びにきて、「今尊敬する日本人は誰か」という話題になりました。オリンピックで高橋尚子さんや柔ちゃんが活躍していたときで、いろいろな名前がポツポツと出てきました。ところが誰かが「宮崎駿は?」と言ったとたん、全員が「異議なし!」と答えました。

すでに彼ら世代は日本社会全体の中でかなりの割合を占めています。10年後の2020 年までに25%のCO2を削減するという目標も、彼らは重荷と感じるのではなく、自分たちの生きていく価値として取り組んでいく。われわれの世代が引退することで世の中の価値観が変わっていくと言えます。

— 重要なご指摘だと思います。ただ、1つ気にかかるのは、日本人は「自分の考え方・ものの見方は、世界中の人も同じである」と勝手に前提化しがちな点です。例えばアメリカは、1人当たり日本人の2倍以上ものエネルギーを消費しているのですから、どう頑張っても日本のような省エネ社会にはすぐにはなれない。ヨーロッパも日本ほどうまくいっていない。まして中国やインドなどは、まずは経済発展という前提命題があり、国家全体として環境意識を共有する話にはまだいきません。

日本の人々が高い環境意識を持っているのはよろしい。でも、だからといって、世界中の人たちも同じ意識を持っていると思い込むのは錯覚です。むしろ、日本のような考え方をできるのはまれであり、経済力、資金、科学技術力、社会基盤がこれだけ整った社会だからこそ、たとえ他の国がやらなくても日本はやっていくんだ、という認識を持った方が健康だと思います。

北澤 この分野では、まず日本が走り出す。それはある意味で日本の宿命のようなものかもしれません。

1999 年の若者世代の意識調査というものがあります。これは高校生を対象としたもので、世界で同じ調査が行われ、各国の比較が得られました。その中で「未来に希望が持てるか」という質問項目があり、なんと日本の高校生で「希望が持てる」と答えた人は35%しかいませんでした。中国では89%も「イエス」と答えていて、他の国もだいたい65%以上でした。

要するに、今の日本の若い世代や子供たちは、どこか「冷めている」「しらけている」状態であり、これは大変だと学生に話をしたら、意外な答えが返ってきました。「先生、われわれも、しらけていました。でも20 歳を少し過ぎると、そこから立ち直って現実に戻るんです。心配はいりませんよ」でした。しかしながら、若い時代に10 年もの間「しらけている」国は、どうしても犯罪率も上がってくるし、社会の活力も落ちます。ですから、若い世代が早くから挑戦すべき課題を見つけ、夢を持って解決のために努力していける環境をつくりたいですね。 

 
日本は捨てたものではない

— 北澤先生と私は、おそらく「日本は世界で最も豊かな国だ」という共通認識を持っていると思います。

北澤 今、「日本はものすごく借金が多くて、未来に借財を残しているどうしようもない国だ」と思っている人たちが多い。もちろんそれは誤りです。

次の質問を考えてみます。「世の中に100 人しか住んでいないとします。誰かが誰かから借金をします。では、そのとき、100 人合わせた借金はいくらでしょうか」。答えはもちろん「ゼロ」です。常にゼロなんですね。みんなでお金をためて、20 年後にみんなで使いましょう、なんていうことは決してできない。20 年後に誰かが楽しもうと思ったら、誰かがその楽しみを支える仕事をしなければならない。お金だけ持っていてもどうしようもないのです。これは経済学の大原則です。

日本国では政府が大借金を持っていることは確かですが、国民の貸しているお金と足し合わせれば基本的にチャラ。しかも、海外に膨大なお金を貸していますから、日本は貧乏ですと言ったら、海外から見たら大ウソです。この残りのお金がアメリカや中国などに投資されて、250兆円ぐらいが日本の対外純資産になって残っています。250 兆円は世界最大です。その純資産から金利や配当の形で日本に入っている。このお金が年間10 兆円を超えて、いまや毎年平均10 兆円の貿易黒字よりも多い。合わせて20 兆円以上の黒字が毎年出る。元金がどんどん増えているのが日本なのです。

この事実に日本人がまったく気がついていないところに問題があります。極端なことを言えば、海外投資でもうけ過ぎている。むしろ貿易は若干赤字基調くらいにしないと、世界で相手にされなくなる危険性があるのです。

日本人は、世界の他の国にどんどんお金を貸して、国内では貧しい生活を送っている。二宮金次郎の倹約精神は、今の状況では誤りです。このメンタリティから脱却しないといけません。もちろん勤勉は大事で、その上で、国内でお金を使う必要があるのです。

— その通りだと思います。しかし、豊かになって、買いたいものさえあらためて考えないとわからない国になりました。

北澤 要するに思考停止状態になっているのです。今の日本人は基本的に飽食の時代、もの余りの時代、サービス過多の時代にいます。第三次産業までの価値に過剰感を覚えるようになってしまった。そこから「何も買いたくありません」と短絡してしまう。ここが間違っているところです。

物質主義でない価値、僕は「第四の価値」と呼んでいますが、それを追い求めるべきなのです。それが例えば環境です。太陽電池を購入するのも、第四の価値を購入することになります。ODA(政府開発援助)もそうです。しばらく前は1 兆円以上使っていました。今は、欧州各国より少ない頼りない国になっている。文化や仲間との活動、美しい街や村、いくらでも日本が手に入れるべき第四の価値があります。

日本の若者たちが、自分たちの存在意義を考え、未来に希望が持てるような事業を進めていく。そのためにお金を使っていく。彼らの軍資金だと考えれば、国民がそれを支えることはサステナブルです。ただ、政府にはお金がありませんから、直接は政府が投資することはできない。国民が投資するしかない。国民は、1,500 兆円も持っているからです。政府は、国民が積極的に投資できるような仕掛けをつくらなければならないのです。

— 世界中の人が、日本人が大金を持っていることを知っています。知らないふりをしているのは日本人だけですね。 

科学技術外交を展開する

— JSTでは科学技術外交にも取り組み始めたそうですね。日本の最大の武器である科学技術を、外交に使ってこなかったこと自体が不思議ですね。

北澤 日本は今海外の国からはよく見えない国になってきているとされます。外交は相互に得意とする分野で共同作業をすることが最も有効です。科学技術は日本の強いツールです。そこで科学技術外交は、JST の大切な柱の1 つにしようと考えています。

すでにヨーロッパ諸国など先進国に対して、科学技術外交を展開しています。その結果、それまでは「極東の向こうにかすんで見えなかった日本」が、「アメリカに次いで2 番目によく見える国になりました」と言われるまでになりました。外交チャンネルの支援を得て相手国と協力分野を決め、双方のコンビ・チーム研究者を募集して選考委員会を経て開始します。

一方、途上国とは科学技術ODA を進めています。科学技術ODA で1 番大切なのは何だと思いますか。意外に聞こえるかもしれませんが、「相手国で尊敬される」ことなのです。実際に参加している科学者が「援助」と思っていないのも良い点ですね。

具体的には水問題、環境、感染症、生物多様性といった地球規模での課題解決型研究を進めているわけですが、日本人の研究者が尊敬されるかどうかは、彼らがクオリティの高い科学者かどうかです。そういう人を選んでおけば、相手国でも尊敬される。そうすると、自然に相手国でもその分野の研究者が育ち、人材が残せるのです。人づくり、つまり「相手国に人材を残す」という点が、科学技術ODA の最大の特色です。

— 研究体制をきちんと根付かせて、その地に後継者をつくるのは、大事なポイントですね。

北澤 今、JST とJICA(国際協力機構)が一緒にチームをつくって協力して進めています。向こうの研究者を支援するのはJICA、日本側の研究者を支援するのがJST。その両方がうまくかみ合わないと、この事業はうまくいきません。諸外国では、これを外務省関係の組織と科学技術関係の組織がばらばらにやろうとしているため、うまくいかないと言われています。

単に日本の科学技術が進んでいるからだけではなく、日本人のメンタリティもこの科学技術ODA には生かされているので、評判がいいのだと思われます。

いまODA ではアフリカが話題となってきています。特にサハラ周辺は、世界でも最も貧しい地域、良い産業がない。ヨーロッパが中心となって支援をしてきましたが、うまくいかなかった。そこで、日本が協力してくれないかということになってきています。日本が参加するならこれまでとは違うやり方がありそうです。

JST とは関係ないのですが、学術会議ではG8 に向けた2009 年イタリアでの学術団体の会議でアフリカ支援策の候補の1つとして「サハラ・ソーラーブリーダー」という計画を提案しました。サハラ砂漠にまず日本から太陽電池を持ち込む。そのエネルギーを使って、サハラの砂を原料に使って、太陽電池をサハラでつくろうというのです。そして、最初に持ち込んだ太陽電池よりもより多くの電池ができたとき、サハラ・ソーラーブリーダー元年にしましょう、というわけです。ブリーダーの意味は「増殖」です。サハラで自分たちの手で太陽電池をつくって、いずれはそのエネルギーを自分たちが使えるようにする。砂漠の緑化にもそれを役立てて、さらにそのエネルギーを世界に輸出していきましょう。そのときには、超伝導ケーブルもありますよ、というのが私たちの提案です。

自分たちの足で自立できる初めての提案だ、とアフリカの人々はこのプランを歓迎してくれたそうです。超伝導のことがあるので私も共同提案者となっていますが、ODA の基本は「自分の足で立つ」ことだと思います。

— 世界における日本の科学技術力を考えると、JSTおよび北澤先生の責任はますます大きくなっています。

北澤 今の日本は基礎科学においても、iPS細胞の京都大学山中伸弥教授、鉄系超伝導の東京工業大学細野秀雄教授、自然免疫の大阪大学審良静男教授などその年の引用件数全分野世界トップを取るような、つまり、世界の最もうわさとなる潮流をつくるような研究者が日本からどんどん出てきました。また、2000 年前後に日本の大学は産学連携でも共同研究の数が急速に増え、大学発ベンチャーも目標としていた1,500を超えた。大学が出す特許の数も目標の1 万件に達しました。その意味で1990 年代日本の産業界から「役立たず」と言われていた日本の大学は客観指標から見ても頑張り始めました。

国内産業は海外生産拠点をさらに増強し、また、M&A による海外企業の買収が2006 年以降急速に増え、年数兆円レベルに到達しています。そして、日本の海外純資産の増大による毎年の所得収支黒字が増加速度を増しています。しかし、にもかかわらず、日本国内では需要が振るわず、産業の先細りが進行し、国内失業者問題が深刻化するという皮肉な展開を示しています。言うなれば、日本の産業界が大挙して日本という国土を捨てて海外移住を始めています。

このようなことが起こる理由は日本国内の税金や規制、労働コストその他のインフラのコスト高などいろいろな理由が挙げられます。包括的に言えば、日本政府の内需拡大策がまだ成功していないということになります。

私は環境を含む「第四の価値」産業を早く開拓していくことが日本の復活につながると考え、そのための技術の開発に努めるとともに産業導入策についても産業界と研究界との間にプラットフォームをつくるなど、仕掛けづくりに協力していきたいと思います。

もし日本が、人類最大の課題である低炭素社会の実現、少なくともそのモデルケースを構築できないとすれば、いったい誰が未来を提示できるのでしょうか。私たちは、まさに人類が誰も踏み込んだことのない社会を、若い世代を巻き込みつつ、自信を持って、明るく楽しく築いていくことのできる国民であると思います。

— 本日は、どうもありがとうございました。