2010年1月号
単発記事
エネルギー、環境で日本の指導力に期待
顔写真

Philip Campbell Profile
(フィリップ・キャンベル)

Nature編集長



聞き手・本文構成:松尾 義之 Profile

株式会社白日社 編集長/
東京電力 科学誌「イリューム」編集長


—お久しぶりです。実は最近ちょっと困っているのです。私自身はまったくそう思わないのですが、日本では今、「科学技術において、日本はさほど大きな役割を果たしていない」という実体とかけ離れた論調が幅を利かせているからです。私なら、ここ10年で、日本から生まれた独創的なイノベーションをすぐに10テーマ以上挙げることができます。日本発でないテーマを探すのが難しいほどです。いったいなぜ、こうした誤った自信喪失、悲観論が広まってしまうのか。笑い話に近いのですが、日本人の多くは、現在の世界不況で打撃を受けているのは日本人だけだ、と思っているのです。

確立されたエンジニア規律を礎とした日本の技術

キャンベル  2 つのポイント、つまり日本の科学技術の現状に対する世論と、不況による影響についての質問ですね。もちろん、不況の打撃を受けているのは、英国や米国、他国の国民もまったく一緒です。

ただ、科学技術に対する日本の態度は興味深いですね。私は英国人ですが、きちんと確立されたエンジニア規律を礎とした日本の技術に、ずっとあこがれを抱いてきました。自動車産業がその素晴らしい例でしょう。私自身もトヨタ車を13 年間愛用していますが、これまでに問題があったことは1 度もなく、まさに一級品です。プリウスは、技術面での信頼性、今では環境面での信頼性において、ほかの車と一線を画しています。この点で、日本の産業はリーダー格であると言えるでしょう。

 一方、日本の産業は、例えば生命科学の分野で遅れを取っているのは確かでしょう。従って、技術の競争力という問題に対して、懸念し始めるのも無理はないかな、という感じもあります。

 日本の科学の将来について、もし5 年前に質問されていれば「まったく問題ない」と答えていたでしょう。でも最近、問題が浮上しています。日本で2009 年に発行された科学技術白書でも強調されていたと思いますが、Nature が呼ぶ転機(ティッピング・ポイント)に、日本は近づいているのかもしれません。

創造力ある個人の若手科学者の雇用が不足していること、国際協力や海外への行き来が十分でないのは問題です。これらを奨励するための枠組みはあるものの、その牽引(けんいん)役として、日本の学術界が十分に役割を果たしていません。そのため、日本はその競争力を次第に失っていく、という実質的な危機に直面しているのです。

—この問題は30年前から存在していると思います。外国との交流、個人の若手研究者の奨励について、いろいろ努力は成されてきました。

キャンベル  この問題は、依然として残っていると思いますか?

—残念ながら、まだ残っています。有能な若手研究者は続々と登場していますが、理化学研究所(RIKEN)や幾つかの優秀な研究機関を除き、若手研究者の育成や外国との連携に関して、なお良い状況とは言えません。ところで、日本の科学技術の状況を海外諸国と比較して、どう見ておられますか?

キャンベル  日本は非常に高いレベルにあります。測定方法にもよりますが、優秀な論文の発行数の面から言うと、日本は良くやっています。どんなに悪くても、世界で上位6 位以内には入るでしょう。米国は、どう測ったとしてもなおトップですね。

論文やノーベル賞の面で見てみると日本には誇れる点がたくさんあります。また、多くの潜在力を有しています。しかし最終的にものを言うのは、それをどうやって活用していくか、ということです。総じて私は日本に対してポジティブな見方をしています。マイナス面も幾つか指摘しましたが、中国が急スピードで台頭してきているので、今後とも競争力を維持していくには、文化的・制度的な面に変化を加える必要はあるでしょう。

—残念ながら、現在の日本社会は、超短期的な見方が幅を利かし、勝手に自己評価を下げていると私は見ています。これは好ましい状況とは言えません。自身への理解を深め、その能力に気付くべきだと私は信じています。

実は、日本人の悲観主義は、半導体や太陽電池産業の話から来ています。日本が開発・製品化した太陽電池は、5~6年前には主役だったのにシェアを奪われている。しかし太陽電池市場そのものが拡大しているので、それほど悲観する必要もない。科学的な分析に基づかずに、間違った論調が創作されているようです。

急進的・精力的な商品開発リスクをいとわない行動

キャンベル  私は産業開発の専門家ではありませんが、特に米国は今後、企業による急進的・精力的な商品開発と企業および個人発明家によるリスクをいとわない行動が見られるようになる、というのが私の予想です。日本だけではなく、多くの国が、その面で打撃を受けます。新しい携帯電話を市場で展開するにしても、こうした姿勢を米国は取ってくるはずです。しかし、米国内に有能な人材がいるとは限らず、海外から人材が流入してくるでしょう。アジア出身の研究者が、米国内の革新的な事業に貢献しているのはご存じかと思います。それは、米国が世界中の優秀な人材を誘致する環境を整えているからです。これも、また別途、考慮すべき重要な要素です。

—研究、技術、利益、知的財産、収益商品に関して言えば、なお日本は高い地位にあると私は見ています。しかし、実際の商品シェアを見て、日本の産業は負け組である、というのが日本人の最近の自己評価ではないかと思います。

キャンベル  ええっ、そうなんですか?

—だから私は困っているのです。中国や韓国とのシェア比較論で言われていて、実体比較ではないのですね。ただ、一部には正しいと思われる視点もあります。例えば、世界の技術やものづくりは、どんどん変化している中で、それに日本がうまく対応できていない、という指摘は一部正しいと思っています。

キャンベル  そうですね、その事実は理解できます。部門によって状況は違うでしょうから、この点については私には答えようがありませんけど。

確かに英国や米国の製薬会社の行動様式を見ていると、ビジネスモデルを完全に変えてきているようです。これは商品事業だけでなく、研究開発の構築方法についても当てはまります。一方で、例えば建築業なんかはまったく変わっていない。これに関しては一般的なコメントを出すのは難しいですね。

—日本のどんな科学技術に期待していますか?

キャンベル  それは例えば、広い意味での環境に関する科学技術です。日本の社会や産業全体が環境を配慮するようになれば、と考えています。必要なのは必ずしも新しい技術というわけでもありせん。日本は太陽電池でとても強かった。もちろん太陽電池産業はなお残っていますし、エネルギー危機に際してはさまざまな分野の技術が必要になりますから、そうしたエネルギー環境関連分野で、日本は強い競争力を持っていけるはずです。ですが、私が言いたかったこと、日本に期待することは「製品の信頼性と環境配慮の面で、日本は世界に対する指導力を維持してほしい」ということなのです。

例えば照明や材料加工部門など、日本が生産する製品すべてに関して、特に多様な産業部門で使用されるような場合、CO2排出量を削減する製品をつくることで世界に貢献することができます。それが最優先課題であるべきだと、少なくとも私は考えます。

 鳩山首相は、CO2を2020年までに1990年比25%削減を宣言しました。あらゆる政策を動員するのですが、実際の技術に携わる日本人はまじめに考えて、本気で技術開発できるだろうか心配しています。非常に難しく、簡単な仕事ではないからです。

新技術以外の2つの側面エネルギー効率と生活行動の変化

キャンベル  もちろん新技術は重要ですが、それだけが答えではありませんよね。2 つの側面からの道があると思います。その1 つは、エネルギー効率です。米国学術研究会議は、新技術の開発よりもエネルギー効率への投資のほうが見返りが高いという研究結果を出しています。これには誰もが貢献できます。2 つ目のオプションは、生活行動の変化です。

どの国もメッセージだけで国民の説得を試みていますが、統計やデータもうまく利用すべきです。国民に、自動車のプリウスのような商品を紹介できれば、どの程度エネルギーが消費されているかを伝えることができますし、国民はそれを考慮することができます。自分の家がどのくらいのエネルギーを消費しているか知ることができれば、エネルギー節約のために努力し、それが行動変化をもたらすはずです。

こういうテーマは、文化的な面も関係してきますね。ロンドンでは「10:10」というキャンペーンを実施しています。2010 年末までに自分の家の排出量を10%削減しようというものです。これによって、国民1 人1 人が真剣に考える機会となりました。がんの予防で1日に5種の果物と野菜を食べよう、というのと一緒です。誰もが話題にするキャンペーンとなりました。このようなモチーフがあれば人々が参画しやすくなります。情報をただ一方的に提示するだけでは、人々の行動を促すことにはつながらないでしょう。

日本は持続可能な都市環境の研究や、その種の研究プロジェクトに着手していると思いますが、それも必要な研究ですね。

—最近、つくばの産業技術総合研究所で、10人以上のグリーン・ケミストリー分野の研究者に会いましたが、非常に優れた研究開発が進められています。地球環境をしっかりと意識して、多くの新しい成果がどんどん生まれています。まだほとんど知られていませんが、新しい化学反応系が開発中であることに驚きました。

キャンベル  それは非常に重要な研究ですね。

—CO2を原料として使って、多くの化学製品をつくることも考えています。いずれNature Chemistryに登場する研究者も出てくるでしょう。

キャンベル  ええ、日本には大いに期待しています。

—本日は、どうもありがとうございました。