2010年1月号
単発記事
宇宙開発事業は架け橋になるか
-北九州市における産学連携事業の課題と展望-
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亀山 嘉大 Profile
(かめやま・よしひろ)

財団法人国際東アジア研究セン
ター 主任研究員


福岡県北九州市は北九州学術研究都市を拠点に学術振興の成果は見られるが、地域の産業構造の転換は進んでいない。しかし、すそ野の広い宇宙産業は先端技術と地域の中小企業の連携を進めるきっかけになりそうだ。

地域振興における「産業振興」と「学術振興」

北九州地域は、1901 年の官営八幡製鐵所の操業以来、重厚長大型の産業都市として歴史を刻んできた。1985 年のプラザ合意による全国的な円高不況の中、北九州地域も深刻な鉄冷えに陥った。北九州市は、1980 年代後半から北九州学術研究都市(以下、学研都市)をはじめとして、アジア戦略や学術研究の拠点の構築を志向した種々の施設・機関を開設し、産業構造の転換を図ってきた。

現在、学研都市は、北九州地域の産学連携事業の拠点になっており、外部資金の獲得やTLOの技術移転で「学術振興」の成果が着実に上がっている。一方、「産業振興」に目を向けると、北九州地域の産業構造の転換は進んでいない。北九州市の地域振興の課題は、地域に蓄積されてきた産業技術を有効に活用できていないことにある。しかし、最近、この状況を打開できる可能性を秘めた、宇宙開発事業という新しい芽が出てきている。

北九州地域の地域振興と産業技術の実態

宇宙開発事業の有効性を知るためには、北九州地域の地域振興と産業技術の実態を理解しておく必要がある。

現在、北九州市は、次の6 つの産業領域を重点6 分野に指定し、「産業振興」を推進している。

[1]半導体
[2]自動車・カーエレクトロニクス
[3]情報通信
[4]ロボット・メカトロニクス
[5]環境・エネルギー
[6]素材・部材

6 分野のほとんどが大企業ありきの分野で*1、[6](あるいは[5])が地域の中小企業の産業技術に根差した分野である。北九州市には金型、めっき、鍛造・鋳造、プレスといった製造業の基盤技術に強みを持つ中小企業が集積しており、これを生かしていく必要があるが、これらの企業の大部分は、依然として系列取引*2の中にある。

北九州市は市内の中小企業に自動車産業への参入を促してきたが、TOTO 株式会社の下請け企業であった株式会社戸畑ターレット工作所*3が唯一の参入事例である。地域の中小企業の技術は機械の加工・製作に弱点はあるが、必ずしも自動車産業に耐えられない水準にあるわけではない。居城氏が言うように**1、自動車産業への参入は、価格・品質・納期で高い水準をクリアした上で、大量の部品を長期間にわたって供給し続ける覚悟が必要になる。当然、新規の設備投資も必要になる。系列取引が機能している中、覚悟は決まらない。後述の宇宙開発事業の関係で補足しておくと、自動車産業は「安全性」の要求水準が高いため、敷居も高くなる。

いずれにしても、重点6 分野(特に[1][2][4])は大企業ありきのもので、中小企業の参入目標になり難いため、産業構造の転換が進んでいないのである。本来、企業の業種転換は企業努力のたまものであり、行政が簡単に誘導できるものではない*4。ここに、「産業振興」の難しさがある。

一方、先述のように、北九州市は学研都市を擁し、「学術振興」に基づく産学連携事業を推進している。例えば、新日本製鐵株式会社の下請け企業であった株式会社フジコーは、学研都市の産学連携事業によって光触媒に活路を見いだし、業種の転換([6]→[5])に成功している*5

図1 「産業振興」と「学術振興」の並立

図1 「産業振興」と「学術振興」の並立

一般に、産学連携事業(特に知的クラスター創成事業)は、地域の大学・研究機関のシーズに基づく産学協同の研究開発であるため、どうしても「産業振興」よりも「学術振興」の側面が強くなる。北九州地域でも、大学が何らかの産学協同の研究ネタを持っていても地元企業が対応できなかったり、地元企業は大学が何をやっているのかを知らなかったり、ということが課題になっている。

北九州市では、「産業振興」と「学術振興」が並立している(図1)。「学術振興」は醸成に時間がかかるため、評価を急ぐものではないが、これらの融合には、ニーズとシーズのマッチングが必要である。宇宙開発事業は、そのためのきっかけになり得る。

九州工業大学の宇宙開発事業の潜在能力

現在、九州工業大学では、大学院工学研究院の趙孟佑教授の主導の下、北九州市と連携して「超小型衛星試験センター」構想を進めている。この構想は、学官連携に端を発し、産学連携(「学術振興」を「産業振興」につなぐ)に至る可能性を秘めている*6

一般に、宇宙産業は、宇宙機器産業、宇宙利用サービス産業、そして、すそ野産業である宇宙関連民生機器産業、ユーザー産業群で構成される。従来の宇宙機器産業では、大企業(日本では三菱電機株式会社と日本電気株式会社(NEC))が100 億円規模の中型・大型の人工衛星を作製しているが、一品ものである上に、個々の宇宙部品、システム開発、検証(試験)で非常に高い「信頼性」が要求されるため、開発期間が長く価格も高くなる。しかし、小型・超小型衛星は、多数の衛星を地上用の民生部品で作製し、システム開発や検証(試験)を簡易化できるため、開発期間も短く価格も低くできる*7

小型・超小型衛星の開発を志向した九州工業大学の「超小型衛星試験センター」構想は、地上環境試験が実施できる点が最大の売りであろう。地上環境試験では、振動試験と真空試験が必要であるが、特に、後者を手近にできる施設(機関)は存在しない。そのため、「作ってすぐに試せる場」の提供のみならず、認証機関になることで、中小企業の宇宙産業への参入を支援できるのである。

論点は、北九州地域に蓄積されてきた中小企業の産業技術が、小型・超小型衛星に参入できる水準にあるのかどうかである。基本的には、機械工作と電子回路実装の技術があり、それらを低価格でコンパクトに作る努力があれば大丈夫である。さらに、高価格の中型・大型衛星と違って失敗がある程度許容されるため、小型・超小型衛星は「信頼性」の要求水準も高くならない*8。そして、多数の製作であっても、一品ものであるため、自動車産業のように、大量の部品を長期間にわたって供給し続ける必要もない。

そのため、宇宙開発事業は、北九州地域の中小企業の産業技術が十分に生かせ、参入障壁も高くないことから、本構想自体は「学術振興」に基づいているものとはいえ、「産業振興」につながる可能性は高いと考えられる。実際、小型・超小型衛星の開発では、企業に対して、具体的なニーズの提示もでき、それがないと「学術振興」を「産業振興」につなぐことはできないということである。

宇宙開発事業の推進のための課題は、宇宙産業の市場規模が現時点で小さいことであるが、宇宙開発事業が活発になることで、市場も大きくなるであろう。

企業の自立

地域振興(クラスター事業)の意義は、地域の中小企業が元気になることと地域活性化にある。北九州地域に蓄積されてきた中小企業の産業技術は、光触媒と同様に、小型・超小型衛星への参入で新しい展開が可能となるであろう。加えて、宇宙産業のすそ野産業は、カーエレクトロニクスや環境エレクトロニクスに通じる技術であり、長期的には、その分野への展開(捲土(けんど)重来)も期待できる。

しかし、最終的には、個々の中小企業がやる気を出し、自立していけるかどうかにかかっている。中小企業のやる気の喚起、そのためのスキームの開発、ここに、行政や産業支援機関の役割があるのかもしれない。そのためにも、「産業振興」と「学術振興」の融合を図る必要がある。

●参考文献

**1:居城克治.九州の自動車産業集積の現状と課題.東アジアへの視点.第18 巻,第2 号,2007,p.2-11.

**2:城戸宏史.北九州地域の産業クラスターにおける地域経営の方向性.藤田昌久監修:山下彰一;亀山嘉大編.産業クラスターと地域経営戦略.多賀出版,2009,p.245-263.

*1
1:番号に応じ、[1]東芝セミコンダクター北九州工場、[2]トヨタ自動車九州、日産自動車九州、デンソー北九州製作所、[3]ソフトバンクテレコム、[4]安川電機、[6]新日本製鐵八幡製鐵所、住友金属小倉、新日鐵化学九州製造所、三菱化学黒崎事業所、TOTO、といった具合で地域の大企業を想定できる。このうち、本社が北九州市の地元大企業は、安川電機とTOTOに限られる。そして、[1]~[3]の大企業は、地域の中小企業や大学・研究機関と強力な関係がある訳ではない。

*2
ここでは、資本関係がなくとも、特定の大企業と定常的な取引を行っている場合を含んでいる。

*3
衛生陶器の金具を製造していた技術を生かし、エンジン部品の製造を開始した。

*4
実際、新日鐵化学のエスパネック、三菱化学のポリカーボネート、TOTOの光触媒のように、大企業は企業努力で新規事業の開拓に成功している。

*5
光触媒の詳細は、城戸氏の著書**2を参照のこと。

*6
以下の議論は、趙孟佑教授への聞き取り調査に基づいている。記して、感謝を申し上げる。

http://www.usef.or.jp/

*8
人が乗らないため「安全性」は要求項目ではない。