2010年1月号
連載3  - 高齢社会対策で日本は世界のリーダーになれる 産学連携から見るシニアビジネス
(上)
アンチ・エイジングからスマート・エイジングへ
顔写真

村田 裕之 Profile
(むらた・ひろゆき)

村田アソシエイツ 代表
東北大学 特任教授
関西大学 客員教授

スマート・エイジングとは人が年を取ることに賢く対処し、個人・社会が知的に成熟すること。世界一の超高齢社会の日本はこの分野で世界のリーダーになれると説く。

「社会の高齢化」は世界中で確実に進んでいる

国連の定義によれば、高齢化率(65 歳以上の人口を全人口で割った率)が7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」という。皆さんは2030年までにアフリカや中近東を除く世界の多くの国が「高齢化社会」に突入することをご存じだろうか(図1)。

昨年の米国発の金融危機以降、一寸先に何が起こるか予想しづらくなっている。こういう先行き不透明な時期こそ、確実に起きている構造的変化に目を向けることで研究や経営の不確定要素を排除できる。その構造的変化の1 つが、世界中で確実に進んでいる「社会の高齢化」だ。

日本は世界一の「超高齢社会」

日本の高齢化率は2009 年現在の推計で22.7%に達し、世界一の「超高齢社会」となっている(図2)。この主な理由は、「少子化」と「長寿命化」の同時進展である。「少子化」については、すでに多くが語られている一方で、日本人が過去どれだけ「長寿命化」しているかはあまり知られていない。日本人の平均寿命は戦後延び続けており、厚生労働省平成19 年簡易生命表によると、男性の平均寿命は79.19 年、女性の平均寿命は85.99年で世界一である。このペースで行けば、2030 年には男女合わせた平均寿命90 歳時代が到来する可能性がある。

世界から注目されている日本の動向
図1 2030年までに世界の大半の国が「高齢化社会」に突入

図1 2030年までに世界の大半の国が「高齢化
     社会」に突入

世界一の「超高齢社会」日本の動向は世界各国から注目されている。50 歳以上の会員4,000 万人を有する世界最大の高齢者NPO である米国AARP(旧称:全米退職者協会)が最も注目している国は日本である。AARP は、グローバル・エイジング・プログラムという世界各国の高齢化研究を進めており、日本についても相当研究している。

また、韓国をはじめアジア各国も日本の高齢化対応に注目している。筆者は、2009 年10月にシンガポールで開催された「Asian Gerontology ExperienceSymposium」に招待講師として参加した。アジアの15カ国から研究者、 行政担当者、NPO、民間企業などの代表が集まったが、常に日本との比較、日本の話題が登場し、彼らの高い関心を身に染みて感じた。

図2 日本は世界一の「超高齢社会」

図2 日本は世界一の「超高齢社会」

このように世界から注目される理由は、良くも悪くも日本が高齢社会に必要なことの「ショーケース」となっているからだ。年金などの社会保障の課題だけでなく、個人の健康や生活設計に対するニーズには「世界共通」のものが多い。だから日本をじっと見ていれば、自国の近未来の姿が見えてきて、自国で課題が顕在化する前に対策を講じることができるのだ。

高齢社会対策で日本は世界のリーダーになれる

筆者は、高齢社会対策、特にシニアビジネスの面で日本は世界のリーダーになれると真面目(まじめ)に考えている。その理由は、日本で揉まれたシニアビジネスが世界で通用するからである。そのポイントは2つある。

第1 に、前述の通り、日本では高齢化の課題が世界のどこよりも早く顕在化する。これは裏返せば、ビジネスチャンスが世界のどこよりも早く顕在化することを意味する。だから、常に世界に先駆けて商品化でき、いち早く市場に投入できる優位性がある。

もう1 つは、シニア市場とは多様な価値観を持った人たちが形成する「多様なミクロ市場の集合体」であること。この「多様性市場」には、きめ細かな対応力が求められるが、日本の高度な集積化技術と日本人の細やかな情緒感覚がこの対応力の源泉となる。

このように、日本はシニアビジネス分野で他国に対して優位に立てる素地を十分に持っている。

エイジングの本質的意味は何か

従来シニアビジネスというと、介護や福祉用具などの「シルバー・ビジネス」のイメージが強かった。近年は、まだ介護が不要で元気な高齢者を対象にした「アクティブ・シニアビジネス」が注目されるようになった。さらに最近は、「アンチ・エイジング」を喧伝(けんでん)するビジネスの動きも目立つようになってきた。

ここで「アンチ・エイジング」の意味についての誤解が世の中に氾濫(はんらん)しているので、その正しい意味を説明しておきたい。まず「エイジング(Aging)」という日本人に分かりにくい言葉の意味を明確にする。

エイジングには本来2 つの意味がある。第1の意味は、「人・モノが齢(よわい)を加えること(加齢)」である。人の加齢については、子どもが大人になるのは「成長」とポジティブな意味で呼ばれる。これに対し、大人が老人になるのは「老化」というネガティブな意味で呼ばれる。一方、モノの加齢については、ワインやウイスキー、弦楽器では「熟成」とポジティブな意味で呼ばれる。これに対し、原子力プラント、火力プラントなどの機械設備では「老朽化」とネガティブな意味で呼ばれる。

第2 の意味は「ある母集団において齢を加えた人・モノの割合が多くなること(高齢化)」である。例えば、その村の平均年齢が高くなると「村の高齢化」と呼ばれ、社会全体の平均年齢が高くなると「社会の高齢化」と呼ばれる。しかし、「人・モノの加齢」と「母集団の高齢化」に共通するのは、「時間の経過でその性質が変わること」、つまり「経年変化」である。これがエイジングの本質的な意味である。

にもかかわらず、経年変化する対象によって、私たちが前述の通り「ポジティブ」や「ネガティブ」な意味付けをしてきたのである。

アンチ・エイジングとは「生きることの否定」

日本で見られるアンチ・エイジングの概念は米国からの輸入である。米国でアンチ・エイジングという概念が生まれた背景には、人が年を取ることをネガティブなものと見なす年齢差別主義的な見方がある。こうした見方には18 世紀の産業革命以来形成された機械文明的な価値観が大きく影響している。つまり、人間の体は精密機械のようなものであり、加齢とともに身体機能が衰えるのは、性能が衰える機械設備と同様に、価値の下がるもの、避けるべきものとされてきた。

しかし、エイジングに対するこうした見方は、視野が狭いと言わざるを得ない。なぜなら、人間の体は精密機械ではないばかりか、エイジングに伴い人の思考力や洞察力といった知的能力や精神的な能力はポジティブな方向に変化するからだ。人のエイジングは受精した瞬間から命尽きるまで続く。生きている間に人の身体の性質は刻々と変化し続ける。エイジングとは生きていることの証しである。

アンチとは、「否定する意味」の接頭辞である。従って、アンチ・エイジングとは、生きていることの証しであるエイジングを否定するので「死」を意味することになる。アンチ・エイジングを唱導している人の多くは、この基本的なことをご存じないようだ。

アンチ・エイジングからスマート・エイジングへ

筆者が所属する東北大学加齢医学研究所では、2009 年10 月より「スマート・エイジング国際共同研究センター(Smart Ageing InternationalResearch Center, SAIRC)」を設立した。これは07 年に学内横断組織として発足した「スマート・エイジング・プラグラム」の発展形である。センター長は、近年の脳トレブームの立役者で脳機能イメージング研究の第一人者として著名な川島隆太教授である。「スマート・エイジング」とは、「エイジングによる経年変化に賢く対処し、個人・社会が知的に成熟すること」と定義している。

私たちは個人の加齢や社会の高齢化に伴い、解決が困難な多くの課題に直面している。例えば老人ホームでは、重い認知症を患った人が徘徊(はいかい)しないようにベッドに拘束され人間的な扱いをされなかったり、頭脳は明晰(めいせき)なのに若いスタッフに子ども扱いされ、個人の尊厳を傷つけられたりすることが、いまだに存在している。

こうした課題に対してもっと知恵を絞り、人間らしく賢く対処する解決策が必要だ。解決困難な課題への挑戦を通じて、私たち個人と個人から成る社会全体がその思考形態や行動様式において知的に成熟しなければならない。スマート・エイジングという言葉にはこうした意味を込めている。

また、東洋には古くから、孔子の言葉「子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。・・・」に代表されるように、年を重ねることには深い意味があり、素晴らしいことであるという価値観が広く存在している。「年の功」という言葉もこの価値観を示したものだ。

一方、これまでの加齢医学研究所における研究により、人間の大脳白質の体積が年齢とともに緩やかに増加することが分かっている。白質の大半は、脳の神経細胞同士を結合する神経線維のネットワークであり、知識や知恵を形成する役割を担っていると考えられる。

スマート・エイジングという概念には東洋的な価値観を反映させているだけでなく、最新の脳科学による裏付けも反映させた言葉なのである。