2010年1月号
海外トレンド
エジプトにおける産学連携事業への取り組み
顔写真

高橋 宏 Profile
(たかはし・ひろし)

独立行政法人 科学技術振興機構
総務部 プログラム主監


中東・アフリカ地域における学術・文化の中心地ともいえるエジプトが、いま産学連携に関心を持っている。2年あまり前に、同国で初めて、競争的資金配分機関を設立。基礎研究の成果を開発研究、事業化へ誘導するため、世界から優れた産学連携事業のモデルを導入しようとしている。その一環で、科学技術振興機構(JST)との協力関係を築く。

はじめに
写真1 JICAエジプト事務所にて

JICAエジプト事務所にて
     左から、三浦麻子(JST、知的財産戦略センター
     主査)、藤井健視(JST、産学連携展開部調査役
     )、高橋宏(筆者)、井黒伸宏(JICAエジプト事務
     所長)、鶴岡紀之(JICAエジプト事務所職員)、
     塚本勝(JICA専門家、エジプト科学研究省顧問)

エジプトは中東諸国、またアフリカ諸国の中でリーダー的存在の国である。中東といえば石油資源の豊富な地域であるが、エジプトはサウジアラビア、イラン、イラク、クウェートなどいわゆる産油国に比べれば石油産出量ははるかに少なく、オイルマネーの恩恵には必ずしも浴していない。それでも、石油・天然ガスは、スエズ運河通航料、観光収入、出稼ぎ収入と並んでエジプトの4 大国庫収入の1 つであり、またエジプトは、オイルマネーにより急速に発展しつつある近隣諸国に多くの人材を供給している人材大国である。エジプトの人口は約7,480 万人(2008 年5 月時点)で、全アラブ世界の人口の4 分の1 を占め、中東・アフリカ諸国の中では人口大国である。数だけではない、エジプトは、イスラム諸国の大学に多くの教授陣、すなわち知的水準の高い人材を送り出しているし、中東イスラム諸国や非アラブイスラム諸国から多くの留学生がエジプトの大学に集まってくる。さらに、イスラム教の最高学府アズハル大学も首都カイロにある。すなわち、エジプトは中東・アフリカ地域における学術・文化の中心地といえる。ちなみに、エジプトの第2 の都市アレキサンドリア郊外に、日本の協力の下「日本エジプト科学技術大学」という名前のエジプトの国立大学の設立が進められており、来年(2010 年)2月に開校予定である。

このエジプトが、いま産学連携事業に熱心に取り組もうとしている。

エジプトが産学連携事業に取り組む背景
写真2 筆者らの説明を聞くアリシャフェ博士(STDF長官)およびSTDF幹部

筆者らの説明を聞くアリシャフェ博士(STDF長
     官)およびSTDF幹部



写真3 エジプトと日本の国旗を前に筆者らの説明を聞くハニヒラール博士(科学研究省大臣)およびアルシェルビニー博士(科学研究省副大臣)ほか政府関係者

エジプトと日本の国旗を前に筆者らの説明を聞く
     ハニヒラール博士(科学研究省大臣)およびアル
     シェルビニー博士(科学研究省副大臣)ほか政府
     関係者

エジプトが中東・アフリカ諸国の中で学術国家として大学教育を受けた人材を多数有する人材大国でありながら石油資源には必ずしも恵まれていない状況下で、国家の発展を科学技術の振興とそれに基づく産業育成に求めるのは必然的な流れである。ムバラク大統領は、2007 ~2016 年を「Decade of Science& Technology(科学技術の10 年)」と位置付け、政府の高いコミットメントの下に科学技術を振興し、イノベーションを推進する施策を進めている。こうした背景の下、日本エジプト科学技術大学(Egypt-JapanUniversity of Science and Technology: E-JUST)設立構想が生まれ、独立行政法人国際協力機構(JICA)の支援の下に「日本エジプト科学技術大学設立プロジェクト(2008 年10 月~2013 年10 月)」が開始された。現在アレキサンドリア郊外では、エジプト政府により大学校舎の建設準備が着々と進められている。本年9 月には教官を採用し、来年(2010 年)2 月には大学院生を受け入れて既存の施設内で授業を開始し、日本の大学の研究者も多数参加して、研究室中心の教育や実験・実習重視など日本型の工学教育の特徴を持つ質の高い大学を目指すとのことである。ちなみに、現在、300人を超えるエジプトの留学生が日本の大学で学んでいる。

一方、エジプトで初めての競争的資金配分機関としてSTDF(Science and Technology Development Fund:科学技術開発基金)が科学研究省傘下に2007 年7月に設立され、2008 年3 月に活動が開始された。これまでに基礎研究支援のプログラムが設定され活動しているが、基礎研究の成果を、開発研究、ついで事業化へと誘導していく事業、すなわち産学連携事業の整備が、現在取り組むべき重要な課題となっている。そして、世界から最も優れた産学連携事業のモデルを導入すべく準備が進められている。

科学技術振興機構とのかかわり

独立行政法人科学技術振興機構(JST)は、大学の基礎研究を支援し、そこで生まれた技術シーズを開発研究、ついで事業化に導きイノベーションを実現することを使命の1 つとしている。また近年組織を挙げて国際化にも取り組んでいる。なお、産学連携事業は約50 年というJST の中で最も長い歴史を有し、多くの実績を挙げている事業である。そのJST が、本年(2009 年)9 月14 ~19 日まで初めての試みとして「JST国際交流ウィーク」を実施した。

これは、エジプトを含む世界17 カ国の競争的資金配分機関から約30人のプログラムオフィサー(PO)の参加を仰ぎ、JSTの各種活動を紹介するとともに、米国のNSF(National Science Foundation)、NIH(NationalInstitutes of Health)、DARPA(Defense Advanced Research ProjectsAgency)のPO を招いてPO セミナーを開催し、また大学の技術シーズの展示会であるイノベーション・ジャパンも見学してもらうという、各国の参加者から高い評価を受けた企画である。特に、エジプトのSTDF からの参加者は、JST の産学連携事業に興味を示し、協力を要請してきた。

エジプト訪問調査
写真4 1956年に創立され科学研究省傘下の研究機関であるNRC

1956年に創立され科学研究省傘下の研究機関で
     あるNRC(National Research Center)
     人員は7,000人(うち博士取得者2,400人、研究ア
     シスタント2,100人、管理部門2,500人)と聞いてい
     る

上記STDF の要請を受け、エジプトにおける産学連携事業の実態調査のため、10 月26 日から11 月1 日まで筆者を含む3人のJST 職員がエジプトを訪問し、長官をはじめとするSTDF の幹部、また高等教育省兼科学研究省の大臣と副大臣、カイロ大学副学長、また最も規模の大きい国立研究所であるNRC(National Research Center)副所長ら、関係各機関の要人らと会談を重ね、意見交換をした。その結果、ハニヒラール科学研究省大臣およびアリシャフェSTDF 長官より、JST とは、包括的な相互協力関係の構築を進めたいとの提案があり、本年(2009 年)12 月9 日にアリシャフェ長官を含む4 人のSTDF 幹部がJST を訪問した。

エジプトとの産学連携相互協力の意義

天然資源が少ない中、人的資源を生かして明治維新以降あるいは第二次世界大戦以降の発展を築いてきた日本は、エジプトから見れば1 つのモデルである。また、西欧諸国とイスラム世界の近年の軋轢(あつれき)は「文明の対立」の様相を強めており、歴史的・文明的に軋轢の圏外にいる日本への期待は、地理的遠隔性を超えて高まっている。日本にとっても、エネルギー危機が懸念される中、石油の9 割を依存している中東地域の重要性は高まっている。

こうした中で、政府あるいは企業による各種相互協力に加えて、科学技術の振興や産学連携事業でエジプトとの協力関係を築くことは、意義深いことと思われる。

一方で、エジプトは大学の学生数が多く博士の学位取得者も多いが、その割合を見ると理学、医学、人文社会科学の博士が中心であって工学博士の割合が少なく、従ってほとんどの博士が大学や国立研究所などに在籍し企業に所属する者が少ない。こうしたことからE-JUSTが目指すのも工学博士やエンジニアの育成であるが、一方、エジプトには安い労働コストを求めてエジプトで加工を行う欧米企業が多く、研究者を必要とする企業活動が少ない。

こうした状況下でいかにして産学連携を実現し新産業を興していくか、エジプト政府にとって大きなチャレンジである。そこで、当面、エジプトの技術シーズを日本の企業が事業化することを期待しているとの発言がなされている。すなわち、エジプトの「学」と日本の「産」との産学連携である。この場合、エジプト側の知的財産管理が重要で、そのノウハウもJSTから習得したいとの希望も出されている。JST としてはこのようなエジプトからの産学連携に関する協力要請に積極的に応えていきたいと思う。

●謝辞

本稿で紹介したエジプト関連情報の多くは、JICA 専門家でエジプト科学研究省顧問である塚本勝氏が、平成21 年9 月24 日に文部科学省で講演した「エジプトの科学事情」から得られたものである。また、塚本氏には、筆者らの今回のエジプト訪問にあたりエジプト滞在中のスケジュール設定をはじめ大変お世話になった。心からお礼を申し上げたい。