2010年3月号
特集  - 環境都市 5つのアプローチ
社会資本を長持ちさせる
北九州市 ストック型社会を目指す
顔写真

岡本 久人 Profile
(おかもと・ひさと)

文部科学省産学官連携コーディ
ネーター(九州国際大学支援)
九州国際大学 客員教授

北九州市環境モデル都市構想の一環として、同市八幡東区で社会資本の寿命を延ばすプロジェクトが進められている。スクラップ&ビルドを続けてきた戦後のフロー型社会に決別し、「ストック型」の地域づくりを目指すという。

はじめに

北九州市環境モデル都市構想では、ストック型社会への転換を通して、既存市街地の低炭素化を目指す産学官民連携プロジェクトを推進している。ここでその概要を紹介したい。

ストック型社会

ストック型社会とは「価値あるものを造って大切に長く使う社会」である。とりわけ資源量やコスト負担が大きな住宅や社会資本を長寿命型にし、何世代も使うことが重要である。

欧州等のストック型社会とは対照的に、わが国は戦後の経済成長の過程でフロー型社会を構築してきた。その結果、GDP(国内総生産)や賃金など経済指標は世界トップクラスの経済大国になったが、日本人の実質的生活には「ゆとり」がなく相応の豊かさがない(図1)。

図1 ストック型社会と国民生活

図1 ストック型社会と国民生活

また世界トップクラスの賃金は、グローバル経済の中で日本の生産コストを高め、産業の国際競争力を弱めつつある。資金や技術の国際移転が自由な今、開発した新技術を国内の雇用創出や資産形成に向けるためにもストック型社会を目指すべきだ。今後は、環境・資源の面からも「スクラップ&ビルド」は続けられない。

以上の総合的観点で、わが国をストック型社会に転換することが急務である。こうした背景から、「長期優良住宅普及促進法」が施行(平成21 年6 月4 日)された。しかし建物だけではなく都市域全体を長寿命型にしなければ意味がない。そこで低炭素社会を目指す北九州市環境モデル都市事業の中で、これを試みている。

既存市街地の低炭素化—ストック型社会への転換のシナリオ
図2 持続可能な地域(低炭素社会)づくり概要

図2 持続可能な地域(低炭素社会)づくり概要

北九州市の東田開発では、先行的な「ストック型街区」を推進してきた。だがほかの市区町村のモデルとなるには、この更地の事例に加え既存市街地対象の事例が必要である。そこで北九州市と地域の産学民で進めている八幡東区を対象にした「地域づくり」を紹介したい(図2)。

1. 市民の理解
図3 北九州市の人口動態

図3 北九州市の人口動態

現に人々が生活している街を対象にするには、その理由と重要性について市民に納得してもらうことが不可欠である。そこでまずは、人口動態(図3)や地域(公私)資産劣化等の推移予測など生活に密接したデータや、世界人口や途上国の経済成長から見える資源限界などを整理した。その上で無策のまま放置すれば地域がどうなるのか、今から直面する世界と地域の課題が人ごとではない現実と、新たな地域づくりで得られる未来を分かりやすく整理した。地球環境問題と、市民生活や地域経済の課題を同時に解決するストック型社会への転換の意味を、シンポジウムや説明会を重ねたり各種メディアを通して、市民に向けて発信し、理解を得てきた。

2. 2050年地域近未来図の設計

低炭素社会に向けた国際合意等からゴールの時期を2050 年とし、それまでに達成すべき地域図の設計法を研究してきた。それを基に2030 年、2020 年のゴールを示し、達成シナリオを描くバックキャスティング法を研究している。

[ハード設計:土地利用計画等の考え方]
図4 都市域のアロケーション

図4 都市域のアロケーション

2050 年の世界(資源収支など)と地域の条件(超少子高齢化社会など)を前提に既存市街地を再設計する。その基本は、長寿命型街区とそのコンパクト化、およびそれによる発生余剰地活用である。街区は、時代の変化において不易な部分(長寿命型資産にする部分)とフレキシブルに変化する部分を分けて設計する「スケルトン&バッファー」という概念をつくった。発生余剰地は、各種自然資源の地産地消や生物多様性保全等、フレキシブルに利用できる部分である。

また長寿命型コンパクト街区の位置を選択する「アロケーション」という手法を開発した(図4)。

活断層、ハザードマップ、地形・地質等のデータを重ね合わせて、いつまでも安全安心な街区の位置を客観的に選択できる。しかし2050 年の計画とはいえ、結果の公表においては現実の利害の壁は大きい。

[ソフト設計:地域ポテンシャルと実現手法]

世代を超えた個人資産や社会資本の蓄積から、市民や自治体の生涯収支(世代収支)に「ゆとり」つまり「生活の豊かさ」を創出できることや、資源消費やCO2排出量削減から低炭素社会が実現できることを検証してきた。

経済面では、海外で運用されている多額の日本の金融資産の投資先を、長寿命型資産形成を軸にして国内に向けるモデルの研究をしてきた。金融資産を価値劣化なき実物資産に換えるのである。地域ファンドなどこの金融モデルができれば、健全な内需拡大につながり、ストック型社会への転換過程が経済効果を生むことになる。

3. 社会実装の研究

この地域モデルの具現化には「長期優良住宅普及促進法」のケースと同様に、税制法制はじめ各種インセンティブ制度等を研究・提案していく社会科学領域の参画が不可欠である。公的資金では、何世代も使える資産への投資なら仮に赤字公債でも次世代へのツケ(つまり「ムダ」)にはならないだろう。前述の金融モデルと、すべての産業を結合した転換過程のビジネスモデルも、社会実装に向けた今後の研究テーマである。

将来へのフレキシビリティを保つために、複数準備したゴール案を基に、地域の産学官民が数年置きに軌道修正するPDCA 手法の開発とステアリング・コミッティの組織が必要かもしれない。これは市民が限りなく「当事者」として、その役割を果たし続けるためのツールになると考えている。このような世代を超えた合意形成の仕組みが維持できれば、結果として「持続可能な低炭素社会」は得られると思う。

インテグラルな多分野連携

この基本となる理論は産学官民連携で形成してきたが、実際の社会実装には地域だけでなく、さらに高いレベルの連携が必要である。

官: 自治体に「地域づくり」への強い意志があること。予算・政策面で国の強い支援があること。
産: フロー型産業構造からの脱却。ストック型社会に向けた事業展開。転換過程のビジネスモデルの推進。
民: 住民主体の地域づくり。「持続可能な地域」「持続できない地域」の理解(これには広域な啓蒙=けいもう=の仕組みが必要かもしれない)。
学: これまで自然科学、人文社会科学(並行して社会システム全体)は、専門分化により驚異的発展を成し遂げた。だが地球環境問題をはじめ経済・社会問題における今日の巨大課題に見られるように、現代は部分最適解の総和型社会と言えるかもしれない。その意味から近未来・次世代に向け、「学」には統合的(インテグラル)な観点に立った「論理」と「機能」を期待したい。

結び

ここでの紹介事例は、まだ完成したものではなく修正すべき部分が多く、今後もツールの開発やより多様な分野連携が不可欠である。わが国では、この種の統合モデルは国より地方自治体の「現場」において先行的に行うのが現実的だと考えている。筆者は駐在員等で10年以上滞在したイタリアでの生活からフロー型社会の矛盾に気付き、前記の「長期優良住宅促進法」や国の環境モデル都市構想等に委員として取り組んできた。その後この北九州市の事業に参画しているが、これも多方面からのさらなる支援・協力を仰がなければ完成できない。