2010年3月号
単発記事
地域の課題に向き合う —地方大学の挑戦—
顔写真

小磯 修二 Profile
(こいそ・しゅうじ)

釧路公立大学 学長、
地域経済研究センター長


釧路公立大学地域経済研究センターは1999年6月、地域が抱える課題の解決に貢献する目的で設立された。その活動を通じて地方大学の役割、可能性を考える。

はじめに

産学官連携については、大学の技術資源を民間に移転して国や地域の産業技術力を高めていく政策手法に比べると、社会科学分野における研究成果を地域の課題解決や政策展開に生かしていく取り組みはかなり遅れているように感じている。しかし、今後地域が自らの力と知恵で地域課題を解決しながら地域の安定的な発展を目指していくために、大学の有する技術資源のみならず幅広い社会科学分野の研究資源との有機的な連携を図っていくことは、地域にとって大切なテーマとなってきている。

今、地域経済を取り巻く環境は大変厳しい。構造改革政策の進展で地域格差が拡大し、政府の財政も大変厳しい中で、新政権下においても公共事業の縮減が進められ、地域経済と雇用を支えていた建設業が厳しい経営を迫られるなど地域経済全体が委縮してきているようだ。まさに地域は、自らの知恵で、自立して生き抜いていくことが真剣に求められているが、大学の役割としての社会貢献が叫ばれている中で、このような課題に地域の大学が産学官連携によってその役割をどこまで果たしていけるのだろうか。

釧路公立大学地域経済研究センターは、1999年6 月に設立され、地域への貢献、地域の課題解決に社会科学系の大学の研究活動としてどのように貢献しうるのか、いわば地域のシンクタンクという重い役割を担って出発した。これまで約10 年間にわたるその活動は、地域が抱えるさまざまな課題や政策づくりに対して社会科学系の大学の研究活動がどのように応えていけるのか、大学と地域との連携の在り方を模索する日々でもあった。

ここではその活動経験から、これからの地方大学が自立的な発展を目指す地域に対してどのように向き合っていけばいいのか、産学官連携の在り方を考えていきたい。

釧路公立大学地域経済研究センターの取り組み
写真 釧路公立大学は、地域が自前の大学を持つために、22年前に全国で初めて地元自治体が連携して設立した大学

釧路公立大学は、地域が自前の大学を持つため
     に、22年前に全国で初めて地元自治体が連携し
     て設立した大学



図1 共同研究プロジェクトの仕組み

図1 共同研究プロジェクトの仕組み

釧路公立大学地域経済研究センター(以下「センター」という)の活動の中心となるスキームは、地域の課題に対応した研究プロジェクトを機動的に組織し、調査研究を通じて課題解決に向けた支援を進めていくことである。プロジェクトを組織していく上での大きな特徴は、必要な資金、体制についてできる限り外部化して、コストを最小限に柔軟な運営を心掛けたことである。センターの体制は最小限とし、専任研究者は教授職1 名のみで、それに研究助手1 名、事務局1名の体制である。これまでに、10 年間で25 の共同研究プロジェクト(研究費総額で、約1 億2,000 万円)を展開し、延べ240 名近い研究者がプロジェクトに参加したが、そのうち9 割以上は外部からの参加である。大学内の参加は1 割にも満たない。これは地方の大学において幅広い地域課題に対応した専門研究者を置くことは難しいことから、学内人材にこだわることなく必要な人材は柔軟に外部から招くことにより、機動的で効率的な研究プロジェクトを進めていこうという狙いであった。資金についても大学予算に頼らず、研究プロジェクトごとに必要な外部資金を得て共同研究プロジェクトを進めていった(図1)。

具体的にこれまでセンターで実施した共同研究プロジェクトは、地域の抱える課題に対応して、地域産業、交通、政府システム、福祉、国際交流、地方財政と幅広い分野にわたる。そこで心掛けてきたことは、社会科学の知見を生かした、科学的、実証的な分析によりその課題を洗い出し、解決に向けての方向を示していくことであった。

例えば、地域がこれから地域資源を生かして発展していくために、観光に対する期待は釧路地域においても大変大きかったが、具体的にどのような方策を取れば、地域の産業発展、雇用創出に結び付いていくのかが分からないという状況であった。それを受けてセンターでは、地域内の詳細な観光消費実態を調査し、独自の観光消費分析用の地域産業連関表を作成し、地域における観光産業の実態を明らかにしていった。そこで、予想以上に幅広い産業が観光消費の経済波及効果を受けていることや、地域内生産物の調達を高めることで経済効果や雇用効果が非常に高まることなどを実証的に示していくと、関係する事業者の観光に取り組む意識が次第に変化しはじめた。またこれらの研究成果を受けて、釧路市の観光振興マスタープランを策定するなど自治体政策づくりにも関与していった。

これは、観光分野の例であるが、福祉の分野では釧路地域は全国に比して、極めて生活保護受給世帯が多いという問題があった。この課題については、地域の実態を詳細に探るとともに、福祉の分野だけでなく、教育政策、産業政策の専門家も入れた研究プロジェクトチームを組織し、福祉政策の枠組みだけでそれを解決していくことは難しいこと、産業政策や教育政策等幅広い分野の地域の政策として課題解決に向けていく方向性を提起した。それを契機に、釧路市は独自の自立支援に向けてのプログラムを立ち上げ、現在では全国的にも注目される釧路市独自の自立支援政策が展開されるようになった。さらに、最近では、自治体の財政健全化に向けたテーマや、釧路市の都市経営戦略など、自治体政策の根幹となるテーマの調査研究を進めている。

地方分権、地域主権の流れの中で、地域の主体的な政策力を高めていくことが急務となっている中で、地域が直面する政策課題に大学が正面から向き合っていくことが求められてきていることを実感する。

人材の外部化と地域人材の育成

今後地方大学が産学官連携を進めていく上で、人材の外部化が戦略として重要である。限られた体制の地方大学で、すべて大学内の人材で地域の課題や期待に応えていくことは至難の業である。地方において大事な戦略は、必要なときに支援してくれる外部の人材を柔軟に幅広くネットワーク化しておくことであろう。

大学の知的な研究資源である研究者が地域の課題に向き合う場合、研究者それぞれがやりたいことと、地域が求めるニーズ、地域の期待とは、必ずしも一致しない場合がある。そういう中で地域の大学の役割は、地域の求めるニーズ、課題に対応して、どういう形で知的な情報や知的な分析技術に対応していけばいいのかをコーディネートすることであり、そこでは、地域の需要に応えて内外の人材を機動的に活用していく枠組みを設けておくことが大事である。

また、センターの研究プロジェクトにおいては地元人材の育成も心掛けた。これまで参加した研究員の内、67 名が学外の地元の行政や民間の方の参加である。これは、調査研究のテーマに関係する自治体職員や民間人が一緒に共同研究に参加することによって、実質的な研修として、地域の人材育成を進めていくことを狙いとしたものである。調査研究の成果を受け取るだけでなく、調査研究のプロセスに積極的に参加し、一緒に活動することによってノウハウを身に付けることができるのである。またそこからは、緩やかな地域の知的ネットワークも形成され、今後同じような地域の課題、あるいは新しい問題が出てきたときに、地元の人材でそれを解決していくことにもつながる。地域の考える力を持続的に高めていくことにもなるのである。

自治体政策と大学

今後地域が自らの力と知恵で地域課題を解決しながら地域の安定的な発展を目指していくために、大学の有する技術資源のみならず幅広いアカデミックな資源との産学官連携を重要な自治体政策として位置付けていくことが大切である。

地方自治体の政策は多岐にわたるが、その中で地域の大学との連携方策や大学の役割に踏み込んで地域政策として積極的な位置付けをしている例はまだまだ少ないように思われる。政策検討の審議会や委員会等で大学研究者と個々に結び付いている例は多いが、自治体政策として大学と有機的に連携していくための計画や制度を持っているところは少ない。大学の知的資源を地域全体の資源として活用していくためには、まず大学との積極的な交流により、大学側の研究実態、課題等について認識を深め、理解していくことからはじめなければならない。

もちろん大学の側にも課題は多い。センターの役割は、医療の世界でいえば高度医療を目指す専門医ではなく、プライマリー・ケアを行う総合医である。幅広い地域の問題に対して大学が応えていくためには、まず問題の所在を理解し、解決につながる専門家、研究者への橋渡しをしていく総合的な判断、知見が求められる。しかしながら、大学の研究者育成のシステムはいわば専門医育成を目指しているのが実態である。大学が地域社会にしっかり向き合っていくためには、実践的な地域研究、政策研究を志す研究者の育成を図り、それら研究者の活動に対する評価を高めていくことも大切であろう。

厳しい政府財政環境のもとで、これからの地方自治体は自らの意欲と力で地域の発展、活性化方策を求めていかなければいけない。そこではより質の高い政策形成力を持った人材の育成が必要である。貴重な地域のアカデミックインフラとしての大学と機動的な相互連携により、地域政策形成における産学官連携をどのように展開していくかは、地域の持続的、安定的な発展に向けての重要なテーマであろう。