2010年3月号
単発記事
秋田大学とエーピーアイ株式会社による歩行環境シミュレータの共同研究・開発
顔写真

鈴木 由香里 Profile
(すずき・ゆかり)

エーピーアイ株式会社
営業開拓グループ 三係
セールスエンジニア

秋田県大仙市の電子デバイス製造のエーピーアイ株式会社は秋田大学と歩行環境シミュレータを共同開発し、販売している。事業の新分野開拓に産学連携を活用した事例である。

新事業への挑戦

エーピーアイ株式会社は1983 年にカラーテレビ用偏向ヨークの一貫生産工場として創業した。以来、電子機器のアセンブリーを中心に、ナノテクノロジー対応まで可能な生産工場として、技術を高めてきた。

電子部品を扱うための、クラス1000/100 坪のクリーンルームを設置し、ナノテクノロジーや、大きなアセンブリー部品に対応できる100坪以上のスペースを工場内に数カ所確保している。グループ企業との連携による一連業務の請負や、垂直立ち上げを強みとしたEMS が実現可能である。

しかし、既存事業である電子デバイス部品製造の業界は、海外展開・機械化が急ピッチで進んでいる。既存事業のみに頼ることに大きな危機感を持ち、産学官連携事業を推進していた秋田大学へ足しげく通い、秋田大学のシーズの1 つである『歩行環境シミュレータ』に着目した。

「わたりジョーズ君」

現在、高齢者による歩行中の死亡事故の割合が高くなっている。特に、高齢化率の高い秋田県内では、2009 年の交通事故で亡くなられた方の約70%が高齢者である。さらに、亡くなられた高齢者のうち約65%の方が歩行中であった。高齢歩行者の死亡事故は、秋田県だけではなく、全国的に高い割合を占めている。老化による身体機能低下は緩やかに進行するため、自覚することは難しく、自意識と身体能力とのギャップが拡大している高齢者も少なくない。

写真1 歩行環境シミュレータ「わたりジョーズ君」

写真1 歩行環境シミュレータ「わたりジョーズ君」

そこで、高齢歩行者の交通事故を未然に防ぐために必要な能力を、定量的に評価できる歩行環境シミュレータ(実験用)を秋田大学が開発した。エーピーアイはその実験機を基に、研究者が企図した機能を再現した試作品を開発するため、開発部門を立ち上げた。そして大学へ通い、技術指導を受け、第1号の試作機を製作した。現在は、製品名を親しみやすい「わたりジョーズ君」とし全国で販売している(写真1)。「わたりジョーズ君」は3面スクリーンに3次元CGによる擬似的交通環境を表示し、あたかも実際の車道を横断しているかのような環境を構築。左右を行き交う車を確認し、安全と思われるタイミングで歩行用ルームランナーの上を歩き、車道を横断する体験を通して、安全確認と危険予測に必要な能力を養うことができるシミュレータである。

長年OEM*1として技術を研さんしてきたエーピーアイは、独自製品の開発も販売も初めてであった。自社製品を持ち、それを売り込むことの難しさを知ったが、展示会等へ積極的に出展する等、OEMからの脱却を図った。

モーションキャプチャ技術の採用
図1 歩行者視点リプレイ映像

図1 歩行者視点リプレイ映像

歩行環境シミュレータの技術は秋田大学の吉村昇学長、工学資源学部・水戸部一孝准教授によって開発された。VR(バーチャルリアリティ)技術に磁気式モーションキャプチャシステムを採用しており、被験者の頭部の動き(3 次元6 軸データ)を正確にパソコンに記録し、正確な一人称視点リプレイ映像(図1)の再生や、ドライバー視点での再生ができる。被験者の行動を客観的に見せることで、効果的な指導が可能である。秋田大学とエーピーアイは共同で、本システムを特許出願済みである。

「わたりジョーズ君」販売実績

これまでに計6 台の販売実績がある(2007 年5 月大分県警察本部:1台、2009 年6 月香川県警察本部:1 台、2009 年10・12 月京都府警察本部:4台導入)。

2005 年5 月に秋田大学との共同研究・開発を開始してから、製品として販売できるようになったのは約2 年後である。大分県警察本部は当時未完成の製品を見て、それでも欲しいと秋田へ実機を見に来られた。エーピーアイは初の販売を目指し、急ピッチで製品を完成させたのである。

社会貢献事業としての今後の取り組み

現在、全国の交通安全対策機関より多くの問い合わせをいただいているが、お客さまのニーズは広く、製品の改善を必要としている。製品の軽量・コンパクト化、コスト改善、交通環境のバリエーションの充実等の要望が多く、今後も開発は続けていかなければならない。

地元秋田県内では多数の交通安全講習へ出展し、高齢者向け講習を積極的に行うなど、社会貢献活動を実施している。また、既に導入済みの大分県警察本部では、本機とドライビングシミュレータの活用によって、高齢者の交通事故が減少したとの報告もあり、今後全国の交通安全対策機関から注目されていく可能性は高い。

「わたりジョーズ君」は高齢者に身体能力の衰えを認識させ、歩行中の危険な交通状況を擬似体験することで、安全意識の啓発と危険予知能力の訓練が可能となる。高齢者交通事故の減少に役立てることができる。VR技術を社会福祉に活用するという秋田県発の新産業創設が期待できる。

*1 :OEM(Original EquipmentManufacturer):
他社のブランドで販売される製品を製造する企業