2010年4月号
特集1  - ハードディスク革命 岩崎俊一博士の30年
磁気記録の研究を追究して生まれたテーマ
-研究費に「成果」で応え社会貢献-
顔写真

岩崎 俊一 Profile
(いわさき・しゅんいち)

東北工業大学 理事長



聞き手:登坂 和洋 Profile

本誌編集長

2005年に東芝が世界で初めて垂直磁気記録方式のハードディスク装置(HDD)製品を世の中に送り出してから5年。各国メーカーから新製品として市場に投入されるHDDは、従来の水平磁気記録方式から垂直磁気記録方式に切り替わった。

垂直磁気記録方式を開発したのは東北工業大学理事長(元東北大学電気通信研究所長)の岩崎俊一博士。1977年に米国のインターマグ会議で垂直磁気記録方式の最初の論文を発表、1980年にはその基本形態を確立した。長い歳月を経て、水平磁気記録方式HDDの記憶容量の限界を打ち破り、新しい時代を迎えた。小型、大容量のHDDがインターネットシステム、クラウドコンピューティングを支えている。世界のHDDの市場規模は、年間約5億台、3.7兆円(2007年)。この巨大市場を1人の研究者の独創技術が塗り替えたわけである。

岩崎博士は、垂直磁気記録方式の開発による高密度磁気記録技術への貢献が認められ、このほど、財団法人国際科学技術財団から2010年(第26回)日本国際賞(ジャパンプライズ)を贈られた。その授賞理由にはこううたわれている。

「磁気記録の原点に立ち戻って究明することにより、[1]高密度記録を行うためには媒体面に垂直磁化モードが有効であることの発見、[2]垂直磁化膜を水平磁化層で裏打ちした二層構造により形成すれば高感度化が達成できる、という画期的な発想、および [3]磁性薄膜を用いた垂直型磁気ヘッドの開発、などにより、1977年に世界で初めて、高記録密度に向けた垂直磁気記録方式を実現することに成功した。これにより、それまでさまざまな方策を講じて延命が図られた水平方向記録から垂直磁気記録への大きなパラダイムシフトを現実のものとした」

垂直磁気記録方式の実用化に至る道のりは平たんではなかった。水平の記録容量が増大する過程で、産業界や学会が垂直に関心を寄せなくなった時期もあった。しかし、岩崎研究室の出身で、東芝で世界初の垂直磁気方式HDDを開発した田中陽一郎氏は、水平方式が現実の限界を迎えるはるか30年も前に、次世代を担う方式の完璧なコンセプトを提示されたとみる。

独創技術はどのように生まれ、どんな道をたどって実用化に至ったのか。岩崎博士にその研究、技術、実用化、研究資金などについて伺った。

研究の経過

私は1951 年に大学で研究生活を始めました。最初のテーマは永井健三先生が1938 年に発明された録音のひずみをなくす交流バイアス磁気録音方式についてでした。そのメカニズムを研究した結果、当時の常識を超える大振幅磁界のもとで動作しているという新しい解釈が生まれ、それに基づいて1960 年に発明したのがメタル(合金粉末)テープです。当時としては画期的な性能を持つ記録媒体でした。

メタルテープは今も使われていますが、水平型記録での高密度化には磁性層を薄くしなければならないという原理上の制約があり、早晩解決を迫られるものと考えていました。こうした予測と、それを解決するための模索を十数年積み重ねた結果、到達したのが垂直磁気記録で、その実現に至る経過を整理したものがこの図(図1)です。



図1 垂直磁気記録の実現に至る経過(1951〜1980)

垂直磁化の発想に至った時、幸運にも、並行して行っていた磁気光記録の実験の中からコバルト・クロム合金による垂直磁化膜を発見しました。これに基づいて、その後、垂直記録の研究は着実に展開しました。

私が垂直磁気記録方式について最初に発表したのは、1977 年6月、米国ロサンゼルス市で開かれたインターマグ(国際応用磁気学会)の国際会議です。1980 年には垂直磁気記録の基本形態が確立し、MRM(磁気記録材料)会議で発表しております。すなわち、垂直・面内複合膜の二層膜媒体を用い、単磁極ヘッドで記録・再生を行う方式です。基本原理としての垂直−面内記録間の相補性(コンプリメンタリティー)も確認しました。

実用化への道のり

2005 年5 月、東芝が世界初の垂直磁気記録方式ハードディスクを搭載した音楽プレーヤーを発売しました。これが垂直方式の最初の産業化です。2006年にはシーゲート社(1 月)、日立GST(5 月)さらに富士通(12 月)が相次いで製品化しました。1977年に私が提唱してから28 年かかっています。28 年間は、企業をベースに考えると長いかもしれません。しかし、独創的な革新技術が企業によって事業化されるのに20 年くらいかかるのは歴史的に見ても当たり前です。また、各社がほぼ同時に製品化し巨大な市場をつくり上げた理由は、次のような研究体制に基づいています。

私は垂直磁気記録の着想を得た後、1976年に日本学術振興会に「磁気記録第144 委員会」を創設し、2 カ月に1 回研究委員会を開き、委員長として大学と企業の共同研究を指導してきました。その原理や指向している方向は間違っていないという確信を持っていましたから、委員会の人たちを元気づけるための議論をずっとやってきました。だんだん進歩し成熟していくのがお互いによく分かりました。私があきらめなかったから、みんなついてきてくれたんだと思います。うれしいことに、一緒にやってきた私の弟子、仲間たちが、実際につくって、私に見せたいという気持ちになった、と後で言ってくれました。

独創技術

垂直磁気記録方式という研究テーマは、(図1)のように磁気記録の基礎的な研究を段階的に追究していく中で、おのずと見つかっていったものです。いわば、水平の研究を極限まで突き詰めていく中でそれ以外に方法はないという形で出てきたテーマです。そのため垂直記録の原理、記録媒体、磁気ヘッドはすべて新しい発想に基づくものになりました。まさに日本の独創技術と言えることを、私は誇りに思っています。

世間では、私の垂直磁気記録方式の研究は、「世の中の流れがそうなっていて、最初から研究の目的が明確であった。だからそれなりの成果が出た」と思われているようですが、そうではありません。

現在の科学技術政策を見ると、文部科学省だけでなく各省庁で研究支援のいろいろな仕組みができて、重点課題ごとに予算がつき、研究者がその中で研究を分担して進めていくというふうに見えます。これでは研究者の責任感の範囲が限られ、工業を興すという気構えは起きないでしょう。研究予算を増額しても、わが国の国際競争力が低下する一方なのは、このような施策にも原因があると私は考えています。

研究資金

当時、文部省の研究資金は、科学研究費補助金だけで、特定の重点課題を示すという制度はなかったように思います。しかし、成果の出た研究には研究費を出すという姿勢ははっきりしていて、私たちの研究の価値は十分に評価され、当時としては破格の研究費を受けました。それを整理したのがこの表(表1)です*1。この表で研究費に対する成果を明確に対比しているのは、その配慮に対して責任を果たすという私の気持ちの表れでした。多くの研究費が配分され、今になって社会、産業界に対し、それに見合う貢献ができたと考えています。

表1 垂直磁気記録方式の研究経過

2006 年に世界の主要メーカーが垂直磁気記録方式によるハードディスク装置(HDD)の生産を開始し、HDD の世代交代が進みました。2010 年には世界で生産されるHDD のすべてが垂直方式になると予測されています。今年、その市場は最大で6 兆円になるとも予測されています。さらに垂直磁気記録の発明によって、世界的にHDD だけでも十数万人の雇用、ライフログなどの新しい学術研究や生活スタイルなどが創出されています。

垂直磁気記録技術の寄与は現代の生活・文化にとどまらず、歴史的観点から見れば「文明」にも及ぶものだと考えています。

膨大な情報の記録が可能になったHDD は、後世にとっての「ロゼッタストーン」の役割を果たすことでしょう。個々の知識や経験という「財産」をもらすことなく記録し後世に伝えることが可能となり、同時に「個人の知識(価値)」が高められた新時代が開かれていきます。それは社会にとって価値観の再構成を伴った、いわば「IT 文明」の形成とも言えるでしょう。

私はこのような事業化の成功例を、イノベーションの実例として世の中に分かりやすく示さなければならないと思っています。それは研究者に対する最も強力な支援にもなるでしょう。

技術は科学の父

科学技術政策は、将来の展望だけではなく、今使えるものをつくり出すことも目的とすべきでしょう。「科学は技術の母」ですが、また「技術は科学の父」です。今の社会の雇用と経済を支えている垂直磁気記録技術はこの実例の1 つなのです。科学技術が今使えるものをつくり出している実績は、将来への投資(科学技術政策)に対する社会の理解を深めるでしょう。

垂直磁気記録に関しては、自分が発明した技術が、工業生産されることで多くの人々の生活を支え、また、その製品が極めて多くの人々によって使われていることに研究者冥利(みょうり)と言える喜びを感じています。また、この発明が工業を活性化して、多くの国の人々に働く場を与え、今の経済危機を克服する上でわずかでも役立っていることは望外の喜びです。

平成18 〜19 年にかけ、各社は垂直型HDDを量産するに当たって、私に対して記念の盾や製品を贈ってくれました。写真1 は私が理事長を務めている東北工業大学での展示の様子です。贈呈者は、東芝の西田厚聰社長、日立GST の中西宏明会長、富士通の古村一郎副社長およびシーゲート社のW. ワトキンス社長(いずれも当時の職名)たちです。

4 社からの贈呈は、この仕事が明らかにオープンイノベーションであることを示しており、産学連携の在るべき姿を示すものと自負しています。また本学の学生にとっては、日本が生んだ先端技術の生きた教材になっていると思います。

このたび私が、財団法人国際科学技術財団の2010 年(第26 回)日本国際賞(ジャパンプライズ)を受賞したのは、垂直磁気記録が示す科学的な寄与、独創性と、その結果の社会における効果を総合して決定されたと伺いました。この2 つの価値観の統合と言えます。

その意味で、今回の日本国際賞受賞は大変名誉なことです。垂直磁気記録方式が産業化されて5 年、HDD 市場を塗り替え、ここまで大きな市場になった現在、あらためて評価していただけることは、わが国の科学技術の世界にとっても意義のあることだと思います。


写真1 東北工業大学ギャラリーでの展示写真
(左から東芝、日立GST、富士通、シーゲート社)

*1 :1982年3月に出した東北大学電気通信研究所シンポジウム「垂直磁気記録」論文集に寄稿した「垂直磁気記録−その研究経過と将来−」に掲載。