2010年4月号
特集1  - ハードディスク革命 岩崎俊一博士の30年
大学で進めるべき研究の貴重な成功例
-将来の実用化を見据えて長期間継続-
顔写真

村岡 裕明 Profile
(むらおか・ひろあき)

東北大学電気通信研究所 教授



東北大学電気通信研究所教授の村岡裕明氏は、学部の4年から大学院の計6年間、垂直磁気記録のテーマ一筋で、当時の岩崎俊一教授の指導を受けた。村岡氏は、垂直方式は磁気記録を磁気エネルギーの側面からとらえたことがポイントで、革新的な考え方だったと指摘する。30年近くに及ぶ長期間の研究を経て実用化した垂直磁気記録方式は、大学が進めるべき研究の貴重な成功例ともいう。

岩崎先生の日本国際賞のご受賞を心よりお祝い申し上げます。

私は、誠に幸運なことに昭和50 年4 月に岩崎研究室に4年生として配属になりました。幸運と申しますのは、この年のわれわれの学年は本格的に垂直磁気記録の卒業研究テーマをいただいた最初の年だったからです(1 年上の先輩が1 人だけでしたが記録ヘッドの研究をしていたので正確には2年目でしたが)。

私自身はその後垂直磁気記録のテーマ一筋で大学院の5 年間を含めて計6 年間、岩崎先生のご指導を受けることができ、昭和56 年に垂直磁気記録で初めての学位をいただきました。誠に僭越(せんえつ)ながら私がこの原稿を書かせていただけるのはひとえにこの垂直磁気記録の誕生とほぼ同時期に先生の研究室に入り、そのご指導を受けることができたという偶然によるものと思います。

ヘッドと記録媒体を自前で試作

当時の岩崎先生は常に物静かでおられましたが、草創期の垂直磁気記録に没頭され実験を非常に大事になさっておられました。岩崎研究室では垂直磁気記録のための基本デバイスであるヘッドと記録媒体を完全に自前で試作することができました。薄膜材料を成膜してヘッドや記録媒体をデバイスとして作製し、それを組み合わせて記録特性を測定することができたということです。現在の磁気記録研究でこれができる大学の研究室は世界に存在しないでしょう。

今にして思えば、理想的な磁気記録の研究教育の環境が当時すでに実現されていました。垂直磁気記録という新しい地平を切り拓いていく研究を、実験優先で進める先生の見識だったと思います。これは研究を非常な勢いで進歩させ、同時に学生の教育に絶大な効果を発揮しました。研究室の中ですべてのデータを取ることができ、次の実験をするにもすぐにヘッドや媒体を自分たちのアイデアを入れて作ることができました。

自ら作ったデバイスが世界最高の性能を発揮するのを目の当たりにできるチャンスがあるのは、学生にとって最高の教育効果でした。岩崎先生はこの研究環境を作り上げてくださり、毎日朝と夕方に実験室に足を運ばれ学生のデータを1つ1つじっくりと見てくださいました。静かなお話しぶりなのに、データの細部に至るまで何1 つ見逃さない厳しいディスカッションだっ たことを思い出します。

ありがたかったのは学生が一生懸命やった実験データはいつも重視してくださり、その本質が何かをじっくり教えてくださいました。卒業した学生たちが実験を大事にする気持ちを持ち得ているのは先生のおかげと思います。

エネルギーの側面からとらえる革新性

岩崎先生が先導された垂直磁気記録に至る道は、磁気記録を磁気エネルギーの側面からとらえたことが本質だったと思います。岩崎先生の最初の発明は高密度ビデオ用のメタルテープですが、これは大きいヒステリシス曲線で高いBH 積を持つ高エネルギー永久磁石の発想です。この磁気記録とエネルギーの関係は当時まったく革新的な考え方ではなかったかと思います。

この基本的な理解は目覚ましいもので、その後デジタル磁気記録における記録ビットの磁気エネルギーの議論から、長手記録の記録分解能と再生信号振幅との間にある反磁界と記録層の厚さについての本質的な葛藤(かっとう)が導き出され、これを解決するために垂直磁気記録の発明を生み出したのだと思います。最近では、長手記録から垂直磁気記録への転換を決定付けた熱エネルギー擾乱(じょうらん)による記録ビットの磁化消失も、結局は磁気エネルギーによって理解されることはよく知られている通りです。

強固な指導原理を持って研究を推進

垂直磁気記録の30 年近くに及ぶ長期間の研究を経ての実用化は、大学には重要な事例となります。最近の研究は大きな資金を投じることはあっても長期間の継続性を特徴とするものはなく、短期間で成果を出すことを要請しているように見受けられます。本来は岩崎先生が主張なさるように20年とか40 年とかかかるものでも短期間の成果を求められますので、その都度、成果を見せなければならず方針がぶれてしまって、研究の的確な蓄積と技術の成長が止まってしまう恐れがあります。

確かに、垂直磁気記録は最初の数年で骨格が出来上がりました。しかし、その後世の中が追い付くのに時間がかかったのです。まず垂直磁気記録を実現する周辺技術の成熟のための時間が必要だったと思われます。垂直磁気記録の主要デバイスの工業的な成熟度を高める時間も必要でした。この長期間を岩崎先生が持ちこたえたのは強固な指導原理を持って研究を推進してこられたからだと思います。企業では30 年もの将来に成果を見据えて一貫した研究を遂行することは大変困難と思われ、大学で進めるべき研究の貴重な成功例に思えます。

大きな規模と波及効果

一方で、岩崎先生の垂直磁気記録の研究は東北大学の「実学」を具現化した実例の1 つでもあると思われます。役に立つ研究をするというのは時に研究者には厳しいことです。役に立たなければ、いかに研究者の興味が深くても、大学の公的な立場で資金と人的リソースを費やして行うべきではないと理解されるからです。

垂直磁気記録の貢献は、その普及の規模の大きさと情報処理産業における広い波及効果の2 つの面で実学として際立っています。前者は現在の年間数億台のハードディスク装置の生産をすべて垂直磁気記録に置き換えた事実を申し上げれば、その市場と雇用の大きな規模をお考えいただけることで十分かと思います。後者は、ハードディスク装置は家電製品などのようなスタンドアローン製品ではなく、情報ストレージシステムとしてコンピュータとネットワークをつかさどる情報処理技術全般の中で統合されていることでの成果です。

さらに、この情報処理技術は人類の知的活動そのものです。これまでの書籍などの古典的情報源のようにばらばらに集積されたデータとは異なり、膨大な情報量がハードディスク装置の中にあるおかげで互いに結び付いて高速情報処理されることが可能となり、新たな知を生み出す情報源として再構築されようとしていると思われます。

垂直磁気記録はそのもっとも重要なコア技術である情報ストレージ技術の基礎を成す実学として、30 年を経て東北大学から世界を舞台に大きく開花しました。


昭和52年度の卒業式後に岩崎研究室の修士修了生と学部卒業生が
岩崎先生を囲む。左から2人目が岩崎教授、その左が筆者。