2010年4月号
特集2  - 図書館のビジネス支援
課題解決型サービスとして広がる
顔写真

山崎 博樹 Profile
(やまさき・ひろき)

ビジネス支援図書館推進協議会 副理事長
秋田県立図書館 企画広報班長


米国などで行われていた公立図書館のビジネス支援が、日本でも21世紀に入り大規模館を中心に広がってきた。図書館員、会社員、研究者等によりビジネス支援図書館推進協議会が設立され、シンポジウム開催など啓発活動が行われる一方、各地の図書館から具体的な成果が報告されるようになった。図書館の課題解決型サービスの1つとして期待されている。
なぜ、公立図書館がビジネス支援を

ビジネスを公立図書館が支援する、ということを初めて聞かれると「?」となる方も多いのではないだろうか。公立図書館は、誰もが入館できて、利用目的を問われないこと、また、仕事がある人でも休日や夜間に利用できることから、親しみのある、間口の広い性格を持った公共施設である。また、図書館資料には、ビジネスに直接役立つ統計資料、ビジネス書等に加え、一見ビジネスとは関係ないと思われる地域資料、食品関係の本、デザイン関係の本等、広がりのある資料がそろっている。さらに、これらの資料を提供するナビゲート機能としてレファレンス・ライブラリアンがおり、すべて無料で利用できる。

一方、日本では比較的大きな企業は自前で情報を調査、提供する専門図書館を持っているが、中小規模の企業や個人の場合は経費的に厳しい。しかし、競争社会の現代においては、情報収集や事前調査がビジネスの成功の鍵となるケースが多い。米国では、伝統的に公共図書館がビジネスを支援することが行われており、ポラロイドカメラ、ゼロックス、パンアメリカン航空の創業は、ニューヨーク公共図書館が大きな役割を果たしたことは有名である。あのビル・ゲイツもシアトルの図書館がマイクロソフト創業のきっかけとなったと言われている。

先進各国では、現在、公共図書館を情報サポートセンターとして位置付け、起業や中小企業、SOHO 等を支援するサービス基地として活用する例が増えている。印刷資料だけでなく、商用データベース、情報コンサルティング、起業セミナー、起業相談等、そのサービス内容は幅が広い。

日本の公立図書館でのビジネス支援の始まり

日本でもビジネス支援サービスを行う公立図書館が全くなかったわけでなく、神奈川県立川崎図書館は昭和34 年の開館以来、工業からスタートし、科学や産業などのビジネスに関した資料提供サービスを行ってきた歴史がある。しかし、多くの公立図書館がビジネスを支援するという考え方を持っているわけではなかった。ところが、ジャーナリストの菅谷明子氏が『中央公論』にニューヨーク公共図書館の事例を報告してから、日本でも状況が変わり始めた。2000 年12 月に図書館員、会社員、研究者等によりビジネス支援図書館推進協議会が設立された。その後、毎年のようにシンポジウムを開催、日本経済新聞社をはじめ、主要新聞紙による記事掲載、NHK 等により報道された。さらに、経済産業省の支援「骨太の方針2003」への記載、これらは全国の公立図書館の関係者の関心を呼び、当初は、浦安市立図書館、秋田県立図書館、広島県立図書館等で始まったビジネス支援サービスが少しずつ全国で展開されるようになった。

その後、平成18 年に文部科学省から報告された「これからの図書館像」には、課題解決型サービスの代表的事例の1 つとしてビジネス支援図書館サービスが挙げられている。

ビジネス支援サービスの現状


表1 ビジネス支援図書館サービス実施状況

ビジネス支援図書館推進協議会では、平成18 年と平成20 年に全国の公立図書館にビジネス支援に関する調査を行った。平成18 年調査ではビジネス支援サービスを実施、準備、計画中の館は168館、平成20 年調査では205 館と増加している(表1)。日本には3,164館の公立図書館が設置されているので実施率はまだ1 割に満たない状況であり、ほぼすべての公立図書館が実施している児童サービスと比較すると、いまだ低い状況である。しかし、日本でこれだけの短期間に比較的多くの公立図書館がサービスを開始したということは珍しいことであり、財政難での図書館の危機感が背景にあると思われる。実施館を館種別に見ると都道府県立図書館が28 館、政令指定都市図書館が34 館、市区立図書館が119 館、町村立図書館が11 館となっており、比較的大規模な公立図書館が中心となっている。これは、ビジネス支援サービスでは、専門性や専門資料を要求されるという考えが一部の図書館員にあることによるだろう。しかし、日本の公立図書館でも、ビジネス支援が図書館の一般的なサービス体制であると認識されつつあることは間違いない。

実際のビジネス支援サービス


写真1 秋田県立図書館のビジネス書コーナー

それでは、実際のビジネス支援サービスはどのようなものだろうか。前述の平成20 年調査では「ビジネス支援コーナーの設置」「ビジネス関係資料の提供」「地域資料の収集・提供」「有料データベースの提供」等、主にハード面のサービスが多く実施されている(写真1)。特に地域資料は、地域振興を図るビジネスには有効なケースがあり、公立図書館資料の特長を生かすことができる。図書、雑誌以外でもチラシ、ポスター、写真、地図等の非刊行物の資料がビジネスに役立っているケースも見受けられる。

ソフト面ではレファレンス・サービス(相談・調査)、ビジネスセミナーの開催、関連機関との連携等のサービスが行われている。レファレンス・サービスは図書館で従前から行われている専門的なサービスの1 つであるが、ビジネスレファレンス・サービスの場合、相手の相談意図をあらかじめ推察できることから、調査ツール等の事前整備・把握、質問事項以外の回答の提案が図書館員から行われる等、従来のレファレンス・サービスを超えたものとなることが多い。ビジネスセミナーやシンポジウムも数多くの図書館で行われており、公立図書館の特性から気楽に参加することで、比較的多くの業種の方々の参加がある。このことからビジネス上での異業種の思わぬ交流が生まれ始めていることも成果の1 つであろう。ビジネス支援に関連する機関は、従来の公立図書館での連携先と異なり、行政、農協、大学、研究機関と幅広い機関が対象となっているのも特徴である。

具体的な成果

ビジネス支援サービスを公立図書館が開始してから、少しの間は、その成果が具体的に見えてこなかった。公立図書館の性格上、サービス後の追跡的な調査を行うことは少ないことが原因の1つである。しかし、平成20年度全国図書館大会では、図書館利用者が鳥取県立図書館のビジネス支援サービスを受け、起業したケースが報告された。株式会社沢田防災技研代表取締役の沢田克也氏は「勤務会社を辞め、シャッター用防災機器の開発をしたが、製品開発や起業の経験が無いため商工会議所等の窓口で取り合ってもらえなかった。しかし、県立図書館に相談し、技術レポートや台風の被害状況から産業技術センターや弁理士等の紹介に至るまでさまざまなサポートを受けた。−中略− ベンチャー企業なのでスキルのある人間を雇う体力は無い。図書館のビジネス支援なら電話代とコピー代だけで的確なアドバイスをもらうことができる」(平成20年度全国図書館大会記録より抜粋)と話す。さらに、ビジネス支援は創業だけではない。平成21年度の北日本図書館連盟研究協議会では秋田県湯沢市の農家から「さくらんぼのブランド化」の事例が報告された。「県立図書館には、古文書によるさくらんぼの歴史調査、土壌調査、ブランドイメージ創出のための基礎調査等を行ってもらった。図書館がこのように役立つとは今まで知らなかった」と、この農家の後継者である加藤智子さん。この2つの事例を見ると公立図書館ならではの間口の広さ、資料の幅広さが生かされている。さらに全国のビジネス支援実施館からは、アイスクリーム工房、介護ビジネス、古着屋の起業等の公立図書館発のビジネス支援の成果が多数報告され始めている。

ビジネス支援サービスの課題

順調に動き始めたと見えるビジネス支援サービスだが、多くの課題を抱えている。課題の1つ目は、図書館員のスキルアップである。この課題に対し、ビジネス支援図書館推進協議会は、毎年図書館員向けのビジネス・ライブラリアン講習会を全国で開催し、今年で8回目となった。この講習を終えた図書館員は自館に戻り、ビジネス支援サービス構築の推進役となっている。しかし、ほかの図書館サービスと比べると研修体制も明確化されておらず、大学の司書課程の中で専門教育は行われていないのが現状である。

課題の2 つ目は、利用者やビジネスマンへの広報である。多くの人にとって「公立図書館は暇な人が読書をする場所」というイメージが強く、公立図書館に実際に役立つ機能が数多くあることが知られていない。さまざまな機会とメディアを通して、公立図書館が十分にビジネスに役立つ存在であること、また公立図書館がそう変わりつつあることを訴えていきたい。