2010年4月号
単発記事
農学系高度人材を養成
アグロイノベーション研究高度人材養成事業

金 承鶴 Profile
(きん・しょうかく)

東京農工大学 特任准教授
アグロイノベーション高度人材養成センター 支援室長

東京農工大学では、平成20年6月にアグロイノベーション高度人材養成センター(以下「アグロイノベーションセンター」という)を設立し、博士後期課程学生ならびにポスドク(以下「博士人材」という)を対象にイノベーション創出人材の養成システムの構築に取り組んでいる。特に、実社会との接点形成、コミュニケーション能力の付与、ならびに社会性、倫理観を備えた、実力ある研究者の養成と、この活動を通じて社会からの人材育成の要請を賦活化することを目的としている。

アグロイノベーション人材養成システムには次のような特徴がある。

(1) 21世紀のグローバルな課題に貢献する人材養成
21世紀は、食糧、水資源、環境、感染症対策など地球規模の重大な課題の解決に迫られている。アグロイノベーションセンターでは、こうした課題に対応した「技術革新」はもとより、「産業創出」や「社会政策提言」ができる優れた人材を養成することを目指している。
(2) 農学系を中心に全国から優秀な人材の選抜
上記の課題への対応には農学が重要な役割を果たす。アグロイノベーションセンターでは、これまで4半世紀にわたって農学系博士人材の養成に連携して取り組んできた全国18 大学で構成される連合農学研究科*1と密接に連携して人材育成に取り組んでいる。連合農学研究科には1,000名以上の博士人材が在籍しているが、これらに加えほかの国立大学のほか、公立、私立大学も含めた全国規模の公募により意欲的な者を公平かつ厳正に選抜し、養成対象者としている。
(3) 幅広い分野の連携機関との協働
博士人材に多様な研修の機会を与えるとともに、博士人材の産業界等への進出機会の拡大を図る観点から、幅広い分野の多様な機関と連携して進めている。特に、3カ月以上の長期インターンシップについては、農林水産省、欧米諸国の先進的大学発研究機関、国内大手商社、証券企業等との密接な連携のもと、3 カ月以上の長期インターンシップを含む多様な機関での高度な研修機会の創出を目指している。

政策提案を核にしたアグロイノベーション戦略研究ワークショップ

写真1 アグロイノベーション戦略研究
ワークショップ

農林水産省との密接な連携のもと、農業関連技術、農作物の知的財産による保護、戦略や、食糧、水資源、環境等に関する研究推進政策に対する教育プログラムを実施している。この取り組みの一環として平成21 年度は、全国から公募・選抜した15 大学の博士人材34 名に対して、「アグロイノベーション戦略研究ワークショップ」を開催した(写真1)。ワークショップでは、2 つの農政課題「国産バイオ燃料をどのようにして振興すればいいのか」「中山間地域をどのようにして活性化すればいいのか」について、農林水産省から実際の政策の企画立案に携わっている3名を講師として招き、政策討論、意見交換、政策発表会を行うとともに、その結果を取りまとめた政策提案書を農林水産省に提出した。参加者からは、農業政策の経緯や課題、政策立案について知見を深める中で、「研究者が果たすべき役割と重要性について立場を超え多面的にとらえることができた」「社会価値創造に向けた意識・ビジョンが大きく醸成された」等の声が寄せられ、極めて有意義なプログラムであったことが伺える。

多様な機関と連携した長期インターンシッププログラム

本プログラムは、産業界等での長期実務研修(3 カ月以上)を通じて、社会のニーズをつかみ、時代を先取りしたプランニングができる能力を開発する。平成20年6 月の開始からこれまでに、博士課程在籍者および博士人材29 名が、国内外の幅広い分野の機関で長期インターンシッププログラムを実施している。研修参加者からは、「イノベーションに向けてキャリアプランが明確になった」「研究活動にも有用なフィードバックがあった」等の感想が寄せられ、長期学外研修は予想以上に効果が高いことが分かった。また、受入機関からも「博士研究者に対する負のイメージが消えた」「インターンシップ事業を今後も継続してほしい」などの意見もあり、産学連携・地域連携が若手研究者を通して大きく発展していくことが期待される。

【SRI インターナショナルによるイノベーション実務研修】

最近のわが国におけるイノベーションという言葉の使われ方を見ると、ほとんど流行語化しているきらいがあるが、自らが有する高度な専門能力に幅広い視野と高い意欲を持って、現実のイノベーションの創出に結び付けるには、そもそも「イノベーションとは何か」、そしてそれを実現するにはどうすればいいのかという問題意識と創造的な発想力が重要である。しかし、残念ながらこれらを教育する適切なプログラムはまだわが国にはないと言っても過言ではない。アグロイノベーションセンターでは、この分野でおそらく世界最先端のノウハウを有しているSRI インターナショナルと連携してイノベーション実務研修を実施している。


写真2 カリフォルニア州メンローパーク
SRIインターナショナル本部にて

米国産業界リーダーの支援を得て発足したSRI インターナショナルは、1970 年にスタンフォード大学から独立した研究機関であり、イノベーションにおいて数多くの実績を有しているとともに、シリコンバレーにおけるイノベーション事例とノウハウを網羅的に解析し、原則化・システム化している。本実務研修プログラムは、若手研究者がイノベーション原則にかかわる理論および実践的スキームを包括的かつ論理的に習得することを目的としている。さらに本プログラムを発展させることにより、「日本型イノベーション教育プログラム」の開発を目指している。本年度は、カリフォルニア州メンローパークにあるSRI 本部にて、14名の若手研究者を対象に12 月8 日から10 日までの3 日間、シリコンバレーの投資家やベンチャー企業を上場させた経験のある研究者等、11 名の実績のある講師陣による先進的なイノベーション教育を実施した(写真2)。顧客価値創造や価値命題の検証という研究者がこれまでほとんど意識することがなったコンセプトや組織連携の在り方、イノベーションは偶発的に起こるものではなく確かな道筋を開拓した者のみが実現できることなど、極めて高度かつ刺激的な内容に対して、参加者からは非常に大きな反響があった。

おわりに

日本の発展や国際競争力の確保、国際協調のための唯一の道が「イノベーション」であることは誰もが認めるところである。しかし、イノベーションとは何か、どうしたらそれが達成できるのかを知る人は極めて少ないのが実情であり、小手先の対応やアイデア、スローガンだけで成しうるものではない。イノベーション創出の最も重要な鍵を人材が握っていることは論をまたないであろう。本学の人材育成事業は、研究推進において中心的役割を果たす若手研究者が、地域を超え、分野を超えて、数多くの化学反応を引き起こし、イノベーションに結び付けるための非常に有効かつ現実的な取り組みであると確信している。

*1 :連合農学研究科:
全国18の国立大学法人から構成される農学の博士後期課程である。全国6地区に設置されている。
・岩手大学大学院連合農学研究科(岩手大学、弘前大学、山形大学、帯広畜産大学)
・東京農工大学大学院連合農学研究科(茨城大学、宇都宮大学、東京農工大学)
・岐阜大学大学院連合農学研究科(静岡大学、岐阜大学、信州大学)
・鳥取大学大学院連合農学研究科(鳥取大学、島根大学、山口大学)
・愛媛大学大学院連合農学研究科(愛媛大学、香川大学、高知大学)
・鹿児島大学大学院連合農学研究科(佐賀大学、鹿児島大学、琉球大学)