2010年5月号
単発記事
本物の里山をどう生かす
‐里山を活用した低炭素環境コミュニティーのモデルづくり
顔写真

中川 重年 Profile
(なかがわ・しげとし)

京都学園大学 バイオ環境学部 バイオ環境デザイン学科 教授


京都市の西隣亀岡市。ベッドタウンであり、京野菜の供給地として知られているが、このような都市のすぐそばにも山間の地には限界集落がある。ところが、そこには現役の里山が温存されている。その里山を新たな環境デザインのモデルとして、アカデミアが住民、自治体と連携した取り組みを始めている。



写真1 亀岡市西別院町大槻並

亀岡市は京都府の中央部に位置する中都市である。亀岡盆地の中心には、保津峡を経由して京都市内に流れ下る桂川がある。盆地の南側、大阪府との境にある北摂山地が分水嶺(れい)となっており、北側は桂川水系、南側は安威川・神崎川水系となっている。この分水嶺を持つ限界集落、それが西別院町大槻並である(写真1)。現在、ここで8戸18 名が暮らし、住民の多くは今でも里山の雑木をエネルギー源として使っている。もちろんプロパンガスや電気といったエネルギーも使った上でのことであるが、ここは寒天の製造が行われてきた場所で大量の薪(まき)が生産、消費された歴史的な集落である。

大槻並ではアベマキ、コナラ、クヌギを主にした雑木林=里山が広く分布しているが、毎年一定面積が伐 採され、齢級の異なる林分が各所に見られる。ほかの地域ではまず見られない里山の本質がそこに見られ、夕方民家から煙が立ち上る景色は特別の感動をわれわれに与えてくれる。

変形した里山

とはいえ、まったく昔の雑木林利用のシステムがここで温存されているわけではない。例えば落ち葉=堆肥(たいひ)を得るための林内での落ち葉かきは既に行われていない。このほか宅地として管理されないまま残った木々も大きく育ち、住民の生活に重圧を与えている。さらに農地と林地の境界部分は、[1]日照時間を増やす [2]いもち病など病気の予防のための風通しの確保――といった点から幅8 メートルほどの山側の部分を帯状に草刈りを行っている。陰伐地と呼んでいるが、当地方では「わち」、南関東では「こさ」と呼んでいる。大槻並には小さなエリアであるにもかかわらず、1,000 メートルを超える「わち」がある。

現在一部を除き、全体では20 年以上前から管理放棄され、森林状態となっている。良好な山間の里山景観構成要素としてこの「わち」は重要かつ特徴的であるが、同時に、希少種を含む草地植生がしばしば見られる。このほか大谷、池上といった枝谷では既に3、40 年も前から耕作放棄が起き、水田や段々畑が森林化している。子細に見てゆくとこのような変化が見られるのである。

大学、地元団体との取り組み

筆者は2 年前に樹木調査でこの地を訪れ、適度な規模と里山林の本質とも言える伐採が燃料革命以降も連続的に続いていることを知った。そして低炭素環境コミュニティーのモデル地として評価し、本学の試験実習研究地として地元とコラボレートができないか検討を重ねてきた。京都府、亀岡市(本学との包括研究協定を結んでいる)と連携し、地元とさまざまな協議を重ねてきた。

一方では都市域の企業、団体に対しても活動内容について説明を行っていった。その結果、現在ではボーイスカウト連盟大阪138 団とコラボレーションを行うに至っている。この138 団は本地域を流れる大槻並川の下流(下流では安威川と呼ばれる)に住んでいる住民である。このため、この地域に対する協力・理解が得やすかったことと、活動の方向が既設のキャンプ場でなく、より自然度の高いキャンプサイトを探していたことが合意に至った理由でもある。

地域に対する基本的考えとして経済的負担を求めない、地域のコミュニケーションを重要視することとし、公共性の高い場所の保全活動を行うなどを合意事項とした。

公共性の高い項目としては、前述の「わち刈り」、神社寺の敷地の清掃活動、道路の草刈り保全活動が挙げられる。

個人レベルの作業項目としては、森林化した放棄水田(棚田)の管理、崩壊したため池の修復、個人敷地内傾斜地の樹木の伐採管理、水田の再生などであった。

言うまでもなく、地元との信頼関係を高めてゆくことは極めて重要である。個人的なレベルでは協力が得られても地域全体での合意が得られるには時間がかかる。まずわれわれの学部の目指している目標を提示、バイオ環境デザインの設立趣旨から説明し、当研究室の研究目的、大学と地域のコラボレーションの意味などについて理解を深めていった。このために区長さん、住民との打ち合わせを20 回程度、ボーイスカウトと数回の打ち合わせを行い、地区全体への説明会を2 回行い、一定の合意が得られた。同時に管理作業を進めるに当たって、アマチュアでは限界があることから林業土木企業(大阪府能勢町)に対して、当研究室の目的を理解していただき、さらに予算の貧弱な事業であること、地域には迷惑を掛けないことなどの理解を求め協力をお願いした。

公共性の高い作業


写真2 再生された「わち帯」

3 月には当初の目標であった「わち刈り」が復活、株式会社古嶋商店の協力で当初計画の数倍に及ぶ300 メートルもの「わち帯」が再生できた(写真2)。この作業はプロチーム延べ19 名(パワーショベル1 台)とボーイスカウト60 名、本学の学生参加の共同作業の結果である。地区に再生された「わち」は実に壮大で、かつての里山の景観を表している。春を迎え伐採した木々については萌芽(ほうが)が起き再生するし、草本植物も光環境の改善から今まで見かけなかった種類も見られるようになるだろう。研究室では卒業研究のテーマとして選定しており、新しい貴重なデータが蓄積されると考えられる。なお実施後この「わち」を住民の方が何回か見に行き、「昔の大槻並がよみがえった、うれしい、うれしい」と素直に喜んでいただけたと聞いている。本年度もこの作業を延長していく予定にしている。2 年間で「わち」再生事業が終了、維持管理が容易になると考えられる。

個人レベルの作業

メンバーが個別に行った作業には次のようなものがある。

1. 独居老人宅の宅地斜面の樹木伐採。
2. 宅地奥に続く放棄水田を整備し、ボーイスカウトのすてきなキャンプサイトにした。さらに水場の確保で、以前崩壊したため池の再生を行った(写真3)。この作業については本学、ボーイスカウト延べ100 名を超える参加があったため、当初目標であった2、3 年での作業が3カ月で終了した。その結果、本年5 月から本格的な利用が始まり、ボーイスカウトが数十名規模で定期的にキャンプを行う予定となっている。このことから地元に対する奉仕活動が活発化すると考えられる。
3. 農業面では放棄水田を再生、米を生産した。その米は本学の昨秋の大学祭で使用。本年は酒造りに適した品種を実験的に栽培し、学部内でコラボレーションし新しい特産品をつくる試みを考えている。


写真3 ボーイスカウトのキャンプサイト
に再生されたため池

さらに本学の取り組みとして現地に活動時の拠点を確保し、本学および他大学の里山研究のフィールドとして活用するために調整を行っている。

大槻並の取り組みを亀岡発の低炭素社会構築のモデル事例と位置付けているが、現在、大学と地域が協働し、より広域の北摂山地集落を結ぶ農業林業ネットワークをつくるため、並行して大阪府豊能郡能勢町(ウッドチップの堆肥化)、亀岡市西別院町神地(クヌギの製炭、植林、自然教育活動フィールド)、西別院町(寒天作りの再生)、亀岡市曽我部町(クヌギの造林利用)などと、気候と地域特性とを生かした取り組みを行っている。