2010年6月号
特集1  - グリーン・イノベーション
環境共生化学の目指すもの
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中岩 勝 Profile
(なかいわ・まさる)

独立行政法人 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 研究部門長


化学なくして「ものづくり」はあり得ない。環境への影響を考慮しつつ持続可能な社会を目指す化学技術、化学産業の新しい体系が提唱されている。「グリーン・サステイナブルケミストリー」だ。産総研は「環境共生化学」として3つのカテゴリーで技術開発と体系化を進めている。

約15 年前、米国で化学品の生産から使用、廃棄までの過程の環境負荷を抑制し、かつ生産効率の向上を目指して「グリーンケミストリー」の概念が提唱された。一方、欧州ではリサイクルを用いた資源の有効利用などによる持続可能社会の実現を目的に「サステイナブルケミストリー」が打ち出されている。これに対してわが国では環境影響を考慮しつつ持続可能な社会と、それを支える化学産業の進むべき方向を明らかにするために、両者のコンセプトを取り込んだ「グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)」が提唱されている。現在、GSC ネットワークが化学系学会などにより組織され、GSC 文部科学大臣賞などを通じた活発な普及活動を展開している。また国家技術戦略の一環として経済産業省よりGSC 技術戦略が公表されている(図1)。



図1 グリーン・サステイナブルケミストリー概念図

GSC とは、簡単に言えば「環境に優しいものづくりの化学」である。環境破壊の主因のように言われることもある化学だが、およそすべての製造業の基盤として、化学なくして「ものづくり」はあり得ない。独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)環境化学技術研究部門では長期的視野も取り入れ、GSC をより広くとらえ、「環境共生化学」という概念として技術開発および体系化を進めている。具体的には技術の目標を大きく次の3 つのカテゴリーに整理している。

1. 再生可能資源を利用する材料・プロセス技術
2. 環境負荷物質の排出を極小化する反応・プロセス技術
3. 化学プロセスの省エネ化を可能とする分離技術

これらを具体的な技術にブレークダウンし、分離、合成、転換等、化学および化学工学を主たるツールとして産業技術の研究開発を進めている。実際の研究課題は多岐にわたるが、以下にその一端を紹介する。

バイオテクノロジーと化学技術の融合
1. 再生可能資源を利用する材料・プロセス技術

本課題は、原料を石油などの化石資源からバイオマスなどの再生可能資源とした化学体系の構築やバイオ材料由来の高機能プラスチックの開発などである。

バイオマスを原料とする化学品製造、いわゆるバイオ(マス)リファイナリーの技術開発は欧米が先行しているが、当部門ではバイオテクノロジーと化学技術の融合によるバイオマス化学体系の構築に向けた取り組みを進めている。例えば、バイオエタノールから基幹物質を製造・利用するための基盤技術の開発などである。後述の3.にも関連するが、実発酵液から90%以上にバイオエタノールを濃縮できる無機膜を開発し、炭素数2 〜4の基幹化学物質の化学製品製造プロセスを提案している。原料としてはエタノール以外にもグリセロールを有望な候補と考え、その低級オレフィン等への化学変換技術およびバイオ変換技術の開発を行う。

別の課題としては、高機能化されたバイオベースプラスチックの開発が挙げられる。糖から発酵で生産されるアミノ酸等を用いて付加価値の高いコスト競争力のある耐熱性材料のポリアミド系樹脂などについて、バイオマスからのモノマー生産・重合までの一貫したプロセスを研究対象とし、単独重合体の利活用と成形性を向上させた共重合体等の研究を進めている。さらに製品基準の確立を目指し、生分解性・再生可能原料使用率(そのプラスチックがどれくらいバイオ由来かを定量的に示す「バイオプラスチック度」とも言える指標)などの評価法の国際標準規格作成に貢献している。これは、古美術品の年代測定等に利用される炭素の同位体分析の技術を応用するものである(図2)。


図2 放射性炭素 14Cによるバイオマス由来原料
と石油由来原料の違いの測定

高機能バイオベースプラスチックの製造技術の確立とともに、長期的にはプラスチックのモノマー化技術のようなリサイクル基盤技術の開発を行い、コストの低減と環境負荷のさらなる低減により市場の拡大を目指している。

2. 廃棄物、環境負荷物質排出の最小化

副生廃棄物の極小化を実現する化学反応システム技術の開発を目指し、環境負荷の小さい酸化剤を用いる反応技術および反応効率を高めるプロセス技術について研究を進めている。酸化反応を含むプロセスは全化学プロセスの30%を超えると言われ、工業的にも非常に重要であるが、一方で環境に最も影響を及ぼすプロセスでもある。特に精密化学品や医薬品の製造過程では、多様な官能基を有する物質を区別し選択的に酸化することが求められるため、環境負荷の大きい、ハロゲンや重金属酸化剤を用いる酸化法が使用されている。


図3 過酸化水素を酸化剤とした、環境に優しい
酸化反応の開発

産総研では反応後に水以外の共生成物を生じないクリーンな酸化剤である過酸化水素を酸化剤とし、有機溶媒も用いない環境に優しい選択酸化技術を開発している。重要な酸化技術であるオレフィンの選択酸化やアルコールの選択酸化について、高活性・高選択性・長寿命触媒を開発し、製品への転化率50%以上、反応選択率90%以上、過酸化水素の利用効率80%以上を目指している(図3)。実用化のめどを得るには新規の触媒を開発し、10 回以上の触媒再使用を実現することが必要である。

3. エネルギー効率の向上・温室効果ガスの排出量削減

本課題は、分離膜を利用した省エネルギー気体製造プロセス技術の開発、産業部門消費エネルギー低減のための化学技術の開発などが含まれる。深冷分離法や吸着法および吸収法などの現行の気体分離技術は、エネルギー消費が大きいことや操作が複雑であるなどの欠点を有している。原理的に省エネルギー性に優れ、操作が簡単な原子レベルふるい膜を気体分離技術として実用普及するための開発を、水素分離・酸素分離などを対象として行っている。それらの具体的用途として期待される燃料電池用の水素製造・精製システムと、酸素富化燃焼システムの実用化を通じて、省エネルギー型高効率分離プロセスの実現が期待される(図4)。水素分離膜については、パラジウム(Pd)系金属膜が知られているが、単位面積当たり世界最高水準の水素透過量の膜を開発している。また、安価な非Pd 系膜についても研究を進めている。酸素分離膜については常温使用の膜として分離性に優れる分子ふるい炭素膜を開発中である。耐水素脆性および実ガスへの耐性を考慮し1,000 時間程度以上の膜寿命を達成すること、および圧力スイング吸着法(PSA 法)での水素製造コストと比較して優位性のあるシステムも企業との共同研究などを通じて開発している。



図4 原子レベルふるい膜を用いた分離・精製プロセスの高効率化

3つの「R」をシステム化


図5 低炭素社会の構築に向けて

われわれが環境共生化学と位置付ける研究課題の一端を紹介したが、これらの研究開発は、ものづくりの入り口(原材料)から出口(廃棄物、排熱の有効利用など)までの過程を物質利用、エネルギー利用の両面から守備範囲にしている。これら要素技術の組み合わせにより、循環型社会に必要な、3R(Reduce, Reuse, Recycle =節約、再使用、再利用)をシステム化したいと考えている(図5)。巨大な化学コンビナートにおいて、個々のプロセスの生産効率を上げ、同時に再生可能原料の割合を増やす。その過程ではできるだけ廃棄物・副産物や排熱を出さないようにし、どうしても出るものについては別のプロセスの原料やユーティリティーとして再使用する。最終的に残る廃棄物や排熱は、トータルの効率やコストを勘案しつつ分離技術やヒートポンプ技術でクオリティーを上げ再利用する。このような日本発の化学技術体系により、産業競争力の強化と世界的な環境問題解決へ貢献したいと考えている。

●参考文献

独立行政法人産業技術総合研究所.きちんとわかる環境共生化学.白日社,2010.