2010年6月号
特集1  - グリーン・イノベーション
未来のエネルギーシステム
顔写真

柏木 孝夫 Profile
(かしわぎ・たかお)

東京工業大学 ソリューション 研究機構・大学院理工学研究科教授
先進エネルギー国際研究センター長


顔写真

高木 靱生 Profile
(たかぎ・ゆきお)

東京工業大学 ソリューション研究機構 特任教授




環境の著しく異なる世界のさまざまな人々が等しくエネルギーの恩恵にあずかれるようにすることと、地球温暖化問題に向き合うこと−−未来のエネルギーシステムの在り方を決める2つの条件である。低炭素社会を目指すわが国は、エネルギーに関して新しい社会のモデルが求められている。こうした課題の実現を目指すため、東京工業大学は2009年9月、「先進エネルギー国際研究センター(略称AESセンター)」を設立し、産業界、官の世界とも連携して研究を進めている。

私たちは今どういう世界に生きているのだろうか。世界の人口は約68 億人で、そのうち25 億4,000 万人が急速な経済発展を遂げつつある中国とインドにいる。世界のエネルギー需給は、今後この人たちの暮らし方に大きく左右されることになるが、経済発展に伴って急速に膨らむことは明らかだ。一方で、使いたいときに好きなだけ電気など質の高いエネルギーを利用できる先進国がある。日本もその一員だ。ところが、世界のおよそ16 億人は今も電気のない生活を送っている。「未来のエネルギーシステム」を考えるとき、その在り方を決める条件の1 つは、こうしたさまざまな環境に置かれた人々が等しくエネルギーの恩恵にあずかれる「衡平性」をどう担保していくかである。

もう1 つの条件は、言うまでもなく地球温暖化問題にどう向き合っていくかである。2009年12 月にデンマークのコペンハーゲンで開かれた第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)では拘束力のある京都議定書に代わる新たな合意はできなかったが、その1 年前の7 月に開かれた洞爺湖サミットの首脳宣言に盛り込まれた「2050 年までに温室効果ガスの排出を世界全体で50%削減する」という目標は、国際的にほぼ共有されていると言ってよい。温暖化の原因等について科学的な議論は残るとしても、温暖化を回避するための「低炭素社会の実現」が、未来のエネルギーシステムを決めるもう1 つの条件であることに大きな異論はないだろう。低炭素化は、温暖化だけでなく化石燃料枯渇に対する懸念からも要請されている。

この2 つの条件は複雑に絡み合っている。COP15でポスト京都議定書の合意ができなかった大きな理由が、途上国と先進国の間で温暖化に対するこれまでの責任とこれからの負担をだれが背負うのかについての対立軸だったことを見れば明らかだ。このことは、言い換えれば、過去・現在・未来を通じた各国間の「衡平性」をどう担保するかをめぐる意見の対立とも言える。

日本の取るべき道

こうした条件を前提にして、これから私たちはどのようなエネルギーシステムを構築していくべきなのだろうか。

未来のエネルギーシステムを考える上でまず確認しなければいけないのは、「二者択一」「あれかこれか」の議論は成り立たないということである。「自然エネルギーか、原子力か」「集中電源か、分散電源か」という単純な選択はあり得ない。化石エネルギーから非化石エネルギーへの流れが進む中で、ドイツのように脱原発の路線をとる国もあるが、すぐに実現できるわけではない。原子力発電所はいったんつくれば30 年間は使うことになる。エネルギー消費が今よりずっと少なく温暖化の問題もなかった昔の不便な生活に戻るという選択があり得ないとすれば、全体最適化、社会コストミニマムという観点から、2050 年までは原子力や化石燃料の高度利用を基盤にしたメガインフラの上に、地産地消の再生可能エネルギーを中心としたエネルギーシステムが乗る形にするのが、日本の取るべき道であろう。

そのとき、家庭や商店街、オフィスなど身近な暮らしにかかわるエネルギーシステムでは、再生可能エネルギーを最大限取り入れることが課題になる。製造業など産業にかかわるエネルギーシステムでは、原子力や化石燃料の高度利用などを中心としたメガインフラが主導的な役割を果たす。少なくとも2050 年までは、これが未来のエネルギーシステムを展望する際の「ビジョン」であると考えている。

ソリューション研究

世界に先駆けて日本がいち早く「低炭素社会」への道筋をつくり、そのノウハウと技術の蓄積を世界に展開していく。それが途上国をはじめ世界の理解を得られる「衡平性」実現の道であり、世界全体の利益「地球益」を最大化することにもつながる。そして、日本の成長戦略にもなるはずだ。求められているのは、これまでの社会の単なる延長ではなく、低炭素社会という新しい社会のモデルを打ち立てるパラダイムシフトである。

もとより、こうしたビジョンを実現していくための現実的な「ソリューション」を打ち出すことは容易ではない。特に、エネルギーシステムはその構築に時間がかかり、いったん出来上がれば急な方向転換が難しい社会インフラである。従って、未来のエネルギーシステムのグランドデザインを描くことは喫緊の課題である。このため東京工業大学は昨年9 月、私たちが中心になって学内に「先進エネルギー国際研究センター(略称AES センター/ AES = Advanced Energy Systems for Sustainability)」を設立し、産業界や政官はもとより海外とも本格的に連携した開かれた研究体制で社会的な課題の実現を目指す「ソリューション研究」として、このテーマに取り組んでいる。

このビジョンを実現する有力なソリューションが、電力と情報通信技術(ICT)の一体化によってリアルタイムにエネルギーの需給調整をする電力ネットワークのスマート化である。さらにそこから発想を広げれば、「エネルギーのインターネット」とも呼べるエネルギー・ICT ネットワークの姿も見えてくると私たちは考えている。

想定していない逆潮流

現在の電力ネットワークは、水が上流から下流へ流れるように、発電所でつくられた電力が家庭やオフィス、工場などの需要者側に向けて一方向に流れるのが基本である。従って、太陽光発電や風力など需要者側でつくられた不安定な電力を、逆方向に電力ネットワークに流し込む逆潮流は本来想定していない。このため、逆潮流が発電設備容量の7%程度以上になると、高品質の電力を安定的に供給するのは困難になる。日本の電力会社10 社の総発電設備容量は2008 年度で約2 億3,890万kwだから、太陽光発電などの再生可能エネルギーによる電力が1,700 万kwを超えると現在の電力ネットワークでは対応が難しいということになる。鳩山首相が打ち出した「2020 年までに温室効果ガスを1990 年比で25%削減」という目標を達成するために必要な真水削減分(海外からの排出権買い入れなどを除く)を15%とした場合、その実現の方策として全戸建て世帯数(2,700万戸)の約3 軒に1 軒、1,000 万世帯に3.5kw の太陽光発電を普及させることが1 つの案として検討されている。しかし、これは現状の電力ネットワークの能力を大きく上回り、安定的で高品質な電力供給ができなくなるリスクを背負うことになる。

ただ、需要者側でつくられる太陽光発電などによる電力をこれからのエネルギーシステムの中に最大限取り込むことは、低炭素社会の実現にとって不可欠である。電力と情報通信の一体化によって電力ネットワークのスマート化が実現すれば、需要者側で発生する発電量と電力消費をリアルタイムで把握し、需要者と供給者の間で、また需要者同士の間で電力を適切にやり取りしてその需給バランスをきめ細かく調整できるようになる。こうしたスマート化を進めるためのカギとなるのが、需要者ごとに太陽光発電などの発電量に応じて電力消費や系統からの電力供給を効率的に制御するスマートメーターであり、必要に応じて余剰電力を貯蔵する蓄電池である。

スマートメーターが設置されれば、需要者側の発電状況や電力消費量がきめ細かくモニタリングでき、効率的な家電機器の使用や電気自動車の充放電なども可能になる。家庭単位はもとより、地域単位の電力の相互融通などにも道が開かれ、エネルギー利用の大幅な高効率化が実現する。スマートハウス、スマートコミュニティーである。

情報通信技術、交通システムとの融合

スマート化に欠かせないもう1 つのカギとなる蓄電池だが、家庭用電源から充電できるプラグインハイブリッド車や電気自動車が大きな役割を果たすことになろう。いずれも実用段階に入ったところで、搭載されているリチウムイオン電池の蓄電容量は今のところ数〜10 数kwhである。リチウムイオン電池は1kwh 当たり20 万円と高価なことが普及の壁となっているが、プラグインハイブリッド車などの普及とともに今後は低コスト化が急速に進むと考えられる。仮に20kwh の電池を積んだ電気自動車が普及するようになれば、広さ150m2の住宅が、それぞれ2 日分の電力を蓄える能力を持つことになる。

一般家庭の多くのマイカーは、太陽光発電が最も盛んな昼間に駐車場にとまっていることが多い。この余剰電力を夜間、それぞれの住宅用に使うことができる。さらに、これらの車の蓄電池がスマート化された電力ネットワークにつながれば、地域間で電力を融通することもできる。不安定な太陽光発電による逆潮流の問題も小さくでき、再生可能エネルギーを最大限導入することに大きく寄与することになる。また、車に搭載されたGPS(衛星利用測位システム)の位置情報が携帯電話を通じてスマートネットワークに送られれば、スーパーマーケットや工場などの大型駐車場も巨大な電力貯蔵施設として効果的に使えるようになるだろう。至る所を走り回る車に光センサーを付けておけば、地域単位の天候変化をリアルタイムでとらえることができ、刻々変化する太陽光発電の発電量を地域単位で予測することもできる。

エネルギーと情報通信技術(ICT)、交通システムが融合したエネルギーネットワークをいち早く実現することが低炭素社会への近道である。こうした融合が進み、将来的に電力の自由化が進めば、例えば住宅メーカーや情報通信企業などが各家庭にスマートメーターを取り付け、家主と契約して太陽光発電の電力の売買を行うといった新しい産業も生まれる。インターネットの普及に際して多くのプロバイダーが活躍したように、エネルギーサービス・プロバイダーが活躍する。そうした時代が来れば、「未来のエネルギーシステム」の姿はさらに豊かなものとなるはずだ。