2010年6月号
特集2  - ライフ・イノベーション
体内埋め込み型医療機器のMR適合性試験の実施・事業化の試みと将来展望
顔写真

黒田 輝 Profile
(くろだ・かがやき)

東海大学 情報理工学部 情報科学科 専任教授
財団法人先端医療振興財団 クラスター推進センター 専門役

クリップ、ステント、留置カテーテル、血栓フィルターなど体内埋め込み型の医療機器 が増えている。心臓ペースメーカーなど電源と接続されたものもある。こうした機器を 体内に有する人が磁気共鳴画像化(MRI)検査を受けると、機器と磁気の間の相互作用 が懸念される。筆者はその適合性試験の実施と事業化に取り組んできた。

磁気共鳴画像化(MRI:Magnetic Resonance Imaging)と体への負担の少 ない低侵襲治療の普及に伴い、最近は体内に埋め込まれた医療機器を有す る患者がMRI 検査を受ける機会が増えている。このようなMRI 検査におけ る医療安全を確保するために、われわれは体内埋め込み型医療機器のMR 適合性試験の実施と事業化に取り組んできた。

異なるMRIとの相互作用

MRI は0.2 〜3.0 テスラ(テスラは磁力線の密度を表す単位で1 テスラ= 10,000 ガウス)程度の強い静磁界とメガヘルツオーダーの高周波磁界を 使って体内の原子核(主に水素原子核)のエネルギー状態を励起するととも に、核の位置を勾配磁界によってエンコードすることにより人体の断層を 撮像するための装置・技術である(図1)。



図1 MRI装置と使用される磁界

体内に人工的な埋め込み物があるとMRI の磁界との間の 相互作用が懸念され、試験・評価の重要性が古くから指摘 されてきた。わが国では平成20 年になって厚生労働省か ら脳動静脈奇形手術用クリップのMR 適合性に関する基準 が提示され、その後体内埋め込み型医療機器についての試 験・評価の必要性が著しく高まってきた。体内埋め込み型 機器にはクリップのほかステント、留置カテーテル、塞栓 (そくせん)コイル、血栓フィルター、人工骨のような受動 的な(電源と接続されていない)ものから、深部脳刺激装置、 心臓ペースメーカー、内腔型MRI コイルのような能動的な (電源と接続された)ものまで実にさまざまなものがあり、 MRI との相互作用が著しく異なる。

しかし現在のところ国内には対応規格も試験機関もなく、米国FDA(Food and Drug Administration)のガイドラインであるASTM(American Society for Testing and Materials)規格を部分的に参照しているのが現状である。 受動的な体内埋め込み型機器のMR 適合性試験に関してASTM にはF2052-06(磁気変位力)、F2213-06(磁気トルク)、F2182-09(発熱)、F2119-07(アーチファクト)という4 つの規格がある。これらの規格はある程度詳細 に試験方法を定めているが、試験実施のための装置や具体的な手順は、試 験者が規格から読み取って準備・実施する必要がある。試験装置は特殊で 入手・製作が容易ではない上、細かなノウハウは試行錯誤的に獲得するものが少なくない。このため時間的制約を含めて一般的な病院施設では実施 が困難な場合も多い。また近い将来、能動的機器のように現在の規格の範 疇(はんちゅう)を超える対象物についても適合性を問われる可能性がある。

物理的背景を検討

図2  MRI適合性評価のための
試験装置概観
(a)磁気、変位力測定装置
(b)磁気トルク測定装置
(c)発熱測定装置
(d)アーチファクト測定装置

このような背景をかんがみ、われわれは平成18 年ごろより規格に記載さ れた試験方法の物理的背景を詳細に検討し、試験装置を試作するとともに、 MR 適合性試験を実施できるよう技術・方法を確立してきた。図2 はこれま での成果物としての試験装置群である。さらに平成21 年には装置・技術・ 方法を民間企業であるBio View(バイオビュー)株式会社(本社東京)に移転 し、MR 適合性試験を事業化するとともに、医療機器メーカーからの受注 を得るに至った。

4 つの規格のうちF2052-06(磁気変位力)では、対象物の磁化率と静 磁界磁束密度の勾配の相互作用により対象物が引きつけられる力を扱う。 F2213-06(磁気トルク)では、対象物の磁化と静磁界の相互作用によって 生じる回転力を測定する。F2182-09(発熱)では、対象物の導電率と高周 波電磁界の相互作用による電流誘導に伴うジュール熱を測定する。また、 F2119-07(アーチファクト)では、対象物の磁化率・導電率と静磁界・勾 配磁界・高周波磁界の相互作用による磁界の乱れの結果生じる画像の乱れ を測定する。これらの試験はまさに電磁気学の問題そのものである。この ような試験事業におけるわれわれの強みは、電磁気学およびその一応用分 野であるMRI を専門とする大学教員と、MRIによる動物試験を業とするベ ンチャー企業が結び付いて、基礎原理の検討から独自のMRI 環境を使った 試験の実施までを一貫して行うことができる点である。

このような試験の重要性を理解し、研究開発ならびに事業化の支援を行っ ている先端医療振興財団の先見性も重要である。また平成21年度に科学技 術振興機構にご支援いただいたシーズ発掘試験では、特に試験装置・技術 が複雑な「磁気トルク試験」ならびに「発熱試験」に的を絞り、これまでの研 究室レベルの試作装置に改造を加え、さまざまな被検体に対するMRI適合 性評価試験が実施できるよう試験技術・装置を整備することができた。

世界の標準器の可能性

現在、わが国におけるMRI 適合性評価試験の本格的実施機関はわれわ れのグループだけであるが、今後アジア諸国をはじめとして同様の試験 機関が現れてくる可能性がある。またこの分野で先行する米国でもASTM の4 規格の歴史は浅く、FDA のガイドラインとして認められたのは一昨 年のことである。さらにこれらの規格の守備範囲は限定的であり、IEC (International Electrotechnical Commission)による規格化と並行して ASTM 規格自体の改良も進められている。

このような中、今後の展開としてわれわれの目指すところは、IEC 規格 の策定ならびにASTM 規格の改良に積極的に参画するとともに、試験装置・ 技術の標準化にも尽力することである。特に日本独自の高精度な加工技術 を駆使した試験装置は世界の標準器となる可能性を秘めている。また現行 規格でカバーしきれない能動機器に対する試験装置・技術の確立も重要で ある。われわれの強みを生かして、今後この分野で世界をリードするよう 努力を重ねていきたい。