2010年8月号
単発記事
奥義は秘伝のはしご酒にあり
名コーディネーター佐藤利雄さんの背中に学んだ
顔写真

岡田 基幸 Profile
(おかだ・もとゆき)

財団法人 上田繊維科学振興会
理事 兼 AREC 事務局長


名コーディネーターとして知られる佐藤利雄氏。花巻市起業家支援センターから岩手大学に活動の舞台を移した。よく知る岡田基幸AREC事務局長が、佐藤氏のノウハウを語る。

岩手県花巻市の同市起業化支援センターで地域産業振興、起業家支援のコーディネーターとして長らく活動してきた佐藤利雄さんは、日本のコーディネーター界の草分け的存在であり、カリスマである。内閣府「地域産業おこしに燃える人の会」に選定されたご経験やJANBO・Awards2005 ビジネス・インキュベーション大賞等数々の受賞歴をお持ちだ。何より、コーディネーターの師として多くの人材を育成された実績がある。そんな佐藤さんが今春、ご活躍の舞台を花巻市起業化支援センターから岩手大学に移された。「これを機会に佐藤さんの功績をたどり、ノウハウを整理することで地域の産業振興のヒントが得られるのではないか」という登坂編集長の依頼があり、佐藤さんの人となりを思い返してみた次第である。

日本の産業はこれまで精密機器や金属加工といった業種に支えられてきた。しかし、国内市場の縮小や新興国の台頭により競争が激化している現状においては、こうした領域に加え、農商工連携や地域資源活用により地域の新しい付加価値の創出が望まれている。それに比例して、コーディネーターに期待されるものも高度かつ広範なものとなった。今、あらためてコーディネーターの職務を見つめ直してみると、その基礎を築かれた佐藤さんの功績が大きなものであると気付く。しかし、その業績の数々は諸所で取り上げられている。そこで、個人的な付き合いの中から垣間見えた“裏の顔” から、私が学んだことをお伝えしていきたいと思う。

佐藤流フィールドワークの奥義

花巻には「佐藤飲み」と呼ばれる、佐藤さん秘伝のはしご酒スタイルが存在する。マイコップ片手に、なじみのお店を1 軒、また1 軒と渡り歩いてお代は1 店目のお勘定分のみ。これができるのは、フリードリンク制があり、なおかつ系列店の間でだけなのだが、私のようによその土地から花巻を訪れた者は、佐藤さんを中心にお店のスタッフ総動員で歓待してくれるかのようなこのパフォーマンスに、心から酔いしれるのである。

佐藤さんとの出会いは、私が2004 年に花巻市起業化支援センターでの日本新事業支援機関協議会(JANBO)によるインキュベーション・マネジャー(IM)養成研修に参加したことに始まる。昼の部の座学や現場での研修はもとより、研修期間中に設けられた夜の部の佐藤流フィールドワークに魅せられた。多くの言葉よりも、人と触れ合う佐藤さんの背中からコーディネーターの極意を学んだように思う。この経験は私がコーディネーター生活を送る上でとても参考にさせていただいている。

そこでは、佐藤さんを慕って老若男女問わず人々が集まり、情報が行き交う様子を目の当たりにすることができた。まるで、佐藤さんの周りから地域活性が起きているかのようなダイナミズム。地方でコーディネーターをするには、町の人との深いかかわり合いが欠かせないことを身を持って経験した。コーディネーターが地域の人と向き合い、オンオフ問わず1 人ひとりの情報をくみ取れる形をつくること。それを自然にできる土壌が必要なのだ。

ではなぜそれが可能なのか。昼間のオンタイムだけでは不足しがちなコミュニケーションをオフタイムで補い、というよりもむしろ、充電してしまうくらいの関係を築いてしまうのがそのゆえんだろう。技術系出身には珍しく、営業職を経験しているがためか会話力や適応力が洗練されており、佐藤さんと飲んでいると楽しい、佐藤さんにまた会いたい、この人のためなら一肌脱ごう! という気持ちにさせるまでに、人を惹きつける魅力にあふれているのだ。

思い返すとこんなこともあった。私は昨年、僭越(せんえつ)ながら第1回イノベーションコーディネータ表彰(JST 主催)において大賞の文部科学大臣賞を頂いた。札幌市で行われたその表彰式の会場へ立派な祝いの花束が届けられたのである。送り主は前日に立ち寄った飲み屋の女主人。同表彰でイノベーションコーディネータ賞・科学技術振興機構理事長賞に輝いた佐藤さんと繰り出したその店で、文字通り私に花を持たせてくれるよう佐藤さんが取り計らってくれたのである。2 人にとって特段、縁もゆかりもない北海道、お店にとっては一見の客となるかもしれない。にもかかわらず、ここまでのもてなしを受けられたのは、佐藤さんの人柄のなせる技ではないだろうか。

そしてこのことは、佐藤さんが掲げる「いつも明るく元気で笑顔の支援」「否定語は使わない」「できることから取り組む」という支援3 カ条の精神にも通じるものを感じるのである。コーディネーターは時に、困難な支援事例に直面する。どう私たちが頑張っても、支援される側の情熱に欠ける場合もその1 つ。こうなると「やる気がなければ結果はついてこない」と、さじを投げたくなることもあるのだが、佐藤さんは「企業が動かないのなら、動かすこともコーディネーターの仕事」と一歩踏み込んだ支援を提供する。人を引っ張り、人をやる気にさせようとする姿勢だ。

後継人材につながる教え

花巻市起業化支援センターでは、平成12 年度から21 年度までの間に私を含め、全国各地から172 名ものIM の研修を受け入れている。こうした人材が太いパイプの役割を果たし、そのネットワークは全国区となっている。この資源を活用し、これまで多くの地元企業が活躍するフィールドを広げてきた。長野県内の企業では、数年前から佐藤さんが核となり、花巻の地元企業とオリオン機械株式会社(須坂市)との連携を図られている実績もある、また多くのネットワークを持つ佐藤さんがハブ的役割を果たし、今までつながらなかった地域同士が結び付いた事例もある。

特に、行政の事業として産業振興・起業化支援を行う場合、企業間の平等を保つことは暗黙の原則である。ところが、今でこそ当たり前となったコーディネーターによる「販売・営業支援」は、その平等性から外れるとして当初は問題視されたこともあるという。昨今私たちが受ける相談の多くは「物や技術はあるけれど、売り方が分からない」というもの。このような課題に対応できるのも、花巻市起業化支援センターにおいて平成10 年度から佐藤さんが「販売・営業支援」に取り組み、功績を残してくれたことが大きい。

また、佐藤さんは私にコーディネーターとしての心構えも説いてくれた。私たちの仕事は、これまでの習慣やルールといったものが足かせになることもある。そんな時、ステークホルダーと対峙(たいじ)するのではなく、うまく巻き込む工夫が必要だと教えられた。佐藤さんが身を持って経験されてきたことを余すことなく伝えてくれたからこそ、私もひるむことなくコーディネーター業に専念できたように思う。先駆者として後任が育つことに喜びを感じていることがうかがえる。

ところで、後継者の育成は中小企業のみならず多くの組織にとって切実な問題である。インキュベーターも例外ではないが、その点においても佐藤さんは将来を見据えた人材の発掘・育成にいち早く着手してきた。一朝一夕では成果の出ない支援事業。5 年、10 年単位でのスキームが欠かせないが、長期的視点に立った体制づくりに注力してチーム力を強化したおかげで、佐藤さんが退任されても、業務を推進できるコーディネーターがすでにご活躍されている。

シフトするコーディネーターの役割

経済産業省・産業構造審議会産業競争力部会がこのほど取りまとめた産業構造ビジョン2010 では、さまざまな地域の産業発展パターンが想定されている。地方はこれまで以上に地域資源やその潜在力を武器とした産業の創出が求められるだろう。そうした中、インキュベーターの支援機能の充実とコーディネーターの地域密着の度合いはますます重要となる。

日本のインキュベーターはこれまで、インフラを提供するハード的支援機関という要素が強かった。しかし今後は、米国のインキュベーターにみられるように人材や域内外のネットワーク提供を含めたソフト面の支援に比重が置かれるべきだろう。またコーディネーターの役割は、地域の外に出てネットワークを拡大するという構図から、地域に密着し、その地に特化した人や情報ネットワークを掘り下げていくという構図へとシフトさせる必要がある。コーディネーターが地域に精通した匠(たくみ)となれば、地域の方々の信頼と他地域からの評価が確立されるだろう。そのことで地域の優位性を浮き彫りにできるように思う。地域の資源を活用した産学官連携の成果は唯一無二の価値として市場に求められる。そうすればおのずと外から人や物、情報が集まり産業振興の好循環が生まれると確信している。