2010年9月号
特集  - ベンチャー経営
ナノ領域のダイヤモンド粒子を事業化
C60 フラーレンの存在を予言したことで知られる大澤映二氏が、豊橋技術科学大学教授を定年退職後、ナノ炭素研究所を設立した。ナノ炭素研究所はナノ領域のダイヤモンド粒子の研究開発に取り組んでおり、その事業化を目指している。同社が目指しているのは、1 けたサイズのナノ粒子。単なるダイヤモンドのかけらではなく、新規な幾何学的および電子構造を持つ、前例のない超微粒子である。製品名は「ナノアマンド®」。2004 年から研究者向けにサンプルの販売を行っている。多様な用途への応用が試みられている。

爆轟法ナノダイヤモンド一次粒子の分散体
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大澤 映二 Profile
(おおさわ・えいじ)

株式会社ナノ炭素研究所 取締役社長




米国ワシントンのスミソニアン自然史博物館には、世界最大のダイヤモンドコレクションがあるが、中でも絶大な人気を集めているのが「HopeDiamond」で、展示室はいつも大混雑である。重さは45.52 カラットで、ずば抜けて大きい方ではないが、珍しい青ダイヤの中でも、特に澄んだ高貴な色合いと、数奇な歴史が人気の原因らしい。Hope Diamond の所有者はいずれも非業の死を遂げたという。われわれに身近なダイヤモンドと言えば、人工ダイヤであるが、最初に登場した高温静水圧ミクロダイヤは、Hope Diamond に勝るとも劣らない悲劇の歴史を背負っている。1955 年に人類長年の夢、ダイヤモンドの合成を成し遂げたGE 社の研究チームは、その時すでに精神的な支柱であったハーバード大学物理学教授PercyBridgman を不慮の死によって失っていたが、さらにノーベル賞を逃がし、50 年かけて製造技術を完成したものの、研磨剤と工具表面修飾以外に用途がなく、挙げ句の果ては中国との価格競争に敗れて、とうとうGE 社は人工ダイヤから撤退してしまった。  

本文の主題、爆轟(ばくごう)法ナノダイヤモンドも、ミクロダイヤと同じころに発見されながら、さらに不運な歴史をたどった**1。ところが、長年の懸案であった異常に強い凝膠(ぎょうこう)体を壊すことに成功した2002 年あたりから、運が向き始めた。ただし、一次粒子への分散に成功した後でも、科学の舞台に初めて登場した本格的なナノ炭素粒子であったために、数年間はかなりてこずった。第2 のブレークスルーは2007 年に、若い理論化学者Amanda Barnard 博士(オーストラリア)によって成し遂げられた。彼女は実際の5 分の1程度の大きさのモデルを用いて、系統的な密度汎関数法計算を実施して綿密に解析し、その結果不可解であったナノダイヤ一次粒子の挙動を、かなりよく理解できるようになった**2 **3。このときにナノ結晶に対して、新しい結晶面依存型多極子構造と粒子間相互作用(干渉性面間クーロン力)とを発見した。  

以後順調に展開が進み、現在では開発用試薬としての販売だけで、小さな会社としての経営が成り立つまでになったが、これに飽き足らず用途開拓に全力を注ぎ、既に数多くの有望なlead を見いだしている。興味深いことに、われわれのナノダイヤのような1 けたナノ粒子は、多くの用途において極めて少量で驚くほど大きな効果を示すことを見いだし、これを「個数効果」と名付けた。従来、化学では重量単位、すなわちモル数が基準となってきたが、ナノ粒子のように1 個ずつが独立して、独自で多様な機能を示すものを対象とする場合には個数単位を使うようになると予想される。われわれのナノダイヤは、単なるバルクダイヤモンドのかけらではなく、新規な幾何学的および電子構造を持つ、前例のない超微粒子である。個数効果が、低コスト高付加価値を生み出すと期待されるナノテクノロジーの秘密であろう。人工ダイヤモンドを手なずけることができそうである。  

●参考文献

**1 :Osawa, E., Pure & Appl.Chem. 2008, 80, 1365-1379.

**2 :Osawa, E., in H o, D. (Ed.)‘Nanodiamonds: Applicationsin Biology and Nanoscale Medicine,’Chapter 1, pp. 1-33,Springer Science+BusinessMedia, Inc., Norwell, MA., 2010.

**3 :Osawa, E., in Wudl, F.;Nagase, S.; Akasaka, K. (Eds.),‘Chemistry of Nanocarbons,’Chapt. 17, pp. 413-432, JohnWiley & Sons, Oxford, 2010.

潤滑剤など多用な用途への応用を探る
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高橋 慎 Profile
(たかはし・まこと)

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノ電子デバイス研究センター
連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクス
センター/元 株式会社ナノ炭素研究所
主任研究員


図1

図1 ナノアマンドの構造。A: 視差矯正TEM 写真、
    B: 切頂正8面体モデル、C: 同上、格子欠陥ゼロの
    仮想的%ダイヤモンド。この図は1639 原子の単結晶
    で、実際のナノアマンドの約5分の1。

ナノアマンド®(図1)は株式会社ナノ炭素研究所の主力製品であるとともに、自己分散型1 けたナノ炭素微粒子という、世界でもほかに類を見ない画期的なナノダイヤモンド材料である。

フラーレン、カーボンナノチューブ、ナノグラフェンと言ったナノsp2炭素材料はナノテクロジーの花形であり、ナノ領域に特有の物理特性を有し、次世代工業材料としての応用に期待が寄せられている。これらとは対照的なsp3 炭素であるナノアマンド® も独自のナノ特性を持つが、その中でも、水やある種の有機溶媒に対して、分散剤を用いることなく安定的に溶解するという特徴は特筆に値する。一般的なナノ粒子は、その独特の特性がナノ分散状態でないと発現しない場合が多いことが知られている。そして大抵の場合、ナノ物質の良分散体を得るには特殊な分散剤が必要である。カーボンナノチューブに対する分散剤はTriton-X などが有名な例だが、ナノアマンド® はその特異な表面電荷構造により、溶媒との界面にナノ溶媒層を形成して、安定して自己分散する。基本的に添加物なしでナノ特性を発揮することが可能である。

図2

図2 試験販売中のナノアマンド。左、2%水性コロイド
    100ml、1 けたナノ粒子が超高密度を保って分散して
    いるために、高度の多重レーリー散乱が起き、入射
    光が消滅したために黒体効果を示して、漆黒に見える。
    右、硬質ゲル、水を20%含むがサラサラした重い粉末。
    水性コロイドを濃縮してつくる。


表1 ナノアマンドに関する基本的数
    単位体積中の個数を覚えておくと便利

表1

2004 年より研究者向けサンプルとして販売を開始したナノアマンド® は、まだ大口の需要こそないものの、研究用としてさまざまな分野への応用が模索されている(図2、表1)。最近ナノダイヤモンド表面構造の研究が進んで、ナノアマンド® の特性の一部が理論付けられたことも応用研究への呼び水となっている。

ナノアマンド® ゲルは、その高い生体親和性と、環境のpH 変化に従ってある種の抗がん剤を吸脱着するという特殊な性質により、ドラッグデリバリーシステムへの応用展開が注目されている。ただし、現行のナノアマンド® は分散処理の過程で粉砕剤ビーズとの機械的な接触による不純物が微量混入しているため、現在、研究の進められている生化学分野への応用には若干の不安が残されている。この点を改良すべく、分散処理方法の見直しをはかり、ダイヤモンド対比で約0.2% の不純物を0 に近づけるべく鋭意検討中とのことである。そう遠くない将来にオールダイヤモンド(+溶媒)のナノアマンド® 高級グレードが登場するものと思われる。

ナノアマンド® の応用研究の中で、最も実用化が早いのではないかと思われるのが、潤滑剤としての応用である。油を使わないクリーン潤滑として岩手大学の森 誠之教授と共同で研究が進められている。潤滑性能としては従来技術に比べてけた違いの性能向上が確認されており、潤滑係数0.01 以下という『夢の』潤滑にまで到達している。ナノアマンド®の高い生体親和性を考慮に入れると、既出の不純物の問題がクリアされれば、生体内潤滑という新しい分野への道も開かれるであろう。

ところで、1 けたサイズのナノ粒子が溶媒中に均一分散している、といっても中々ピンとこない方も多いのではないだろうか? 一時期、ナノアマンド® の応用開発が進まなかった理由が、この新しい概念をきちんと把握できていなかったことにある。1 けたサイズのナノ粒子分散というナノアマンド® の特性を良く理解せずに、大量にほかの部材中に添加していたため、ナノサイズ効果が顕現しなかったのである。ナノアマンド® は数100ppm ないしは数10ppm の添加で効果を発揮する。添加量が少なくとも、ナノサイズ効果のおかげで作用する粒子数が非常に多いのである。ナノアマンド® の使い方をユーザーによく理解してもらうよう分かりやすく説明していくのが今後の課題と思われる。

ナノアマンド® のユニークさは、その物理特性もさることながら、開発母体のナノ炭素研究所のポリシーがつまった製品であるというのも一因であろう。ナノアマンド® は設立から9年を数える株式会社ナノ炭素研究所の最初の製品である。社長である大澤先生が『フラーレンの大澤映二』という名に安寧せず、常に研究開発の最前線にいたからこそ生まれた製品である。パイオニアとはかくあるべし、という気概のつまった製品であるとともに、常に進化しつづける不思議な材料でもある。サンプル販売を開始してから5年余りで、当初、予想だにしなかった分野への応用が広がっている。次の5年でどうなるかが非常に楽しみなナノ材料である。