2010年9月号
特集  - ベンチャー経営
九州大学発「味覚センサー」を海外でも展開
味の「見える化」で食品・医薬品業界の需要を開拓
顔写真

池崎 秀和 Profile
(いけざき・ひでかず)

株式会社インテリジェント
センサーテクノロジー 代表取締役社長


世界で初めて「味」を数値化する味覚センサー事業を展開する九州大学発ベンチャーが、海外進出を本格化させている。

当社(株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー)は、酸っぱい、苦い、甘いといった基本の「味」を数値化する味覚センサー事業を展開する大学発ベンチャー企業である。基になっているのは九州大学大学院の都甲潔教授が産学連携で開発した技術である。国内市場の開拓に続き、昨年から海外での事業に力を入れている。

定説を覆した都甲教授らの技術

初めに、事業化までの経過を説明する。

一般的に、食品メーカーなどにおける味覚検査はパネラーと呼ばれる専門の検査官の舌によって行われている。これには個人差があり、体調や気分によって左右されることも多く、客観性に欠けるという課題がある。一方、化学分析を用いて味を評価する試みもされているが、味物質の種類は膨大で、かつ味物質間で相互作用があり、味を評価するのは難しい。

そのような中で「味覚を機械で数値化するのは不可能だ」という定説を覆したのが、九州大学の都甲潔教授らである。今から22 年前である。人の味認識のメカニズムを模倣してセンサー化するものである。人間の舌には味細胞があり、都甲教授らは、味細胞の細胞膜の代わりにポリ塩化ビニルに脂質を溶け込ませた人工の脂質膜をつくった。脂質膜に味物質が吸着した際に発生する電気信号をコンピューターに送り、解析するという仕組を考え出した。

平成元年から九州大学とアンリツ株式会社で共同研究が開始された。味は酸味、苦味、甘味、塩味、うま味という5 つの基本味からなる。しかし、脂質膜は複数の味に反応してしまうので、特性の違う複数の脂質膜の出力をパターン認識して味を評価するというのが当時の考え方だった。その際には、官能結果を学習させる必要があったが、各社で、官能検査の結果が違い、この考え方では世界の共通の尺度とは成り得ない。

図1

図1 味認識装置 TS5000Z

そこで、考え方を変えて、ひとつの基本味だけに反応するように脂質膜の調整が続けられた。試作機を公共の研究機関、食品メーカーや医薬品メーカーに持ち込み、試作機によるデータ収集を続けた。そして試作機のデータと人間による味覚検査のデータを解析しながら、10 数年をかけ、ようやく5 つの基本味を定量化できるセンサーが誕生(図1)。世界で初めて味の数値化(定量化)ができた。

データベースで新たな商品開発も

平成13 年、食品、医薬品関係企業の潜在的なニーズに対応すべく、プロジェクトに携わっていたアンリツ株式会社の研究者(筆者ら)が事業を買い取って独立し、株式会社インテリジェントセンサーテクノロジーを設立した。最近になり、味の数値化のニーズは加速的に増えてきた。味が「見える」ようになり、マーケティングや開発、PR をする上で強力な武器となってきた。平成15 年に、関連の株式会社味香り戦略研究所を設立し、この味センサーを用いた味のデータベースを構築している。

味香り戦略研究所の狙いの1 つは、消費者にその商品の味の特徴を分かりやすく表示して、自分の好みに合った商品を選べるようにすることである。もう1 つの目的は,趣向データやPOS データと組み合わせてデータマイニングすることにより商品開発に戦略的に使うことである。

急成長アジアの味の好みを知る

当社では、海外展開は数年前より準備を行い昨年から積極的に展開を始めた。昨年は6 台を海外に販売した(韓国1 台、欧州4 台、インド1 台)。

図2

図2 味の日本地図、味の世界地図

味覚センサーが海外から求められているキーポイントは次の2 つである。1 つは、アジア、特に中国が新しい市場として急激に伸びてきており、世界中の食品メーカーが市場獲得に意欲的であることである。しかし欧米の企業にとっては、「うま味」文化であるアジアの味の好みを感覚で理解することは困難である。地域で食べられている食品の特性を分析して味マップの世界地図(図2)を味覚センサーでつくり、アジアの多種多様な食文化を目で見ながらマーケティングに使う動きが出てきている。

もう1 つは、医薬品業界で、飲みやすい医薬品の開発に使うためである。薬は、苦く飲みにくいと捨てられてしまい治療が進まないが(ノンコンプライアンスの問題)、官能試験ができないため、飲みにくさを試験できない。一方で、苦味は、人によって感度が100 倍くらい違っているため、客観的に飲みやすい製剤設計が困難なものである。こうした課題を解決するために、味覚センサーの需要が高まっている。

海外での販売とメンテナンスは、現地代理店によって行っている。ドイツ、英国、イタリアといった欧州各国に加え、アジアでは韓国に代理店を設けている。また、急成長を遂げているインドには、医薬分野の代理店を設け、製剤分野への拡大も企図している。

現在の顧客数は日本国内で200 社以上である。1 社につき1 台ずつ購入されているケースが多いが、2 台目以降の取引も増えてきている。顧客の工場の現場からは、単機能で安価な商品の要望が多いため、本格導入に向けて試験販売を行い、アプリケーションの絞り込みと充実を図ることを検討している。

図3

図3 味のものさしの開発協力体制

今後もさらに味覚センサーの性能向上に取り組み、海外市場にも積極的にアピールしていきたい。そして、味のものさし(図3)の世界標準化(ユニバーサルスケール)があることで、世界中で、お互いの感覚の違いや食文化の違いを分かち合い、また、お互いの良さを通じさせることができる。これからも、味の文化、味の安全・安心に貢献していく。