2010年9月号
単発記事
京都の「すぐき漬け」由来の乳酸菌から新しい漬物
顔写真

谷田 清一 Profile
(たにだ・せいいち)

財団法人 京都高度技術研究所
産学連携事業部 医工薬連携支援
グループ アドバイザー

京都の伝統的な漬物の1つ「すぐき」。数の少ない乳酸発酵漬物で独特の強い酸味が特徴だ。このすぐき由来の乳酸菌から、産学連携によって新しい漬物が誕生した。

一時期、抗がん免疫を高める薬の研究に取り組んだことがある。がん患者の体内にがんを狙い撃ちする免疫細胞を誘導し、それを補強する体内成分の産生を促す、こんな離れ業を演じてくれる物質を用いてがんを封じ込める作戦だ。候補になる物質の多くは、自然免疫を誘発する微生物構成成分やその類似物質だ。そのころは、まだTLR(toll-like receptor)の存在が知られておらず、ましてや、それが自然免疫の要となっていることなど、知る由もなかった。ただ、プロバイオティクス(消化管内の細菌叢を改善して宿主に有益な作用をもたらす微生物)との接点が多いため、筆者は、そのころから、乳酸菌などにも注目してきた。

写真1

写真1 ラブレ菌(写真提供:財団法人ルイ・パストゥ
    ール医学研究センター)

ラブレ菌と呼ばれる乳酸菌(Lactobacillus brevis の1株:写真1)が騒がれるようになったきっかけは、ラブレ菌飲料が、テレビコマーシャルの効果も手伝ってヒット商品になったことだ。一時は製造が追い付かずに品切れが続いたとも聞いた。ラブレ菌は、岸田綱太郎京都府立医科大学名誉教授が財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターの理事長時代に発見したものだ(1992 年)。それがどういう経緯をたどって表舞台に登場してきたのかが、ずっと気になっていた。

これを解く鍵を与えてくれたのは、筆者が所属する研究所のメンバーの1人だった。ラブレ菌飲料が世に出る前に、すでに漬物として商品化されていたというのだ。これを確かめるために、その漬物メーカー(京つけもの 西利)を訪ねてみた。100余年ののれんを誇る老舗からののれん分けによって1940 年に創業されたというから、比較的新しい“つけもんやさん” だ。

プロバイオティクスを活用した漬物の開発

社長の平井達雄さんは、開発の経緯を次のように語ってくれた。当時、岸田博士はインターフェロンを投与すると、ある種のがんに治療効果があることを観察していた。次の展開として、体にもともと備わっているインターフェロン産生能力を食物によって導き出し、がんを予防できないかと考える。そしてさまざまな食材を試すうちに、すぐき漬けから、NK 細胞*1を活性化し、インターフェロンの産生を高めるラブレ菌を発見する。博士は、特許の出願を終えると、ラブレ菌を使った漬物の開発を平井さんに提案したのだという。この時から産学連携による漬物開発研究がスタートする。そして生まれたのがラブレ菌漬物シリーズ。「これがラブレ菌を使った食品の先駆けとなりました」と平井さん。1994 年のことだ。スターターとしてラブレ菌を使うほかは、従来の製法と変わらないという。浅漬けに仕上げたのは、しっかり漬かったものの味が気に入らなかったからだそうだ。

このとき見せてもらったのが、健常人ボランティアを使った予備的な実験データ。15 人ずつ2 群に分けて、ラブレ菌漬物と従来法の漬物をそれぞれ2 週間、毎日80 グラムずつ食べ続けるというものだ。2 週間後に末梢血中のNK 活性*1 を調べると、ラブレ菌漬物摂取群では、対照群に比べてそれが有意に高くなっていた。「漬物が、旬をおいしくし、体にやさしいことを示してくださったのが、岸田博士でした。博士とのご縁でラブレ菌とも出会ったのです」と語る平井さんは、アカデミアの力を借りてさらにデータを積み重ね、漬物が本来持っている機能性を明らかにしたい、と意欲をのぞかせた。

気になっていたラブレ菌飲料との関係を尋ねると、岸田博士が、別途、飲料メーカーと連携してラブレ菌飲料の開発に乗り出し、それが大成功してラブレ菌が一躍有名になった、と平井さん。そのおかげでラブレ菌漬物の人気も増したそうだ。説明を聞きつつ、もつれた糸が解ける気分を味わった。

漬物づくりと産学連携

ラブレ菌談義が落ち着いたところで産学連携・産学公連携に話題を向けた。平井さんは、これまでに多くの大学関係者や行政関係者の支援を受けたと前置きして「特に意識してきたわけではありません。結果的にそうなったというべきでしょう」と語った。

写真2

写真2 野菜残渣(ざんさ)堆肥(たいひ)化施設

挙げてもらった事例には次のようなものがある。手始めは、1987 年に農林水産省の補助金を受けた加工原料野菜の保蔵システムの開発。生産農家にも働き掛けて原料野菜の供給体制をつくり上げたという。これを指導したのが、満田久輝京都大学名誉教授だ。続いて、丹後半島の国営開発農地を使った原料野菜の契約栽培(1992 年)。これは京都府の要請を受けたもので、原料野菜の新しい産地づくりを目指すもの。この6 年後には弥栄町(現 京丹後市)に専用の工場が稼動する。その隣接地に建設した野菜残渣(ざんさ)堆肥(たいひ)化施設は、京丹後市とJA京都と西利の第3セクター(2001 年:写真2)。これらが2006 年の農業生産法人設立につながる。農業生産法人の設立は循環型農業の実践、と平井さんは胸を張る。

興味深かったのは、漬物の役割について認識を深めるための場づくりだ。2002 年に京都大学国際融合創造センターにコーディネートを依頼して、文系・理系の大学関係者7 名が集うサロンを立ち上げたことだ。「1 年間限りでしたが、参加者それぞれの専門分野から、漬物に対する思いを熱く語っていただき、日本人の食生活における漬物の役割について深く学ぶことができました」。見える形での成果はなかったそうだが、集いを楽しみながら、新しい漬物を開発する知恵を授かることができたという。


平井さんとの対談は、古漬けのように味わい深いものだった。漬物は日本の食卓の名脇役と言っていい。だから、漬物づくりは脇役づくりであって地味なものだが、平井さんを見ていると、伝統にあぐらをかくことなく、伝統の経験知と先取りの気質を融合させて、新しい市場を開拓しようとする旺盛な意欲が感じられた。これは、あるいは土地柄と呼ぶべきものかも知れない。そして見落とせないのが、アカデミアから発せられる日常的な知的刺激だ。これが“つけもんやさん” にも深く入り込んでいる様子をうかがい知ることができた。ことさらに産学連携などと叫ばなくても、それがすでに深々と根を張っていることをうかがわせ、地中に縦横に張り巡らされた菌糸の上にきのこが生える様を連想させた。

結びにかえて

機能性食材やサプリメントの国内市場は6,000 億円に上る。この分野では、安全性の担保が何よりも優先される。事実、米国では、FDA のGRAS(Generally recognized as safe: 一般に安全と認められる食品素材)認定のいかんがビジネスの行方を大きく左右すると言われる。日本には、特定保健用食品制度があり、食品の有効性や安全性について審査を受け、認可されれば特定の保健用途を表示して販売することができる。有効性にも踏み込んでいるあたりは米国のGRAS と少し違っているようだ。いずれにせよ、健康の自己管理を推し進め、安価に健康を維持・増進できるとなれば、医療費の抑制にもつながる。しかし一方で、商品の広告に健康や予防への過剰なイメージが氾濫(はんらん)しているのも事実だ。もちろん薬ではないから、科学的根拠をどこまで求めるかについては、議論の分かれるところだろう。

そこで漬物だが、原料野菜を漬物だるに漬け込み、微生物に委ねて良い漬物ができるのを待つのだから、製造工程をすべて人の管理下におくことは難しいだろう。科学的根拠は、限定された実験条件下に得られるのだとすれば、漬物でそれを得ようにも試料の調製すら難しいだろう。データ取りを優先し過ぎると、漬物が漬物でなくなる可能性すらある。平井さんに見せてもらったデータの裏側には、大変な苦労があったに相違ないが、さらに母数を増やして再現性のあるデータを得るのは並大抵ではないだろう。この対談は、食材の機能性を原点に立ち返って考える機会を筆者に与えてくれたように思う。

*1 :NK 細胞:
ウイルス感染細胞やがん細胞を攻撃する細胞障害性リンパ球の1種。ナチュラルキラー細胞とも呼ぶ。T 細胞とは違って、あらかじめ感作する必要がなく、非特異的な細胞障害性を示す。この性質を指標とする活性をNK 活性と呼ぶことがある。NK細胞が活性化するとIFN-γなどのサイトカインを産生する。