2010年11月号
特集1  - 発進 次世代自動車
次世代自動車と大学の役割
顔写真

清水 浩 Profile
(しみず・ひろし)

慶應義塾大学 環境情報学部 教授/
株式会社SIM-Drive 代表取締役社長


慶應義塾大学の清水浩教授は30年間に10台の電気自動車の開発にかかわってきた。その清水氏が、鳥取県における電気自動車産業創出への動き、また、自身が参加しているSIM-Driveという新会社の戦略を通じて、電気自動車の可能性、大学の役割について述べる。電気自動車についての分かりやすく、優れた解説でもある。

はじめに

2010年9月29日、鳥取大学と鳥取県の主催で、地域連携講座と銘打った「電気自動車と地域活性化」というシンポジウムが行われた。鳥取県は今、県を挙げて米子市に電気自動車工場を建設する計画を応援しようとしている。その一環として、鳥取大学が、新しい産業である電気自動車にどう取り組むべきかを討論することがその目的であった。

冒頭で、電気自動車の将来に対しての意見を述べたことに続いて、鳥取大学の先生を中心にパネルディスカッションの形で意見交換があった。またこれに先立ち、同大学の能勢隆之学長と田中久隆工学部長らと昼食を共にし、電気自動車産業が地元に進出することを想定した際の大学の役割について意見交換をした。

本稿では、このように今、鳥取県で生まれようとしている電気自動車産業を例に取り、かつ同大学の先生方との話し合いの中身も含めて 、次世代自動車と大学の役割についての意見を述べたい。

鳥取県米子市での電気自動車工場建設の取り組み

ITベンチャーで名を馳せた藤原洋氏が、ナノオプトニクス・エナジーという会社を立ち上げた。藤原氏は、インターネットの次のビジネスは環境・エネルギー産業だという強い信念を持っており、その発想から超電導、電気自動車、スマートグリッドなどについての総合的な産業を立ち上げようというのが、同社設立の意図である。同社の主要な事業として、米子市に電気自動車の工場を建設しようとしている。

その手法は、JT(日本たばこ産業)が同市にある工場での生産をやめ、撤退したのを受けてその工場を丸ごと買い取り、電気自動車用の工場に作り替えようというものである。

一方、筆者らは2009年8月にSIM-Driveという会社を創立した。筆者は国立研究所および慶應義塾大学において、30年にわたって10台の電気自動車の開発にかかわってきたが、この新会社は、その技術を基盤にして、世界に早く電気自動車を普及させることを目的としている。この会社は、オープンソースという形で誰にでも技術を使ってもらうというビジネスモデルを主体としているが、この考えの根幹はベネッセホールディングスの福武總一郎会長の発想によるものである。なお、当社は藤原洋氏とガリバーインターナショナル会長の羽鳥兼市氏が取締役を務めている。

当社が、オープンソースの考えを用いて行う第1の事業は、先行開発車事業というものである。これは、将来、電気自動車ビジネスにかかわる可能性のある企業、あるいは自治体を参加機関とし、ここから参加費用を頂いて、近い将来大量生産を目指す先行開発車を開発するというものである。この事業には誰でも参加可能で、ここで開発した技術を持ち帰り、それを各機関のビジネスに役立てることができる。

この先行開発車事業の第1号として、34の参加機関が2010年1月から11年3月までの予定で、新概念の電気自動車の開発を行っている。

そして、当社の第2の事業は技術移転である。これは、先行開発車の車体、ないしはここで使われるモーター、あるいは車体構造技術を将来大量生産することを目指す企業に技術移転し、かつ量産化までのコンサルティングを行い、生産が始まった時にはわずかのロイヤリティを頂くというモデルである。

当社とナノオプトニクス・エナジーの関係に話を戻すと、当社で完成させる先行開発車をもとに約2年をかけて量産モデルにまで完成度を高め、その上で、米子の工場で生産を行うことを意図している。

このような動きに対して、鳥取県は新しい産業創出の観点から絶大な支援を行おうとしており、同様に地元の鳥取大学、鳥取環境大学、米子工業高等専門学校の3つの高等教育機関がこの事業に対して、どのような役割が果たせるかということについての議論を始めようというのが、冒頭で紹介したシンポジウムである。

次世代自動車の特徴と大学の役割

次世代自動車と呼ばれているものには多くの種類があるが、効率、技術の容易さ、高性能化の可能性から見て、電気自動車がその主流になると予測している。このため、ここでは次世代自動車を電気自動車と読み替えることにしたい。

そこで、電気自動車とこれまでの内燃機関自動車の違いを技術的側面で見ると、1つは利用する科学的知識がより広範囲に及ぶことである。

第2に、使う技術の選択肢が増えることである。

そして第3に、応用技術が大きく発展する可能性を秘めているということである。

これらのうち、まず第1の科学的知識という点では、これまでの車では機械工学の知識が主だったが、これに加えて電磁気学、量子力学等の知識を基盤とする物理学の総合的な成果が必要となる。また、多くの新しい化学技術の利用が可能となってくる。

第2の使う技術の選択肢については、これまでの車はエンジン、トランスミッション、デファレンシャルギアという、いわゆるパワートレインが車体の基本部分を占めており、その結果、設計全体がパワートレインに支配されていた。一方、電気自動車はモーターによる駆動形式、駆動輪数、全車輪数において制限が少ないため、車全体の設計の自由度が増す。

さらに第3の応用技術については、過去の技術の変化を参考にすると分かりやすい。これまでの機械主体の技術から電気中心の技術に変わったものとして、CD(コンパクトディスク)、携帯電話、デジタルカメラ等がある。これらの変化を利用の立場から見ると、当初意図していた目的に加えて、多くの機能が付加されるようになった。これは電気主体の技術は多くの変化を受け入れやすいということに基づく。このために今後、車が電気自動車に替わると、思ってもみなかったような新しい応用が見つかり、それに向けた技術開発も盛んになることは容易に想像ができる。

このように車が電気自動車に替わると、これまでに比べて多くの知識、新しい視点、発想の転換が求められる。

ここで、大学の機能を思い出してみると、大きく3つの役割がある。

第1は言うまでもなく、優れた人材を社会に送り出すことだ。

第2は、研究機能である。

そして第3は、情報の集積と発信の中心点であるということである。

車が電気自動車に替わるときに、大学の持つ機能も大いに力を発揮し、新しい技術を吸収するのは若い学生が最も優れている。また、これまでの技術者を電気自動車に振り向けるために、大学の教育機能が大いに役に立つ。

研究に関しては、大学でのテーマは比較的柔軟に変えて行くことができる。研究資金さえ確保できれば、過去の知識を基盤に、新しいテーマにチャレンジすることを大学の教員は好む。そして、情報に関しては、大学教員は誰とでも自由に話し、議論ができるという特権と信用を持っている。このため、多くの情報が集まりやすく、それを発信する立場を担うことができる。

以上を考えると、1885年に発明された内燃機関自動車が、電気自動車という新しい技術に変わろうとしている今、その変化をリードする機能を大学は本質的に持っている。この機能を大いに利用するべき時に来ているのだ。

まとめ

冒頭の鳥取大学でのシンポジウムに話を戻すと、パネルディスカッションにおいて、私は電気自動車時代の大学の役割は何かという質問をされて、とっさに明確な答えをすることができなかった。

しかし、電気自動車という新しい変化に対して、大学の多くの先生方が真剣に、かつ興味を持って向かおうという様子を目の当たりにして、あらためて大学の役割を考え直してみると、本文で挙げたように、それが果たすところは極めて広く、かつ重要であることを強く認識した。

新しい産業の変化とともに、大学がそれをリードする形で変わっていくことが、日本の将来および大学の将来にとっても、とても大切なことだと考えている。