2010年11月号
連載1  - COP10報告と大学知財本部が注意すべきこと
(前編)
提供国と利用者間で利益を配分
顔写真

鈴木 睦昭 Profile
(すずき・むつあき)

国立遺伝学研究所 知的財産室 室長



生物多様性条約の締結国会議(COP10)で名古屋議定書が無事採択された。これを受け、特に遺伝資源へのアクセスと利益配分のルールに対して、大学にも、よりきちんとした対応が必要となる可能性がある。アクセスと利益配分に焦点を当ててCOP10会議について報告する。

途上国と先進国の深い溝

生物多様性条約第 10回締結国会議(COP10)が2010年10月18~29日、名古屋市で開催された。会議は事前会議から含めて2週間半続いた。当初、途上国と先進国の溝を埋めることに困難を極めた。

写真1

COP10を記念して、初めて色
    を変えた名古屋の電波塔

合意案の作成担当の非公式作業部会は、連日の夜遅くまでの話し合いにもかかわらず実質的な進展はなく、全体総会のたびに締め切り延長を繰り返した。特に問題となった点は「化学合成した派生物を含むかどうか?」「病原体などの緊急時対応はどうする?」「いつから有効か?条約発効時からか?大航海時代からか?」および「監視機構などの法的遵守」などであった。これらを明らかにしない議定書案は「エンジンのない車」と言われ、妥協点を見つけることが難しかった。ほとんどの関係者は、名古屋議定書はできないとあきらめていた。

最終日に逆転、名古屋議定書採択
写真2

会議風景 (全体会合)

最終日2日前の閣僚会議に菅首相から20億ドルの援助の発表がなされたが、流れは大きく変わらなかった。最終日の前日、作業部会の共同議長が「我々は基本的な相違を埋めることができなかった」と降参した。しかし、その後の全体総会で議長の松本龍環境大臣より「本日の夜中の12時までに合意文書を作成、できなければ議長案を提案する」という表明があり、そこから新たな展開が始まった。異例のことであった。

結局、合意文書は作成できず、議長案が提案された。それは遺伝資源利用国である先進国と提供国双方の主張の歩み寄った案であったが、どちらかというと先進国寄りの内容でもあった。しかし、一方で提供国への資金援助の追加提案もあった。どうなるか、参加者一同ハラハラしたが、最終の全体会合の直前のトップレベルの会合により、ほぼ議長案通り承認された。それでも、全体会合でいくつかの駆け引きがあり、全体会合が終了したのは夜中の3時であった。今回の日本の行動を、後世の歴史が日本のリーダーシップの発現と評価することを望む。

名古屋議定書について
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会場となった名古屋国際会議場

議定書の主な内容は、[1]遺伝資源や伝統知識の利用およびその継続的な利用によって生じた利益を配分、派生物については個別に対応 [2]病原体などの緊急時は適切に配慮 [3]利用国は提供国の法規制に従って事前合意や商的契約が行われているかを確認するチェックポイントを設置――と落ち着いた。また、国際的な常識から適用は議定書発効からであると説明があった。今後、内容の仕上げ、具体的な様式などを話し合う政府間委員会が開催、各国による批准、発効がなされる。今後、日本でも国内法の作成、チェックポイントの設置が行われると見られる。

議定書採択の影響

議定書の採択により各国の国内法の整備がさらに加速する。以前から、遺伝資源を海外から入手する時に、相手国との事前同意、相互同意が必要であるが、今後より厳密な対応が必要となる。当然、遺伝資源を扱う大学・研究機関にも大きな影響を及ぼす。特に微生物や動植物などの遺伝資源を海外から手に入れている大学研究者は、より堅実な対応が必要になる。

今後、大学はリスク管理の1つとして、安全保障貿易管理とともに、生物多様性条約についても、研究材料としての遺伝資源の管理に留意すべきである。これは大学の産学連携本部および知財本部の役割であり、研究者への啓発、情報発信を行うことが必要となると考えられる。さらに、生物多様性のニーズにあう新たなビジネスチャンスが生まれる可能性もあり、これを大学の国際産学連携の1つの契機となることを望みたい。

生物多様性条約とABSとは?

生物多様性条約は国連環境計画(UNEP)により、地球上に存在する生物の多様性を保全し、持続可能な利用を実現する目的で1992 年に署名が開始された。現在、日本を含む192カ国が生物多様性条約に締結し、「生物多様性保全の促進」「その持続性の確保」「遺伝資源を用いることで得られる利益に関する平等かつ衡平な共有(ABS)」の3つを、主な目的として活動している。米国は知財の保護が不十分であることを理由に加入していない。遺伝資源の取得の機会について、遺伝資源に対する原産国の主権的権利、提供国と利用者間での事前同意、利益は相互に合意する条件で、公平・衡平に分配することが規定されている。現在、遺伝資源のアクセスには遺伝資源を提供した国と事前同意、相互同意事項を取り交わすことか必要である。

遺伝資源の問題-大学も大きく関係

微生物、植物、動物などの遺伝資源の利用では、熱帯雨林の微生物などから医薬品が開発されたことや、中華料理の香辛料である八角からインフルエンザ治療薬タミフルが作られたことなどが、よく知られている。遺伝資源を使って、医薬品や食品、化粧品を 開発販売する場合に、原産国に利益を配分する義務がある。大学にも、遺伝資源の入手時の相手国との利益配分の手続きの義務を負う。