2010年12月号
連載2  - 世界トップクラス研究拠点の産学官連携
(下)
知を結集させるシステムの構築に向けて
顔写真

永田 晃也 Profile
(ながた・あきや)

九州大学大学院 経済学研究院
准教授/文部科学省 科学技術政策研究所
客員研究官

大学の社会貢献には、多様な専門分野の協力による学際的(インターディシプリナリ)なアプローチや、分野横断的(トランスディシプリナリ)な知識の融合によるアプローチが必要になることがある。

問題解決と新領域の創出

イノベーション・システムにおける大学の役割として挙げられてきた3つの機能、すなわち知識の創造と体系化を担う「研究」、知識を伝達するための「教育」、知識の普及・活用による「社会貢献」のうち、産学官連携は一般に社会貢献に含まれる機能として理解されている。それは、特定企業の技術者が抱えている疑問であれ、公共の利益に関連する社会的課題であれ、何らかの問題を解決するために、大学が蓄積している知識を動員しようとする過程で結ばれる仕組みが産学官連携だからである。

しかし、大学において推進される既存の専門分野(ディシプリン)に関する学術的な知識の創造が、直ちに何らかの問題解決に結び付くとは限らない。特に問題が複雑であるほど、その解決には多様な専門分野の協力による学際的(インターディシプリナリ)なアプローチや、分野横断的(トランスディシプリナリ)な知識の融合によるアプローチが必要になることがある。そのような問題解決のアプローチは、既存の専門分野の枠内では困難な知識創造への挑戦という側面を有している*1

これは既存分野の多様な知識を結集させて新たな研究領域を拓(ひら)くことが、産学官連携の目的とする問題解決と不可分な場合もあるということを意味している。そこで今回は、世界トップクラス研究拠点ではいかにして問題解決型の研究領域が創出されているのかを見ておこう。

新領域創出のモデル

今回の検討は、総合科学技術会議の付託による「第3期科学技術基本計画フォローアップに係る調査」の一環として文部科学省科学技術政策研究所が平成20年度に実施した、「特定の研究組織に関する総合的ベンチマーキングのための調査」の結果に基づくものである。

この調査は、日本の主要大学および研究拠点について、欧米における世界トップクラスの大学および研究拠点との総合的な比較分析を行うことにより、日本の研究開発システムの課題を明らかにし、次期科学技術基本計画の策定に資することを目的として実施したものである。調査対象には、日本の主要な理工系大学として東京工業大学と東京理科大学を選定し、比較のためのベンチマークにはカリフォルニア工科大学を設定した*2。新たな研究領域を創出する仕組みについての比較分析の結果は、以下の違いを明らかにしている。

図1

図1 モデルCのコア

カリフォルニア工科大学では、その組織が小規模であるという特性が戦略的に生かされ、部門の枠を超えた研究者間のコラボレーションによる研究プロジェクトが活発に展開されてきたことが、研究の資金源である外部資金の獲得に結び付き、また学際的な新領域の創出をもたらすシステムとして機能してきた。このようなシステムが成立してきた背景には、徹底した少数精鋭主義の人事戦略と、それを可能にしてきたジョブ・マーケットにおける大学の競争力があった。この学際的なプロジェクト研究をコアとするシステムを、われわれは新領域創出の1つのモデルとしてとらえ、コラボレーションのイニシャルとカリフォルニア工科大学の名称にちなんで「モデルC」と呼称した(図1)。

組織特性や制度的な背景が大きく異なる日本の大学では、モデルCに類型化されるような新領域創出の取り組みは行われにくい。特に、組織の規模が算定基準として重要な意味を持つ運営費交付金に依拠してきた国立大学(法人)にとって、組織を小規模化するという戦略オプションは採り得ず、常に組織的な拡大・成長戦略をとる方向にインセンティブが働いてきた。そして組織的な規模が拡大すると、分権化を進めることは避けられず、部局ごとの権限が相対的に強化されることになる。それは部局の枠を超えたコラボレーションを阻害し、ひいては組織全体としての機能の統合を妨げる可能性をはらんでいる。

しかし、そのような状況にありながら、新領域創出の重要性を認識していた国立大学(法人)では、モデルCとは異なるシステムで分野融合や問題解決型の学際研究が追求されてきた。本調査の対象となった東京工業大学は、既存の学問領域を超える「創造大学院」というビジョンのもとで昭和50年に大学院総合理工学研究科を設立し、平成17年には大学が蓄積してきた知識を社会的な課題の解決に向けて総動員する「ソリューション研究」というコンセプトにより総合研究院を発足させるなど、先導的なシステムの構築に取り組んできた。また、国立大学法人とは財務構造が異なり、運営費交付金に依拠していない私立大学においても、研究機能の高度化を志向する大学では類似の試みが推進されている。同じく本調査の対象となった東京理科大学では、分野横断・融合型の総合研究の推進を目的として、平成17年に総合研究機構が設立されている。

図2

図2 モデルTのコア

これら日本の大学の事例にみられるように、大規模かつ機能分化が進展した組織の多様な研究資源を、何らかの基盤的資金に依拠して新たな研究組織に再編・統合するというアプローチも、新領域創出の1つのモデルとしてとらえることができる。その境界横断的(transboundary)な組織特性と、東京工業大学および東京理科大学の名称にちなんで、これをわれわれは「モデルT」と呼ぶことにした(図2)。

システムの機動性を高めるために

モデルCとモデルTは、それぞれの組織的・制度的な条件に適合した特性を有しているため、いずれが新領域の創出という観点からみて競争優位であるかを一義的な基準で判定することはできない。研究者の自律的な協力関係に基づくモデルCは機動性(戦略上の必要に応じて迅速に行動できる能力の程度)に優れ、学際的な研究成果を素早く産出していくことには適しているであろう。反面、大規模な研究課題の受け皿にはなりにくく、また分野融合のような長期的な取り組みを要する課題には適さない。一方、モデルTは、独立した常設組織をコアとしているため、大規模かつ長期的なプロジェクトを担うことも可能であり、従って学際研究ばかりでなく分野融合を推進する仕組みにもなり得る。反面、常設組織の意思決定には分野間の利害等に関するフォーマルな調整機能が必要となるため、モデルCに比して、相対的に高いガバナンスコストがかかることは避けられないであろう。

モデルTが新領域を創出するための支配的なシステムである日本の大学において、同時に組織的・制度的な背景が異なるモデルCのシステムを導入、定着させることは困難である。しかし、モデルTの利点を最大限に生かしながら、同時にモデルCの利点である機動性の高さを追求することは不可能ではない。そのための方策は、日本の大学の競争力を高める上で不可欠である。

その方策の1つとして、事務的、技術的な支援機能の拡充が挙げられるであろう。現状では、モデルTが形成されている日本の大学における支援人材の数は、モデルCを生み出した米国大学のそれを大きく下回っている。例えば教員1人当たり支援者数でみると、カリフォルニア工科大学では3.7人であるのに対して東京工業大学では1.2人と、約3分の1の規模になっているのである。

また、新領域創出への取り組みにおける大学の機動性を高めるためには、高度の専門的知識を要するマネジメントの機能を拡充する必要がある。研究者間の自発的なコラボレーションが主体であるモデルCの場合、研究者が自らプロジェクト全体のマネジメントを担うことになるが、専門分野の異なる研究者を目的に即して結集させるモデルTでは、個々の研究者とは別にプロジェクト全体を推進するマネジメント人材の存在が、状況に応じた機動的な取り組みを行う上での鍵を握るであろう。そのような人材は、産学官連携による学際的な研究プロジェクトの企画・調整、資金獲得、研究者への助言、説明責任の履行など、プロジェクトの推進にかかる一連の業務を、関連研究領域に関する一定の知識を持って執行できる専門職人材である。その育成にかかる教育プログラムの支援は、今後の産学官連携を推進するための重要な政策課題となるであろう。

*1
既に旧聞に属する議論であるが、このような問題解決の文脈に置かれたアプローチをマイケル・ギボンズらは「モード2」と呼称し、既存のディシプリンの枠内で行われる知識生産の様式と区別したのである。

*2
カリフォルニア工科大学には、NASAの研究センターの1つであるジェット推進研究所(JPL)が設置されているが、比較に当たってはこれを除外している。なお、本調査では大学全体を対象とする比較分析とは別に、研究拠点レベルでの比較分析を行っており、そこでは大阪大学免疫学フロンティア研究センターと、マックス・プランク免疫生物学研究所を取り上げている。