2011年1月号
特集  - 大学特許の活用戦略
パテント・トロールへの大学の対応方策
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隅藏 康一 Profile
(すみくら・こういち)

政策研究大学院大学 准教授
(科学技術政策・知的財産政策)


特許権保有者から特許を買い集め、それらの特許を自ら実施する、あるいは積極的にライセンスするという意図なく、差止請求権の威迫を背景に専ら金銭を請求する企業――いわゆるパテント・トロール問題が産業界で話題になっているが、大学の知的財産部門も無関係ではない。どう対応すべきか、論点を整理する。

パテント・トロールとNPEs

近年、パテント・トロールと総称される企業の脅威に日本の大手企業がさらされていることが、知的財産関係者のみならず、一般のメディアにも取り上げられるようになってきた*1

パテント・トロールには、何が含まれ、何が含まれないのか。これについては、平塚三好ら*2が提案している「識別するための要件」が参考になる。それによると、「過去から将来にかけて自己の特許を実施することなく同特許から大きな利益を得ようとする者」のうち、通常の大学技術移転機関(TLO)・個人発明家・特許管理会社(ライセンス料の最大化のために差止請求や意図的な権利行使の遅延を行わない者)を除いたものが、パテント・トロールである。パテント・トロールはさらに、トロール行為を業として行う「パテントトローラ」と、自らもイノベーションを行う「トロール行為を行う者」の2つに分けられるとされる。

2008年4月に設立され、企業を特許訴訟の脅威から解放すべく調査研究活動を行っているPatentFreedom*3は、Non-Practicing Entities(NPEs)という用語を用いている。NPEsは自己の保有する発明を製品やサービスにおいて実施することなく、収入の大部分を特許権の行使によって得る。「NPEsには場合によりパテント・トロール等の呼称があてられることもあり、これらは特許権の行使において、通常の企業とは異なる特徴を持つ」とされている。

表1

表1

表2

表2

PatentFreedomのウェブサイトによると、2010年4月1日時点で325のNPEsが確認されており、それらが提起した特許侵害訴訟の件数は、1999年に約100件であったが、2008年には約500件に増加している。表1に、2004年から2009年の間にNPEsに特許侵害訴訟を提起された件数の上位10社を示した。日本企業では、ソニーが2位、パナソニックが10位となっている。これ以外に、上位25位までに入っている日本企業として、東芝(13位、36件)、京セラ(19位、28件)、富士通(22位、25件)がある。次に、NPEsによる特許侵害訴訟の分野別の件数を表2に示した。コンピュータ・携帯電話などの情報通信に関連する分野が圧倒的に多い。反対に訴訟件数の少ない分野は、Chemicals(1件)、Retail(1件)、Energy & Environment(3件)、Financial Service(3件)、Industrial Manufacturing(10件)、Consumer Goods(13件)、Medical Devices, Pharma & BioTech(14件)である。

大学の対応

こうした現状において、大学・公的研究機関も、パテント・トロール問題と無関係ではない。パテントトローラに対し、それと知らずに自己の保有する特許権を譲渡してしまった場合、間接的に国内外の企業をパテントトローラによる特許侵害訴訟の脅威にさらすことになる。企業が、ある大学で生まれた発明を自社の研究開発に使用する場合、大学が自らその特許を当該企業に売り込みに行き、適正な条件でライセンス契約が成立しているならば、企業は特許権を使用することができ、大学はライセンス収入を得ることができるというWin-Winの関係が成立しており、企業活動に不利益をもたらすこともない。しかしながら、大学が企業への特許の売り込み努力をする代わりに、その特許をパテントトローラに委ねてしまった場合、自ら特許を実施することのないパテントトローラは、当該企業に対して特許侵害訴訟の威迫を背景に法外な和解金を要求するであろう。それは間接的に消費者にも、価格の高騰や製品開発の遅れといった形でデメリットをもたらすことになる。

大学で生まれた発明を、特許化とライセンシングにより適切な企業に移転することを通じて社会に貢献するという大学の知的財産活動の趣旨に照らせば、たとえ譲渡時の対価がある程度魅力的なものであったとしても、大学は、企業や消費者にデメリットをもたらす行為を決してすべきではない。このことは大学知的財産関係者の共通了解となっているものと考えられるが、それでも意図せずにパテントトローラ、あるいはそれを支援する組織に大学発の特許が渡されるというリスクは残る。そのようなことが生じないよう、パテントトローラ、トロール行為を行う企業、ならびにそれらに関連する企業について、情報を大学・公的研究機関の間で共有するため、学会が主導して連絡会議を設置するなどの体制構築が必要である。また、大学教員等の個人帰属となっている特許(2004年4月の国立大学法人化の前に個人帰属と判断され出願されたものや、大学側が特許出願しない旨を決定し個人にその取り扱いが委ねられたものなど)についても、当該教員等の判断でパテントトローラにわたることのないよう、大学の知的財産本部等や関連団体により、啓発のためのセミナーが定期的に開催されることが望まれる。

日本版バイ・ドール条項による対応

大学が国の資金で行った研究の成果として取得された特許権がパテントトローラにわたり、結果として日本企業が特許権侵害で訴えられ莫大な和解金を支払うことになるとすると、事態はいっそう深刻である。国費を投じて基礎研究を促進し、その成果を適切な企業に移転することによりイノベーションの促進と企業の競争力強化につなげるべきところ、国費を投じて行った研究の成果が、結果として企業の体力と競争力を低下させることになってしまうとしたら、科学技術政策における重大な危機である。

平成21年4月30日に改正された産業技術力強化法(以下、「強化法」)において、国が委託した研究および開発の成果として生まれた特許権や特許を受ける権利を受託者に帰属させることができるとする、いわゆる「日本版バイ・ドール条項」が改訂された。

強化法第十九条の第一項第四号は、日本版バイ・ドール条項の適用のための条件の1つとして、「当該特許権等の移転又は当該特許権等を利用する権利であって政令で定めるものの設定若しくは移転の承諾をしようとするときは、合併又は分割により移転する場合及び当該特許権等の活用に支障を及ぼすおそれがない場合として政令で定める場合を除き、あらかじめ国の承認を受けることを受託者等が約すること」(下線は筆者による)を挙げている。産業技術力強化法施行令(以下、「施行令」)第十一条第二項は、上の「特許権等を利用する権利」について、「特許権、実用新案権若しくは意匠権についての専用実施権又は回路配置利用権若しくは育成者権についての専用利用権(次項において「専用実施権等」という)」としている。施行令第十一条第三項は、「当該特許権等の活用に支障を及ぼすおそれがない場合」として、「一 受託者等であって株式会社であるものが、その子会社又は親会社に特許権等の移転又は専用実施権等の設定若しくは移転の承諾(以下この項において「移転等」という)をする場合。二 大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律第四条第一項 の承認を受けた者又は同法第十二条第一項 若しくは第十三条第一項 の認定を受けた者に移転等をする場合。三 技術研究組合が組合員に移転等をする場合」を挙げている。

すなわち、国費を原資として生まれた発明に対する特許権が受託者に帰属することとなった場合、当該特許権を譲渡したり専用実施権を設定したりする際には、国に事前承認を受けなくてはならない。ただし、子会社・親会社への譲渡、承認TLO・認定TLOへの譲渡、研究技術組合から組合員への譲渡に関しては、国の事前承認は不要である。

従って、国費を原資として生まれた特許権の譲渡や専用実施権の設定にあたっては、日本版バイ・ドール条項にのっとって国が事前承認する段階で、パテントトローラあるいはそれを支援する組織が対象とならないよう、適正な判断が求められる。さらに、今後の制度設計としては、従来はパテントトローラあるいはNPEと判断されなかった企業がある時期を境にトロール行為を行うようになった場合、そのような新たに「ブラックリスト化」された企業に対し、過去にさかのぼって譲渡あるいは専用実施権の設定を取り消すといった対応も求められる。もちろん、通常の特許流通活動を阻害しないようにするため、「ブラックリスト化」の要件を明確に設定しておくことも重要である。

結びにかえて

2010年8月4日、日本学術会議・科学者委員会・知的財産検討分科会は、報告「科学者コミュニティから見た今後の知的財産権制度のあり方について」を公表した。これは、アンケートやシンポジウムを実施して広く意見を求めながら、特許制度をはじめとする知的財産権制度に対して、科学の発展とその社会還元を促進するにはどのような施策が必要であるかを審議し、まとめたものである*4。その中でも、パテント・トロール問題は、重要課題の1つとして位置付けられており、次のような提案がなされている。

「特許権保有者から特許を買い集め、それらの特許を自ら実施する、あるいは積極的にライセンスするという意図なく、差止請求権の威迫を背景に専ら金銭を請求する企業(いわゆる、パテント・トロール)の活動が国内外で問題視されている。科学者コミュニティの用いるリサーチ・ツールなどの特許がパテント・トロールにわたった場合、研究活動が制約を受ける危険性がある。この問題に対応するため、以下のことが望まれる。

パテント・トロールとして行動することが明白な者に対しては、科学者コミュニティが保有する特許権を譲渡しないよう留意すべきである。
同時に、パテント・トロール問題に関して、制度的に解決が図られるよう、関係各機関に要請すべきである。」

このように、同報告では、科学者自身に当事者意識を持っていただくべく、パテント・トロールによって科学者コミュニティの研究活動が制約を受ける可能性があることが示唆されている。もっとも、大学は企業と異なり、パテントトローラやNPEsによる特許侵害訴訟の直接のターゲットになる可能性はさほど高くはないであろう。しかしながら、大学がそれらの組織に特許権の譲渡や専用実施権設定を行うことによって、国内外の企業や消費者を脅かす結果をもたらす危険性があることは、既に本稿で述べたとおりである。その意味で、科学者コミュニティにとっても、大学の知的財産を取り巻くコミュニティにとっても、パテント・トロール問題は決して「対岸の火事」ではない。このことを再確認して、本稿の結びとしたい*5

*1
例えば、NHKクローズアップ現代「“特許の怪物”日本企業を襲う」(2009年10月6日放送)。

*2
平塚三好;大澤紘一.情報通信・エレクトロニクス産業の発展を阻害するパテントトロールへの対応策―米国の懈怠の法理を導入する試み―.日本経営工学会論文誌.Vol.60, 2009,p.145-152.

*3
https://www.patentfreedom.com/(参照2010-12-24)

*4
同報告については、日本学術会議のウェブサイトからダウンロードできる。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h100-1.pdf

*5
2010年8月28日に日本知財学会第2回イノベーション・標準化分科会「パテント・トロールへの大学での対応方策」のモデレーターを務めた際に、登壇者の方々、分科会世話人の方々、ならびに参加者の方々から、パテント・トロール問題に関して多大なご教示をいただいた。この場を借りて御礼申し上げる。