2011年2月号
特集1  - HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策元年
HTLV-1の研究の推移と府省の取り組み

渡邉 俊樹 Profile
(わたなべ・としき)

東京大学大学院 教授、
新領域創成科学研究科
メディカルゲノム専攻長

HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)が原因で発症する病気として成人T細胞白血病 (ATL)、慢性進行性の神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)、そして、眼の炎症であるHTLV-1ぶどう膜炎(HU)の3つが知られている。
2010年9月8日、患者団体代表と元宮城県知事でありATL患者である浅野史郎さんらと菅首相が面談。政府は、小川勝也首相補佐官をトップとする特命チームを設置、12月20日の第4回まで開催した。
特命チームの議論を通じて、全妊婦の抗体検査実施、カウンセリング体制と医療体制の充実、研究開発体制の拡充等が認められ、政府が「HTLV-1総合対策」に取り組むことが決定された。HTLV-1のキャリア数が、肝炎ウイルス感染に匹敵する国民の1%にも上ることから、これがわが国の重大な健康問題であり総合的な取り組みが大切であることが初めて公に認められて、政策に反映されることになった。

はじめに

昨年9月、菅直人首相が首相官邸に「HTLV-1特命チーム」を立ち上げたということが報道された。その前後から、さまざまなメディアで「HTLV-1」関連の報道が目立つようになった。本稿では、HTLV-1というウイルスとそれによって引き起こされる疾患について分かりやすく説明した後、研究の推移と行政の対応の現状を紹介したい。

HTLV-1は、ヒトT細胞白血病ウイルス(Human T-cell Leukemia Virus type-I)というヒトの白血病ウイルスの名前である。このウイルスは、1980年に米国のGallo博士のグループと日本の日沼頼夫博士のグループがほぼ同時に、それぞれ独立に発見した、人で初めて見つかったレトロウイルスという種類のウイルスである。日本では1977年に高月清博士らのグループが「成人T細胞白血病 (Adult T-cell Leukemia, ATL)」という新しい病気を見つけ、その患者の分布が西南日本に偏る地域集積性を示すこと、また、同一の家族内で発症する頻度が高い(家族集積性)ことから、何らかの感染性の原因を想定していた。この報告が元になり、その後の日本の研究者の努力で原因となるウイルスがレトロウイルスであることが明らかにされた。

HTLV-1は主にTリンパ球へ感染し、細胞にウイルス遺伝子が組み込まれて感染細胞が死滅するまで体内に存在・維持される(持続感染)。感染者の体内の血液中からはウイルスを検出できず、感染の診断はウイルスに対する抗体の検出によって行われる。

HTLV-1はわが国に人口の1%にものぼる100万人以上の感染者(キャリア)がいる。しかし、キャリアのうち実際に発症するのはごく一部であり、大半の方は無症状で過ごす(無症候性キャリア)。このウイルスが原因で発症する病気は3つ知られている。まず、先に紹介した白血病(ATL)、次に、慢性進行性の神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)、そして、眼の炎症であるHTLV-1ぶどう膜炎(HU)である。

図1

図1 HTLV-1感染と疾患――科学研究費との関係

感染経路は3つ知られている。母乳を介した母子感染、輸血による感染、そして性交渉による感染である。輸血に関しては、わが国では1986年から献血者に対する抗体検査が導入されて感染は阻止されている。キャリアの母親から子供へは約20%の確率で母乳を介して感染する。これに対して、長崎県等は母親がキャリアの場合、母乳哺育を中止する取り組みを続けてきたが、全国的な取り組みはなされてこなかった。性交渉による感染については、確実に存在するが、その実態や防止策についてはいまだに十分検討されていない(図1)。

HTLV-1によって引き起こされる疾患(関連疾患)について個別に簡単に説明する。

ATL: 感染したTリンパ球が腫瘍化することで発症する。キャリアの方が一生の間にATLを発症する危険率は5%程度と考えられている。男性にやや多く、発症は60歳台が中心である。症状としてはリンパ節腫脹、肝脾腫、皮膚病変が多く、高カルシウム血症、日和見感染症の合併がみられる。抗がん剤による治療に抵抗性で大変予後不良である。
HAM: 慢性進行性の痙性脊髄麻痺を示す疾患である。命にかかわることは無いと考えられているが、QOL(Quality of Life)が著しく低下する。女性に多く、母子感染、輸血、性交渉のいずれの感染後においても発症する。症状はゆっくりと進行する両下肢の麻痺で、下肢筋力低下と歩行障害を示す。完治は難しいが、種々の治療法が工夫され、一定の症状改善が得られている。
HU: HTLV-1感染が原因で生じる眼内の炎症(ぶどう膜炎)である。女性が男性の約2倍多く、多くは成人だが小児に発病することもある。飛蚊症(眼の前に虫やゴミが飛んでいるように見える)、霧視(かすんで見える)、眼の充血、視力の低下などを両眼、あるいは片眼に急に生じて発病する。失明する症例は極めてまれである。治療としてステロイド剤の点眼あるいは内服が有効だが、約半数の患者に再発がみられる。

研究の推移

1970年代後半にわが国で「ATL」が発見されたことがこのウイルスの発見に決定的な意味を持った。その後、1980年代にHTLV-1とその関連疾患の研究は大きく進展した。ウイルスの同定とその全遺伝子構造の決定はわが国の研究グループが世界に先駆けて達成した。これによって分子レベルでウイルスの病原性を明らかにする研究が急速に進展した。その後、ATLに続いてHAMおよびHUの発見と報告もわが国の医学研究者による業績である。並行して、ウイルスの感染実態に関する調査(疫学)研究が進み、全国のキャリアの数がおよそ120万人であること、九州・沖縄地方に半数以上のキャリアが存在すること、先に述べたウイルスの感染様式(特に、母乳を介した母子感染の証明)等が次々と報告された。ATL患者が年間700例くらい発症していると考えられること、キャリアが一生の間にATLになる確率も2~4%くらいであることが報告された。最近の調査では年間約1,200人が発症していることが明らかになっている。

図2

図2 日本でのATLの治療実績

ATLは、治療に抵抗性で多くの方が1年以内に亡くなることが明らかだったので、適切な治療法を検討する臨床研究が1980年代から精力的に行われてきた(図2)。しかし、現在に至るまで、「骨髄移植」(血液幹細胞移植)を含めて決定的な治療法が無く、抗がん剤による最新の多剤併用療法でも、約半数の方が1年で亡くなられる。

府省の取り組み

文部科学省と厚生労働省(当時は厚生省)は、1980年代には、大変強力にHTLV-1/ATLの領域の研究をサポートした。その結果、上記のような素晴らしい実績を挙げ、この領域の研究に世界的な貢献をした。

しかし、1990年度に出された旧厚生省研究班の重松レポートと呼ばれる提言と時期を合わせて、感染者が特定の地域に偏っていること、ウイルスの感染力がそれほど強くないことを理由に国の対策は消極的になった。文部科学省および厚生労働省の科学研究費補助金をはじめとする公的な研究費のサポートも年々減少し、わが国の臨床および基礎の研究活動が衰退していった。また、これらの研究費は、「肝炎ウイルス対策」や「エイズ対策」とは異なり、「HTLV-1感染とそれによる疾患の研究」という統一した概念で募集が行われたことは無く、ウイルス学、血液学、神経内科学、眼科学等という、個別の領域で募集されたため、各領域における優先順位を配慮して配分された(図1)。結果として、当該領域の中における重要度が低いと判断されると研究費も配分が無いという状態になっていた。一方、欧米においては、本来感染者や患者がほとんど存在しないにもかかわらず、研究は継続的に進められ、基礎的な領域では欧米のグループにリードされる状態に至った。

2000年代になって、このような状況に危機感を抱いた医学研究者はこの領域の再活性化を模索し始めた。取り組みの1つとして、筆者らは関係の領域の研究の進展を発表し、研究者の交流と情報交換を目的とした「HTLV/ATL研究発表会」を企画し、2002年から毎年東京大学医科学研究所で開催してきた。2006年には、毎月1回開催される「連続シンポジウム」形式で基礎から臨床に至る研究の進歩と現状を報告する催しを行い、その成果を元に、わが国で初めてのこの領域を網羅する教科書として「HTLV-1と疾患」を2007年に発行した。同年5月には、筆者が会長となって国際学会(「国際ヒトレトロウイルス会議」)を箱根で開催し、約360名の参加者(海外から約160名)が集まり、研究の現状報告と情報交換を行った。

一方、患者やキャリアの方々も医療対策の不十分さを感じて、時期的にはほぼ並行して、団体を結成してメディアや行政機関に対する働き掛けを開始し、次第に活動レベルを高めてきた。2007年の国際学会開催に際しては、全国の患者・キャリア団体も並行して集会を催し、学会の方でも市民公開講座を設定して、世界の研究の現状を紹介した。

このような流れの中で、2009年7月に『HTLV-1感染総合対策等に関する有識者会議』と称して、専門家7名、患者団体代表2名と厚生労働省の関係部局の担当者からなる会議が設けられ、2010年6月までに合計4回の会合が開かれた。この中で、専門家と患者代表が「HTLV-1感染総合対策の推進に関する指針」を取りまとめ、2009年7月に厚生労働省に提出した。この提言を中心に2010年6月の第4回会議まで開催され、情報交換と意見交換を通じて、HTLV-1および関連疾患に対する取り組みに関して、認識の共有化が図られた。

図3

図3 特命チームへの流れ

2010年9月8日、患者団体代表と元宮城県知事でありATL患者である浅野史郎さんが菅首相と面会して請願を行い、この席で菅首相は「ATL対策を放置してきたことを『政府として反省する』と述べ、早急に実施する対策として (1)全妊婦抗体検査の公費負担 (2)診療体制整備や治療法の研究――を提示。これらを含む感染予防と感染者対策、発症者対策を総合的に検討するため、小川勝也首相補佐官をトップとする特命チームを設置する」とした。その後、10月5日からは議員、専門家、患者団体代表等のオブザーバーを含めた会合をスタートし、12月20日の第4回まで開催した*1図3)。

図4

図4 HTLV-1総合対策の概略

この特命チームの議論を通じて、全妊婦の抗体検査実施、カウンセリング体制と医療体制の充実、研究開発体制の拡充等が認められ、政府が「HTLV-1総合対策」に取り組むことが決定された。HTLV-1のキャリア数が、肝炎ウイルス感染に匹敵する国民の1%にも上ることから、これがわが国の重大な健康問題であり総合的な取り組みが大切であることが初めて公に認められて、政策に反映されることになった(図4)。これは、画期的な進歩であり、私たちは、菅首相の英断を高く評価する。

しかし、このウイルスに対する一般国民および医療関係者の認知度が低く、正確な理解が不十分である現状を認識し、医療体制のみならず、正確な知識を広める啓発活動、患者キャリアの相談に乗るカウンセリング体制の整備等の行政的対応の準備が急務であると考える。特に深刻な問題は、このウイルスの非感染地域と考えられてきた関東・中部・近畿地方において、医療関係者にも知識と理解が不十分であることだ。従って、全国一律の妊婦を対象とした抗体検査が開始される現在、医療従事者に対する教育研修体制を早急に整備することが求められている。