2011年2月号
特集1  - HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策元年
抗体によるATLの治療は実現するか
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谷田 清一 Profile
(たにだ・せいいち)

財団法人 京都高度技術研究所
産学連携事業部 医工薬連携支援
グループ アドバイザー

成人T細胞白血病(ATL)などの疾患や、その原因ウイルスHTLV-1に対する政府の総合対策が始動するなか、昨秋、協和発酵キリン株式会社が、開発中のATL治療用抗体医薬の国内第2相臨床試験の結果を発表。良好な結果が得られたことを受けて、第3相臨床試験を待たずに近く承認申請に踏み切るようだ。大手製薬メーカーの間でも希少疾患への関心が高まりをみせている。希少薬として承認を得た後、適用拡大によって大型薬に育てる戦略だ。

昨秋、成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia;ATL)の治療を目指した抗体医薬が開発の最終段階にあると報じられた。ATLは、熊本大学の高月清教授らによって発見され、1977年の Blood誌に掲載された白血病だ。詳しくは、本特集の他稿に譲るとして、本稿では、原因ウイルスの発見の経緯をたどりながら、新しい抗体医薬の背景を述べてみたい。

原因ウイルス

筆者がATLを知ったのは、薬作りの道を歩み始めて10年が経とうとするころだった。京都大学ウイルス研究所の公開セミナーに、立ち見の聴衆の1人として参加した時だ。ATLを引き起こすレトロウイルス*1を発見したという日沼頼夫教授の発表がそれだ。講演が進むにつれて会場は興奮に包まれ、重大発表の場に居合わせた感動を筆者も共有した。

当時、動物にがんを起こすウイルスが幾つも知られていて、ヒトにがんを起こすウイルスの探索が熱を帯びていた。先行していたのがEBウイルス*2。バーキットリンパ腫の原因と疑われていた。しかし、ウイルス保有者が世界中にごく普通に見いだされるにもかかわらず、バーキットリンパ腫の好発地域がアフリカに限局されるという矛盾を抱えていた。一方、日沼の発表では、ATL由来の細胞から発見されたレトロウイルスがATL患者の白血病細胞に例外なく認められることに加えて、ATLを起こす原因ウイルスと推定しうる根拠が幾つも示された。

日沼らは、このレトロウイルスをATLウイルス(ATLV)と呼び、研究論文を米国科学アカデミー紀要に投稿する(1981年に掲載)。ところが、ちょうど同じころ、米国でもロバート・ギャロ博士らがまったく同じウイルスを発見していて、これをHTLV-1(human T-lymphotropic virus 1)と名付けて一足先に論文を同紀要へ送っていた。これが掲載されたのが1980年。そしてこれ以降、誌上発表が先行したHTLV-1の名称が優先されることになる。

HTLV-1ゲノムの相補配列がATL細胞のゲノムに組み込まれていることを証明したのは、財団法人癌研究会癌研究所の吉田光昭博士らだった。がんを起こすレトロウイルスに特有の性質を解明した意義深い成果だ。ATLVとHTLV-1が同一ウイルスであることを証明したのも彼らだった。このように、ATLの原因ウイルスの発見から全容の解明に至るまで、終始日本の研究者がリードしたことを忘れてはならない。

ATL治療薬

このようなホットな研究の流れの中からは、残念ながら治療薬開発のうねりは生まれなかった。ATLの地域性、ウイルス保有者の発症率の低さ(生涯発症率は約5%)、希少薬に対する製薬メーカーの開発意欲の低さなどが理由として挙げられるだろう。しかし、なにより大きかったのは、エイズウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)の発見だった。HTLV-1の発見から時を置かずしてエイズ(後天性免疫不全症候群;acquired immune deficiency syndrome)患者の細胞から新しいレトロウイルスが発見されたのだ(1983年)。

エイズが世界規模で爆発的な広がりをみせたことから、ヒト・レトロウイルスへの関心はHIVに集まり、患者が多発していた欧米では、大手製薬メーカー各社が競って治療薬の開発に乗り出す展開となった。余談になるが、HIVの第1発見者をめぐる争いは熾烈(しれつ)だった。国家間の論争にまで発展し、後に政治決着が図られるなど、ワイドショー的な展開を見せた。結局は、2008年のノーベル医学・生理学賞がフランスのリュック・モンタニエ、フランソワーズ・バレシヌシの両博士に授与されたことで決着が付いた形だ。このような騒動に翻弄(ほんろう)されて、ATL/HTLV-1への関心がいよいよ薄らいでいったように、筆者には思える。

ATLを発症すると、骨髄移植以外に有効な治療法はないのが現状だ。その上、製薬メーカーの関心はエイズ治療薬に偏重し、ATLが治療薬開発の対象になることはほとんどなかった。しかし、近年、アンメット・メディカル・ニーズ*3に立脚した新薬開発戦略が重視されるにつれて、徐々にではあるが大手製薬メーカーの間でも希少疾患への関心が高まりをみせている。希少薬として承認を得た後、適用拡大によって大型薬に育てる戦略だ。

協和発酵キリン株式会社がATL治療用抗体医薬の開発に乗り出したのも、このような流れに沿うものと理解できる。CCR4*4と特異的に結合するヒト化抗体を同社の独自技術で強化し、抗体依存性細胞障害活性*5を体内で効率よく誘発してATL細胞を攻撃する、というものだ。昨秋、公表された第2相臨床試験の結果によると、化学療法奏効後の再発または再燃ATLを対象に実施された治験で、CCR4陽性の再発・再燃ATLに対する有効性が確認された。良好な結果が得られたことを受けて、第3相臨床試験を待たずに近く承認申請に踏み切るようだ。

抗体医薬

ここで、抗体医薬についても触れておかなければならない。抗体医薬がバイオ医薬のカテゴリーに入ることは、言うまでもないだろう。バイオ医薬とは、遺伝子組み換え技術、細胞融合技術など、バイオテクノロジーの手法を駆使して創製された医薬品で、生体由来の機能分子またはその改変体を有効成分とするものだ。その歴史は1976年から始まると言っていいだろう。この年、創薬ベンチャーの先駆けとなるジェネンテック社が創業したからだ。

近代製薬産業の歴史を振り返れば、19世紀末、アスピリンの登場とともに幕を開けたと言えるだろう。多くの製薬メーカーは、アスピリンやペニシリンを初めとする低分子医薬の開発を競い、研究現場に多数の合成研究者や微生物研究者を配して堅固な研究体制を築き、新薬を次々と開発しながら長期にわたって右肩上がりに成長を遂げた。ところが、遺伝子組み換え技術が誕生して間もない1970年代半ばに、ほんの数名の有志によって創業された創薬ベンチャーが、バイオ医薬の道を切り開いたのだった。

バイオ医薬の黎明(れいめい)期をけん引し、市場の急拡大をもたらしたのは、1980年創業のアムジェン社が開発した遺伝子組み換え造血因子*6だ。それが、90年代の半ばになると抗体医薬が主役の座を奪い、今日に至っている。ちなみにバイオ医薬の世界市場は、2001年の総額が100億ドルに満たず、抗体医薬はその10%程度だったが、2007年には総額が500億ドルを超え、抗体医薬はその40%に達する*7。国内のバイオ医薬市場も同様で、2006年に総額4,500億円程度(抗体医薬が10%)だったのが2010年には7,700億円(抗体医薬が36%)へと拡大し*8、2020年には抗体医薬だけで7,000億円に達すると予測されている。

では、そもそも抗体とは何か。病原菌などの異物が体内に侵入すると、これに立ち向かう細胞集団に出動が命じられ、侵入者を認識できる抗体を作る能力のある細胞が選び出されて、抗体産生細胞へと成熟する。この細胞から侵入者を認識する抗体が放出され、体液を巡り、侵入者と遭遇し、とらえる。抗体は体液性免疫の立役者なのだ。

抗体を医薬として開発する研究の出発点は、1975年にさかのぼる。この年、モノクローナル抗体*9を人工的に効率よく、しかも大量に製造する技術が登場し、それから13年後に抗体医薬の第1号が誕生する。ただ、この技術はマウスを用いるため、作られる抗体はマウス由来のタンパク質だ。これをヒトに投与すると異物として認識され、これを中和する抗体が体内に誘導されて、せっかくの効果が打ち消されることになる。この異物性を乗り越えたのがキメラ抗体、ヒト化抗体だ*10。キメラ化技術が確立された1984年以降、本格的な抗体医薬の時代に突入し、1994年にキメラ抗体医薬の第1号が誕生してからは、毎年のように新しい抗体医薬が生まれている(ヒト化抗体医薬第1号は1997年に誕生)。そして言うまでもなく、抗体医薬も創薬ベンチャーなしには語れない。ちなみに、米国FDA(Food and Drug Administration)の新薬承認件数は、2004年以降、創薬ベンチャーのシーズに由来する新薬が製薬メーカーのそれを上回り、新薬開発における創薬ベンチャーへの依存度は高まる一方のようだ。

結びにかえて

国内の製薬メーカーの多くは、バイオ医薬の開発競争で苦戦を強いられているように見える。上市された抗体医薬はすでに20品目を超えるが、そのうち日本発がたった1品目。こうなった要因の1つは、国内に創薬ベンチャーを育む風土が醸成できなかったことだろう。製薬メーカーの強い低分子医薬指向と成功体験に寄りかかったブロックバスター戦略が裏目にでて、トレンドをつかみきれなかったことも、要因として見逃すことはできない。だが、ここにきて、ベンチャーの育成を目指した環境整備の重要性が声高に叫ばれ、5年ほど前からは、製薬メーカー大手の幾つかが欧米創薬ベンチャーの買収やオープンイノベーションなどを絡めてバイオ医薬の遅れを挽回(ばんかい)すべく猛追をはじめている。

こんな中に登場した協和発酵キリン株式会社の抗体医薬候補KW-0761にさまざまな思いを抱きながら、筆者はこの記事を書いた。心から声援を送りたい。

*1
レトロウイルス:RNAゲノムをもつウイルスで、逆転写酵素遺伝子を保有し、この酵素の働きによってRNAゲノムを相補的なDNA鎖に変換することができる。相補的なDNA鎖は、組み込み酵素の働きによって宿主のゲノムに潜り込む。

*2
EBウイルス:DNAゲノムをもつヘルペスウイルスの仲間。アフリカの小児にみられるバーキットリンパ腫の培養細胞株から発見された。バーキットリンパ腫の主要因であるが、慢性的なマラリア感染などが促進要因となってがん化すると推定されている。

*3
アンメット・メディカルニーズ(unmet medical needs):有効な治療方法がなく、いまだ満たされていない医療ニーズ。

*4
CCR4:白血球の遊走に関与するケモカインCCL17(= TRAC, thymus and activation-regulated chemokine)の受容体。正常組織中でCD4陽性Th2細胞に選択的に発現する。また、末梢性T/NK細胞リンパ腫に高発現する。

*5
抗体依存性細胞障害作用:標的細胞の表面抗原(この記事ではCCR4)に結合した抗体のFc部位に、Fcγ受容体を保有する細胞(NK細胞、好中球、マクロファージなど)がこれを介して結合し、標的細胞を障害する反応。

*6
造血因子:造血幹細胞から血球細胞へ分化・成熟する過程に関与するサイトカイン類のことで、この記事では、赤血球を増やすエリスロポエチン(erythropoietin;EPO)と顆粒球を増やす顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte-coloney stimulating factor;G-CSF)を指す。

*7
文献:医薬産業政策研究所リサーチペーパーシリーズNo.48, 2009年

*8
文献:日経バイオ年鑑2011

*9
モノクローナル抗体:単一クローンの抗体産生細胞に由来する抗体。細胞融合法を用いて抗体産生細胞と骨髄腫細胞を融合させて単一クローン化し、目的とする抗体を産生する融合細胞を分離する。この融合細胞を培養してモノクローナル抗体を得る。

*10
キメラ抗体、ヒト化抗体:遺伝子組み換え技術を用いて、抗体分子内の抗原と反応する可変領域をマウス型、その他を全てヒト型に改変した抗体をキメラ抗体と呼ぶ。また、可変領域内の抗原と直接結合する部位(超可変領域)のみをマウス型、その他をヒト型に改変した抗体をヒト化抗体と呼ぶ。キメラ抗体は分子全体の約70%が、ヒト化抗体は約90%がヒト型となる。