2011年5月号
単発記事
創薬におけるオープンイノベーション
~京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み~

寺西 豊 Profile
(てらにし・ゆたか)

京都大学 産官学連携本部 特任教授、
京都大学大学院医学研究科
メディカルイノベーション推進室長

早乙女 周子 Profile
(さおとめ・ちかこ)

京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻
知的財産経営学分野 准教授

室田 浩司 Profile
(むろた・こうじ)

京都大学産官学連携本部 特任教授

成宮 周 Profile
(なるみや・しゅう)

京都大学大学院医学研究科
メディカルイノベーションセンター長

京都大学が医薬品の開発を目指し、疾病分野ごとに大手製薬会社と本格的な連携に乗り 出した。アステラス製薬と造った次世代免疫制御を目指す拠点に続き、中枢制御で武田 薬品工業と、制がんで大日本住友製薬と、慢性腎臓病治療で田辺三菱製薬とそれぞれプ ロジェクトを創設した。

はじめに

京都大学は創薬における新たな産学連携事業の構築を目指し、2007 年 にオープンイノベーションプロジェクトとして後述するAK プロジェクト を立ち上げた。それを推進する場として2010 年12 月、「メディカルイ ノベーションセンター」(センター長:医学研究科教授・成宮周)を医学 研究科内に創設した。本プロジェクトは京都大学医学研究科と附属病院に 潜在するシーズを掘り起こし、製薬企業の開発力を生かして疾病分野ごと に製薬企業と個別に協働研究を進めることにより、医薬品開発を目指すこ とを目的としている。

その先駆けとしてアステラス製薬株式会社との「次世代免疫制御を目指 す創薬医学融合拠点」(略称;AK プロジェクト)が2007 年から始動して おり、着実に研究が進んでいる。

AK プロジェクトに続き、2011 年1月には、武田薬品工業株式会社と 組織的包括的産学連携で合意し、両者による「中枢神経系制御薬の基礎・ 臨床研究プロジェクト」(略称;TK プロジェクト)がスタートした。その 後も大日本住友製薬株式会社との協働による制がん研究拠点「悪性制御研 究プロジェクト」(略称;DSK プロジェクト)および田辺三菱製薬株式会 社との協働による「慢性腎臓病の革新的治療法を指向する基礎・臨床研究 プロジェクト」(略称;TMK プロジェクト)が本年3月からスタートしている。

図1

図1 医薬品市場

わが国の製薬産業は緩やかながらも成長を続けており、持続的な発展を目指す 重要な産業の1つとして位置付けられている。一方で世界トップレベルにあるわ が国の先端医学研究の成果が創薬につながっていない。その結果、わが国の製薬 産業は、ブロックバスターの特許切れにも関わらず後継品が上市できていない 上、国内医薬品市場における大幅な輸入超過と外資系製薬企業の市場占有率の増 加に直面している(図1)。

国が目指す「ライフイノベーションによる健康大国戦略」においても創 薬は主要なテーマであり、本プロジェクトによる製薬企業との協働研究開 発は、製薬産業の成長に向けての基盤強化に大きく寄与すると期待される。

メディカルイノベーションとは

製薬産業の課題である創薬ボトルネックは、創薬標的が枯渇しているに も関わらず、創薬標的の新たな探索や、臨床治験の成功確率向上への取り 組みにおいて、製薬企業が自前主義から十分に脱却できていないことに1 つの原因がある。

この解消のためには、基礎医学・臨床医学研究の情報をリアルタイムに 産学が共有し、それを基に創薬の各ステップでの validation を行うことで 開発の total risk の低減を図ることしか道はない。従来の学から産への hand off 型のリニアモデルから、知の相互交流を可能にするローリングモ デル、いわゆる1つ屋根の下での産と学との協働による創薬に特化した オープンイノベーション (本稿でいうメディカルイノベーション)が促進 されるべきである(図2

本メディカルイノベーションセンターは、疾病分野ごとに企業との組織 的包括的連携プロジェクトを推進することで、日本の先端医学研究の活性 化と企業における創薬活動のボトルネックを解消するインターフェースを 担う場を提供する。

<メディカルイノベーションセンター構想の推進>

先行するモデルは、2007年、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムとして採択され、京都大学とアステラス製薬株式会社との協働で進めている、いわゆるAKプロジェクトである。研究開始後3年間で、14創薬標的分子の同定を行い、これに基づき5つの創薬プログラムが稼働を始めた。その間18件の特許を出願している。

AKプロジェクトに続く新たな産学連携事業の構築の可能性を模索するために、京都大学医学研究科は2009年度、メディカルイノベーション検討会を設置し、本構想推進に向けて検討作業を開始した(検討会委員として湊委員長他、創薬担当;中尾、成宮、寺西、医療機器担当;中村、三嶋、平岡、椎名 各教授が参加)。具体的な活動としては、2010年2月5日に「日本の創薬におけるオープンイノベーションの在り方~創薬の隘路(あいろ)を乗り越える為に~」と題する公開セミナーを開催した。さらに2010年6月に、製薬企業を招き、「創薬のための先端医療開発構想」と題して産学によるメディカルイノベーションのあり方を模索するクローズドのワークショップを開催し、AKプロジェクトをモデルとした大学と企業が協働で1つ屋根の下に創薬に特化した研究活動を行ういわゆるメディカルイノベーションプロジェクトの提案を行い、本産学連携事業に対し製薬企業への参画を求めた結果、多くの企業からの賛同を得ることができた。ワークショップでの議論と大学内での検討を踏まえて、2010年10月にベルリンで開催された“WorldHealth Summit2010”において、准教授・早乙女と教授・成宮とで本構想を発表し、Merck社等世界の製薬企業を含め産学官の識者からも一定の評価を得た。

製薬企業との議論の中で、製薬企業が今後の創薬においてこれまでの生活習慣病分野等におけるブロックバスターを目指す方向から、今まで有効な治療薬の無かった疾病(Unmet Medical Needs)に目を向けた新薬開発の方針に転換することを模索していることを認識した。この方針転換をもたらした要因としては、新規創薬標的分子の枯渇とヒト臨床治験での成功率の低さがある。特に後者においては、臨床現場と製薬企業側との間の情報共有における隘路があるために、臨床医学研究現場の情報を製薬企業が十分に活用できず、その結果、とりわけ後期臨床治験での成功確率が低下し、いわゆる2010年問題(Patent Cliff)に直面したのではないかと推察される。

このパラダイムシフトを踏まえて、今後の創薬の研究開発生産性の効率アップを図るには、①疾患メカニズムに基づいて創薬標的蛋白を探索し、②それに対する分子標的薬の開発を行い、③この薬物の効果をバイオマーカーで早期にヒトで検証し、④その適応患者層の同定を探索臨床研究で行うことが重要と考えられる。この新しい薬物開発戦略は、従前のように企業単独ではなし得ず、患者情報にアクセスできる大学医学部、附属病院との連携でのみ可能になると考えられる。

各製薬企業においても、創薬開発プロセスを進めるにあたって、企業単独で行うことの困難さを理解し、これまでの自前主義からの脱却を志向し、産学連携を通じての創薬におけるメディカルイノベーションへのシフトを図ろうとしている現状がうかがえる。

図2 創薬ボトルネック解消へのモデルチェンジ

図2 創薬ボトルネック解消へのモデルチェンジ

メディカルイノベーションセンターにおける製薬会社3社とのプロジェクトについて

先に述べた製薬企業とのワークショップの後、特に積極的な取り組みを 検討いただいた製薬会社3社と交渉し、その結果3つの研究プロジェクト がスタートした。これらのプロジェクトは大学と企業が人材、資金、知見、 マネジメントを融合させ、お互いの知的資産を有効利用することで、画期 的な新薬・医療機器を生み出すだけではなく、創薬現場への医師/医学研 究者の参画による人材育成等の新たな創薬モデルをも構築しようとするも のである。

1.プロジェクト研究体制の基本

産学の双方に蓄積された知を相互に利用できる体制として、1つ屋根の下で協働して研究開発を進める体制を構築した(図3)。まず対象とする疾病分野に応じて、学内において臨床研究を担当する中核研究者(教 授)と基礎医学を担当する中核研究者(教授)を研究科長が指名し、基 礎・臨床医学の融合を図るとともに、複数の独立した若手の主任研究者 (PI)を研究テーマごとに採用し、研究面でのブレークスルーを目指す 体制を構築した。その上で企業の創薬開発研究者グループをこの拠点に 派遣してもらい、同じ拠点で日々研究情報の共有を図るとともに、大学 ではできない研究開発については企業内においてサテライトラボを設置 し、学内外で柔軟かつ連動性の高い体制の構築を目指した。また、産学 連携活動において最大の懸念材料になる研究成果の公表と特許出願の管 理に関しては、プロジェクトの中に知財管理の専門職人材を研究現場に 配置し、アカデミアの自主性を担保しつつ知的財産の確保に対しフレキ シブルに対応する体制を構築した。また若手の PI の将来のキャリアパ スを支援するためのスーパーバイザーも研究統括としてラボに常駐する 形にした。

今回スタートした3プロジェクトを併せて、総勢 200 名を超える規模となる。その内訳は、新規採用の PI(准教授レベル)約 20 名、ポス ドク・技術員約 30 名、知財専門職4∼5名、研究支援要員4∼5名計 約 60 名が、大学で雇用される。企業からのこのラボへの派遣研究員は、 約 15 名程度、さらに連携する各企業のサテライトラボ研究者は総計で 100 名を超える。


図3 プロジェクトの研究体制

2.迅速な意志決定を可能にするマネジメント

産学の平等なパートナーシップの基本理念に立ち、最終意志決定の場として、協働運営委員会が設置された(図4)。協働運営委員会は、産学の同数の委員により構成される。委員会の最終意志決定者は、大学側 の委員長とし、各企業側の委員としては、両者の最終合意が得られる決 済権を持つ取締役レベルの方が就任する。さらにこの下部委員会として 研究推進、開発推進、知財の各委員会を置き、各委員会の委員数は産学 同数を原則とするも、研究推進委員会は大学側が、開発推進委員会およ び知財委員会は企業側が委員長(最終決定者)にそれぞれ就くこととなっ ている。

図4 プロジェクトのマネジメント体制

図4 プロジェクトのマネジメント体制

3.研究費の規模等

3つのプロジェクトは、民間から研究資金(3プロジェクトで 10 億 円 / 年)を提供していただく形でスタートした。教授および企業派遣研 究者以外の PI、ポスドク、技術員、研究支援人材、知財専門職人材の 雇用費は、すべてこの研究資金から賄われ、大学において複数年間雇用 される。

さらに、中核研究者(教授)には、中核研究経費が別途支給される。 また PI は、自己のグループに属するポスドク1名を雇用でき、その上 に約 700∼1,000 万円の研究資金を使用できる。各 PI には、研究計画 書提出が義務付けられており、それに基づき研究推進委員会もしくは協 働運営委員会の承認を得て、研究が行われる。

4.研究施設

2011 年度は、大学の内外の研究施設を使い、一部企業の研究スペースも利用させていただきつつ、プロジェクトごとにスタートすることに なった。今後の計画として、2012 年6月に旧南西病棟の耐震改修工事 終了後設置される京都大学病院地区のオープンラボ拠点に集約化を図 る。併せて、平成 22(2010)年度先端技術実証・評価設備整備費等補 助金「技術の橋渡し」(拠点整備事業)に申請中のメディカルイノベーショ ンセンター棟新営構想が具体化すれば、この新棟に各プロジェクトを集 約し、現在交渉継続中の第4、第5のプロジェクトをスタートさせる予 定である。

大学におけるメディカルイノベーション(組織的包括的産 学連携)の位置付け

創薬開発は、基礎医学、臨床医学、製薬化学等多方面における学問領域 の融合が必要な分野である。これらの研究現場での活動を通して、アカデ ミアの研究者は新しい学問的な刺激を受けて成長し、また薬を必要として いる患者さんへの思いを自分の研究課題として受け止めることができる。 さらに創薬に向かう活動を行うことは、健康と福祉の向上に寄与する目的 で医学研究科に在籍する医師・研究者の意欲の向上につながる。このよう な研究活動の場を作ることはアカデミアのみでは不可能であり、大学が主 体となった組織的包括的産学連携を通したメディカルイノベーションの活 動のみが可能にする。また協働研究資金で若手の優秀な PI を多数雇用で きることは、faculty member への刺激ともなり、先端医学研究の活性化 に大いに役立つ。このような観点から複数年度にわたるメディカルイノ ベーション活動はこれからのアカデミアの研究活動自体の活性化に寄与す ると考える。

図5

図5 製薬企業の組織的包括的産学連携

米国でも、AK プロジェクトがスタートした 2007 年度から、グローバ ル製薬企業と有力な医学系大学との1対1の組織的産学連携が活発化しており(図5)、この傾向はここ2∼3年でますます増加の傾向にある。しかし日本の大学においては、まだ1大学 対1企業対応の連携活動は それほど多 くはない。特に大学組織として一研究科 主導での産学連携活動は、当メディカル イノベーションセンターにおけるプロ ジェクトが国内では初めてのケースであ る。プロジェクトリーダーや、中核研究 者の選任を研究科長の主導で行い、研究 科として指名することで、プロジェクト の継続性や、研究者の異動に伴う補充人 事等への対応を研究科が責任を持つことになっている点等が企業からの信頼性を 確保する形になっている。

まとめ

国立大学が法人化され、早7年が経過した。大学の第三の責務である研 究成果の社会への還元を具体化する1つの形として、大学からの特許出願 と技術移転活動が実施されてきた。この活動は明示的な成果物の社会への 還元であり、それなりの成果が挙がってきた。一方で大学には研究活動を 通して大学内に蓄積されて来たノウハウや、経験知等の暗黙知という貴重 な成果もあるが、この部分の活用を図るには、人と人とのヒューマンリレー ションに頼るしか道はない。2011 年2月 27 日から、米国で開催された AUTM 2011 年次総会(Association of University Technology Managers) において、組織的産学連携(Strategic Alliance)に関連するワークショッ プが開催された。ここで実際に協働研究を行っている研究レベルの高いメ ディカルスクールを持つ大学とグローバル製薬企業により、それぞれの立 場でその意義について講演がなされた。その中で、製薬企業側からは Real and on-going scientific exchange and collaboration is expected. の言葉で 代表される大学との知の共有に期待する意見が大多数を占めていた。

京都大学医学研究科のメディカルイノベーションセンターのような産学 の知の共有と協創の場においてこそ、暗黙知が最大限に生かされる。

この試みが国内においても幅広く展開されることは、先端医学研究の活 性化のみならず製薬産業のさらなる成長への基盤強化に寄与するものと考 えている。