2011年9月号
特集 - 深化する産学官連携とイノベーションの課題
バイオベンチャーの明日
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谷田 清一 Profile
(たにだ・せいいち)

財団法人 京都高度技術研究所 産学連携事業部 医工薬産学公連携支援グループ プロジェクトディレクター


欧米とわが国のバイオベンチャーの動向、取り巻く環境の変化を分かりやすく解説するとともに、わが国でバイオベンチャーが活躍できるようになるための条件を指摘する。

近ごろ、バイオベンチャーについて考えさせられることが多い。起業ブームは去ったが、バイオベンチャーに薬のリードを求める声は高まる一方のように感じられ、存在意義はむしろ増しているといえそうだ。もとより企業経営について門外漢も甚だしい筆者だが、イノベーションの鍵を握るバイオベンチャーについて、素人なりの視点から稿を起こしてみようと思う。

バイオベンチャーの誕生とその背景

アスピリンとともに幕を開けた近代製薬産業は、自前主義の堅固な研究開発体制を築き、巨額の資金を投入して新しい低分子医薬品を次々と生み出してきた。これに伴って市場は右肩上がりに成長を遂げた。この分野に大きな転換期が訪れたのは、1973 年に遺伝子組み換え技術が誕生して直後のことだ。この技術が起爆剤となって、生体由来の機能性高分子やその改変体を有効成分とするバイオ医薬品の開発が実現し、バイオベンチャー時代が幕を開けたのだ。先駆けとなるジェネンテック社(米国)が創業したのが1976 年。その後、米国を中心にバイオベンチャーが続々と誕生し、バイオ医薬品市場の急成長をもたらした。そこに集う研究者の中からは、ノーベル賞に輝く成果を挙げた者まで現れ、基礎と応用が連続した関係にあることを印象付けた。

ここに興味深いデータがある(図1)。売上高を指標に低分子医薬品とバイオ医薬品の起源をたどったものだ。低分子医薬品が製薬企業起源、バイオ医薬品がバイオベンチャー起源とくっきり色分けされる。前者の成長が鈍化しつつあるのに対して、後者の成長はまだまだ伸び盛りといえそうだ。バイオベンチャーがバイオ医薬品分野をけん引していることを如実に示すデータだ。ちなみに、2008 年の世界の医薬品売上高ランキングでトップテン入りを果たした医薬品は、「低分子」と「バイオ」で5品目ずつと、両者互角の様相を呈している*1

図1 世界の医薬品売上額の推移

図1 世界の医薬品売上額の推移

国内バイオ医薬品市場の成長も著しい。2006 年に総額4,500 億円程度だったのが2010 年には7,700 億円に達している*2。ただ、日本発のバイオ医薬品が非常に少ないことも見落としてはならない。国内の製薬企業の多くが、この成長市場において苦戦を強いられているのだ。現在、バイオ医薬品市場をけん引しているのは抗体医薬品だが、上市されている20 数品目のうち、日本発がたった1品目というところに苦戦のほどがうかがえる。強い低分子医薬品指向と成功体験に寄り掛かったブロックバスター戦略が裏目に出たと分析することもできるが、そればかりではないだろう。製薬大手がトレンドをつかみきれなかったことに加えて、バイオベンチャーを育む環境が整っていなかったことも苦戦の遠因となっているに違いない。

新薬開発事情とバイオベンチャー

日本の製薬産業の国際的な評価は高い。2008 年度の世界売上高上位100 品目を開発国別に眺めると、新薬開発能力を保有する国は10 カ国程度に限られ、その中で日本は英国に次ぐ第3位。頭ひとつというところだ。首位を独走しているのは米国だが、日本は善戦してきたといってよいだろう。ただ、ここにきて日本の新薬創出力に陰りが見えてきたとささやかれ、このままだと英国を追い越すどころか、今の地位を保つことすら難しくなると、その衰えを懸念する声が聞こえてくる。

新薬開発は、20 年以上も前から日・米・欧の三極で平行して進めるのが常識となっている。ただ、国内の承認審査が他国に比べて長い期間を要することから、海外開発に比べて新薬承認に数年の遅れが生じるため、海外で先行発売されるのが通例だ。ドラッグ・ラグの解消が叫ばれる昨今だが、その解消には時間がかかりそうなのが気掛かりだ。

もう1つ気になることがある。メガファーマを筆頭に外資系製薬企業のほとんどが日本での研究開発を断念し、研究拠点を次々と上海などへ移転していることだ。これを、日本にはもはや市場的価値しか残されていないと見るべきなのだろうか。確かに2009 年の世界市場の11.1%*3 を占めるので、それなりの規模といえるかもしれないが、研究開発拠点としての魅力が失われてしまったのだとすれば、「モノづくりニッポン」としては危機的状況といわざるをえないだろう。

この動きに呼応するように、数年前からは、国内製薬大手による海外への投資が目立つ。欧米のバイオベンチャーや中堅製薬企業の買収がそれだ。2007 年以降に大手6社が買収に投入した資金総額は2.2 兆円に達し、さらに1兆円を超す大型の買収計画が進行している。欧米の製薬企業がM&A によって急激に肥大化し、メガファーマと呼ばれるようになったことを思えば、20 年遅れの動きといってもいいかもしれない。しかし見方を変えれば、世界に通用するバイオベンチャーが国内に存在しないことを物語っているともいえそうだ。

このような動きが生まれる背景には、世界的に製薬企業の新薬創出力が限界に達していることがある。米国食品医薬品局(FDA)の新薬承認件数をみれば、2004 年以降、バイオベンチャー起源の新薬が製薬企業のそれを上回っている。基盤となる特許を軸に自己完結型の研究開発が進められてきたこの世界にも、新しい波が押し寄せているのは確かだ。

バイオベンチャーを取り巻く国内事情

ベンチャー先進国の米国では上場バイオベンチャーが350 社を超えるといわれている。一方、国内では、経済産業省による大学発ベンチャー1000 社計画発表直後の2002 年に総数334 社だったのが、2006 年に586 社に達し、これをピークに減少傾向が続いていて、2009 年には558 社となった*4。現在、上場を果たしているのは20 社程度にとどまり、上場後も株価が低迷して、資金調達の厳しい状況が続いている。起業件数も、投資環境も欧米に大きく水をあけられているのが現状だ。ちなみに、558 社をカテゴリー別にみると、トップスリーは医薬品(68 社)、試薬(34 社)、診断薬(33 社)だ。トップが68 社というのは意外に少ないと思えるが、どうだろう。

薬づくりを目指す国内バイオベンチャーの多くは、非臨床試験段階をクリアする力を付けつつあるものの、第一相試験を終えて第二相試験段階でライセンスアウトの交渉に臨む欧米バイオベンチャーとの力の差は歴然としている。アカデミア発の医薬品シーズが製薬企業へ技術移転されることがまれなのも、シーズの価値の見極めが不十分なところへ持ってきて、移転のタイミングへの理解と関心が不足しているからではないだろうか。

ごく最近、オープンイノベーションに軸足を置いた大型の産学連携の試みが発表された。京都大学のメディカルイノベーションセンターの新事業がそれだ。これなどはバイオベンチャーが本来担うべき領域を大学と製薬企業が連携して埋める役割を果たす可能性があり、筆者はこの点にも注目している。なお、この事業については、本誌の本年5月号の記事に詳しい*5

バイオベンチャーを支える人材

バイオベンチャーがなぜこの国に育ちにくいのだろうか。そもそも手本となるバイオベンチャーが存在しないところへもってきて、資金調達が極めて難しい状況が続いており、投資を促す仕組みづくりも後手に回っている。その背後で、失敗を許さないこの国の風土が拍車を掛けているといえそうだ。バイオベンチャー先進諸国の人々とのメンタリティーの違いを強調する向きもあるが、し過ぎると出口の見えない悲観論に陥ってしまう。ともかく、人材の裾野を広げる努力を怠るべきではない。

アントレプレナーシップの旺盛な人材の多寡が、バイオベンチャーの件数に反映していると見ることもできる。この種の人材には、分析的で緻密なイメージよりも、子供が何かをたくらんで面白がるイメージが近いように思える。既存の価値にとらわれない自由な視点と柔軟な発想、飽くことのない好奇心と失敗を恐れない楽天性、思い付きへの強いこだわり、試してみたくてたまらない冒険心、人を驚かせて楽しむ遊び心、そして何よりも若さだ。それも精神的な。

そこに分析的な緻密さが加わり、受け入れる環境が整わなければならないわけだが、人と人との関係性も見逃してはならないだろう。主要な発明のほとんどは、相補的な能力を持つ人材同士の連携によってもたらされたといわれているが、バイオベンチャー先進国を眺めていると、なるほどという気がしてくる。志を同じくする数名の仲間が協働して創業し、仲間同士が「個と個の積」としてお互いにお互いを刺激し、相補し、相乗的に機能を果たした末に成功を手にした事例が多いのだ。一方で、形を整えただけで十分な活動がなされないまま解散に追い込まれた大学発バイオベンチャーを間近に見たことのある筆者は、形にとらわれすぎて人材への思慮を欠いた組織の脆弱(ぜいじゃく)さを思い知らされた。

結びにかえて

バイオベンチャーについて、いくつか視点を変えながら眺めてきたが、希望は見える。この国のバイオベンチャーからも、臨床試験の成績に基づいて製薬企業への導出を目指す動きがようやく現れてきたからだ。

欧米では、バイオ医薬品の研究開発を支える裾野産業までが一体となった企業の集積が進み、クラスター化する傾向が著しいが、この国では、残念ながらまだまだ掛け声の域をでないようだ。

バイオ医薬品の将来はどうだろうか。現在、この分野をけん引している抗体医薬品の開発競争は10 年後に頭打ちになるといわれている。それに続くバイオ医薬品として期待を集めているのが次世代型ワクチンと核酸医薬品だ*6。これらの開発競争は始まったばかりだが、期待値の大きさから、抗体医薬品後のバイオ医薬品市場を支えるだろうと予測されている。見方を変えれば、バイオベンチャーの活躍の場の広がりを示す予測ともいえる。さらに深読みすれば、低分子医薬品を指向するケミカルベンチャーにも新たな活躍の場が約束されている、と読み解くこともできるだろう。

ともかくもイノベーションの機会を逸することのないように、国を挙げてバイオベンチャー支援の仕組みづくりを急がなければならない。日本で生まれたバイオベンチャーが世界の薬づくりに新たな1ページを加える日が訪れることを願って、この稿を閉じる。

*1
Nature Japan Focus,June 30, 2011.

*2
日経バイオ年鑑2011

*3
IMS World Review 2010

*4
財団法人バイオインダストリー協会.2009 年バイオベンチャー統計調査報告書.2010.

*5
寺西豊;早乙女周子;室田浩司;成宮周.創薬におけるープンイノベーション~京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み~.産学官連携ジャーナル.Vol.7, No.5, 2011. p. 29-34.

*6
Christian Elze. 日本の医薬品研究開発-現状と将来展望.医学のあゆみ.Vol. 234,No. 9, 2010. p. 831-835.