2013年12月号
特集1 - 女性の参画 次の100年へ
日本初の女子学生誕生
顔写真

永田 英明 Profile
(ながた・ひであき)

東北大学史料館 准教授



わが国の大学で初めて女子学生を受け入れたのは現在の東北大学。100年前の1913年のことである。女子学生誕生の背景は?

文部省から総長に手紙

大正2(1913)年8月9日、東京の文部省専門学務局長から仙台の東北帝国大学(以下「東北帝大」)総長に宛てて、一通の質問状が送られた。「女子ヲ帝国大学ニ入学セシムル事ハ前例コレ無キ事ニテ…」云々。この年東北帝大を数名の女性が受験したことにつき大学側の真意を質す手紙である(写真1)。一方大学側は8月13日にこの年の入学者名簿を文部省に報告。丹下ウメ・黒田チカ・牧田らくという3人の女性の名前がその中に含まれていた。

写真1 文部省専門学務局長から東北帝国大学総長宛てに送付された質問状

3人の女性の東北帝大への入学は、広く報道され大きな反響を呼んだ。新聞各紙には好意的な記事の一方で批判的な意見も多く載せられ、まだまだ女性の大学進学が手放しで歓迎される雰囲気ではなかったようだ。実は女子学生を受け入れた東北大学でも学生たちの反対運動があった。彼女たちよりも男子学生のほうが警戒していたのである。

東北帝大の女子学生受け入れは、それ以前から既存大学の女性への「門戸開放」の可能性を指摘していた総長澤柳政太郎(1865-1927)が主導したと言われている。しかしその実現にはさらなる背景があった。まず明治44(1911)年に発足したばかりの東北帝国大学理科大学は、学生数の確保という問題を抱えていた。そこで「門戸開放」と称して旧制高校卒業者以外にも特定学校の卒業者や中等教員免許保有者に入学資格を広げており、彼女たちの入学はこの「門戸開放」方針の延長でもあった。一方彼女たちの出身校(日本女子大学校、東京女子高等師範学校)の側にも思惑があった。3人の女性はいずれも当時母校で教員等として後進の指導にあたっており、学校側は卒業後教員として復帰させることを念頭に彼女たちの帝大進学を熱心に勧めたようだ。3人の東北帝大入学は、彼女たち自身の向学心もさることながら、関係者のさまざまな思惑が重なった「実験」でもあったのだ。

女性科学者・黒田チカ

写真2 黒田チカ
(東北帝大在学中)

この時入学した一人が、紫根や紅花など天然物の色素研究で知られる女性化学者・黒田チカ(1884-1968)である(写真2)。黒田は佐賀師範学校・東京女高師理科の卒業で、東北帝大受験時には東京女高師の助教授であった。喧噪(けんそう)の中、周囲の好奇の目に晒されての入学であったが、学生生活自体は好きな実験と勉強に没頭した充実した日々だったという。卒業研究のテーマは紫根の色素分析。天然の色素研究をやりたいと指導教官の眞島利行教授(有機化学 1874-1962)に相談し即座に提案された。黒田は大正5(1916)年、牧田らくと共に東北帝大を卒業するがその後も副手として大学でこの研究を続け、大正7(1918)年に論文を発表、化学構造を特定の上、紫根の色素を「シコニン」と命名した。その後教授として東京女高師に復職し、大正10(1921)年からは文部省在外研究員として3年間英国留学。帰国後は恩師眞島利行が兼務する理化学研究所(以下「理研」)にも研究員として在籍した。昭和4(1929)年には理研での研究をまとめた「紅花の色素カーサミンの研究」でわが国二人目の女性博士となった。

写真3 高血圧予防治療薬として発売された「ケルチンC」

そんな黒田の研究の中で薬品としての実用化に至ったユニークな研究が、タマネギ外皮の成分研究。戦時中にとある学校の生徒からタマネギの外皮を使うと薄茶色の染物ができる理由を聞かれたのがきっかけであった。黒田は戦後海外の研究成果をさらに進める形でタマネギ外皮にケルセチンが含まれることを証明したが、このケルセチンに血圧降下の効用があることに気付き、各所から大量のタマネギの皮を集めてさらに研究を進め錠剤を試作、昭和28(1953)年12月に特許を取得し、その後日米薬品株式会社からケルチンC(写真3)として発売した。昭和39(1964)年にNHKが制作した、黒田を主人公とする子供向けドラマのタイトルも「たまねぎおばさん」。若き日の市原悦子が黒田を演じている。

女子入学100周年を迎えて

黒田と同じく化学科に入った丹下ウメは、東北帝大卒業後大学院などを経て米国に8年間留学、帰国後は母校日本女子大学や理研に籍を置き、ビタミンB2の研究などやはり女性化学者のパイオニアとして活躍した。一方、数学科に入った牧田らくは卒業後母校に復職するも洋画家・金山平三との結婚を契機に退職。中央画壇から訣別し孤高の画家と呼ばれた金山を支える生涯を送った。

今年2013年は、3人の女性が東北帝大に入学してから100周年にあたる。この3月には、黒田チカの天然色素研究関連資料が日本化学会の化学遺産に認定され、現在お茶の水女子大学および東北大学で保管されている。両大学では彼女たちをテーマにした企画展も開催された。明治から昭和にかけての激動の時代を「科学」との関わりの中で生きた女性たちに、あらためて光があてられつつある。