2014年4月号
特集1 - ビジネス創造の歯車を回す
大学発ベンチャーの可能性を引き出す
―その現状、課題、戦略―
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松田 修一 Profile
(まつだ・しゅういち)

早稲田大学 名誉教授



大学発ベンチャー創出の政策が打ち出されてから13年。これまでに2,000社以上設立されたが、世界を狙えるような企業は極めて少ない。しかし、イノベーションを牽引(けんいん)するその役割への期待は大きい。

大学発ベンチャー政府目標の経緯

2001年3月、「失われた10年」を「インキュベーションの10年」に転化するため「科学技術基本計画」を定め、「総合科学技術会議は、内閣総理大臣のリーダーシップのもと、政策推進の司令塔として、省庁間のタテ割りを排し、先見性と機動性を持って運営し、経済財政諮問会議、高度情報通信ネットワーク社会推進本部(IT戦略本部)などと緊密な連携をとる」との閣議決定が行われた。経済産業省は、いわゆる平沼プランを発表し、具体的な政策目標を設定した(図1)。

図1 平沼プラン2001年以降の政府目標

この時点で日米の比較をすると、大学発ベンチャー企業数128社対2,256社、技術移転機関(TLO)22カ所対130カ所、技術移転件数69件対1万5,480件であった。このような日米の格差を是正するために、国立大学教員の兼職禁止が解禁され、認定TLO(知財移転機関)への助成、TLO運営への人材派遣、MOT(技術経営)教材開発支援など施策を実行してきた。

2001年当時、政策目標の中で最も達成困難であると考えられたのが、3年間で大学発ベンチャーを1,000社誕生させることであったが、大学や教員の意識が徐々に変化し、2002年から急増し始めた。①教員の特許を活用した技術移転型起業 ②特許以外の大学の研究成果活用型起業 ③教職員・学生による人材移転型起業 ④大学が支援した出資・経営支援型起業の4タイプの大学発ベンチャーが、政策目標通り3年後の2004年3月には、累積1,000社を超えたのである。

大学発ベンチャーの現状と課題

「大学の自治」を達成する3要素である「教育・研究・財務」の重なるエリアが、大学発ベンチャーと言うことができる。大学は、教育による人材の輩出を超えて、「教育・研究⇒成果の事業化⇒大学発ベンチャー⇒IPOとM&A⇒キャピタルゲインの財務貢献⇒教育・研究へ投資」というエコシステムが確立しない限り、世界のトップ大学に伍(ご)して、長期に発展維持していくことは困難である。

2012年までに、累積で2,000社を超える大学発ベンチャーが設立された。しかし、米国における大学発ベンチャーの設立件数と比較すると、格差は拡大している(図2)。

図2 日米の大学発ベンチャー設立比較

米国では、スタンフォード大学発の検索エンジン・ベンチャーであるグーグルが1998年に設立され、ハーバード大学発のソーシャルネットワーク・ベンチャーのフェイスブックが2004年に設立された。2社のその後の急成長と企業価値、雇用創出は、米国経済に大きく貢献している。

日本では、2,000社のうちIPOした企業が24社に達している。通常の株式会社設立件数からするとIPO達成確率は極めて高い。しかし、米国のように短期間で急成長を遂げた大学発ベンチャーはない。また、このうち過半はリビングデッド状況である。米国では3年で50%倒産すると言われているが、日本の大学発ベンチャーの異常な倒産率の低さは、研究者を中心とした経営チームが、通常ベンチャーがたどる成長努力を行っていないからである。

そもそも、大学発ベンチャーが政策目標に上がった時点で、大学研究者が研究成果を事業化するという大学文化がなく、大学のベンチャー支援の3点セットであるTLOやインキュベーション施設が少なく、ベンチャーキャピタルが1社しかなかった。研究成果の事業化に対するベンチャー投資が禁止されているという不完全な仕組みであった。

文部科学省の新たな挑戦

大学発ベンチャーが2,000社以上設立されたが、世界を狙えるようなベンチャーが極めて少ない。大学発ベンチャーの枠組みをつくったが、研究成果を活用した社会貢献という魂が入っていなかった。このような反省に立って、文部科学省は、2つの事業をスタートした。

1.2012年から始まったSTART事業(大学発新産業創出拠点プロジェクト)

文部科学省が、「大学等発ベンチャーは、実用化されるまで時間を要するため、民間の投資が敬遠する。そこで、ベンチャーキャピタル等の民間の事業化ノウハウを持った目利き人材(事業プロモーター)を活用し、リスクは高いがポテンシャルも高い大学・独立行政法人等の技術シーズに関して、起業前段階から、事業戦略・知的財産戦略を構築し、市場や出口を見据えて事業化を目指す」新たな取り組みを開始した。公募により選定された事業プロモーターと応募により採択された大学等プロジェクトに対して、研究成果の事業化のための経費補助の支援を行う3年間の事業である。

ただし、この時点では、研究成果を事業化したベンチャー企業に対して、大学が投資をするスキームがなかった。

2.2014年から始まった官民イノベーションプログラム

わが国の産業を中長期にわたる低迷の状態から脱却させ、持続的発展の軌道に乗せるため、経済社会情勢の変化に対応して、産業競争力を強化するために「産業競争力強化法」が、2014年1月から施行された。この法律で、国立大学や省庁管轄の研究機構等が、その研究成果を活かすために、研究成果の事業化に対して出資を行うことが可能となった。

従来大学や研究機構の認定された研究プロジェクトには、国民の税金から多大な研究投資(インプット)が行われ、特許等の研究成果(アウトプット)の評価をしたが、最高位の評価を受けたとしても、事業化し、産業化することによって、国民へのサービス(アウトカム)を果たしたか否かの長期モニタリング方法がなかった。産業競争力強化法は、国民へのサービスを実現する研究成果には、大学や研究機構が、事業化を進め、資金とマネジメントを多面的に支援するプラットフォームになる道を拓いたのである。

すでに、「大学の研究成果を活用した新産業の創出」として、2012年度補正予算で、日本の4研究大学に1,000億円が投資資金として配分された。文部科学省は、「成長による富の創出のためには、豊富な民間資金、多様な人材、優れた技術力などのわが国の潜在能力を引き出し、新たな需要や市場といった社会的価値を創出するためには、大学における研究成果の活用が極めて重要である」という認識に立った官民イノベーションプログラムの投資スキームを提示した(図3)。

図3 官民イノベーションプログラムの投資スキーム

世界を狙う大学発ベンチャーの課題

今後、国立大学等が、研究成果の事業化に対する官民ファンドの投資スキームを構築するときの基本モデルになることが予測されるが、次のような課題や懸念が残る。

① 民間出資者の投資リスク回避の風土

独立系の起業ファンドへの民間資金が極端に細っていたが、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や官民ファンドに多額の民間資金が集まり始めた。官主導の投資で、民間出資者がリスクや責任を回避する意識があるとすれば、自己リスクで投資するのとは真逆の日本風土を助長する懸念がある。

② 大学等のベンチャー輩出スキームの未成熟

大学等発ベンチャー輩出には、研究教員の事業化意欲を前提に、TLO、インキュベーション、大学ファンド、OBメンター等の長期整備が不可欠である。輩出スキームが未成熟のまま、ベンチャーの環境変化スピードについていかねばならない。

③ 大学の投資関与者の専門レベル

知財の競争優位性を確認する技術デューデリジェンス、事業・市場デューデリジェンス、最適な経営チームによる事業計画、この事業全体を統括する投資家等の専門家チームが、大学の投資関係者となる。世界最高レベルの能力と能力に見合うインセンティブが不可欠である。

④ 大学研究者評価の文化とインセンティブ

研究成果を事業化した研究者の活動は、大学教員を教育と研究視点中心に評価する大学から正当に評価されているとは言えない。研究成果の知財価値、ストックオプションを含む出資、大学への財政寄与に対する大学からの謝意など、明確にすべきことが多い。

⑤ 大学知財の独立性と知財価値意識

大学知財の専用実施権をベンチャーに付与する場合に知財が独立し、研究論文の発表内容や特許申請のタイミングなど知財戦略が存在し、知財価値、知財の現物出資等、大学組織・大学キャピタルと研究者との間で、基本コンセンサスが不可欠である。

⑥ 期間限定のポートフォリオ投資と責任

研究成果を事業化するための死の谷の克服のための官民ファンドの期間は、15年で5年延長可能である。20年間で2%の管理報酬を支払うと、投資資金は60%になる。投資元本を返済するファンドが、どのようなベンチャーに投資するかポートフォリオが明確ではない。

⑦ 通常の民間企業と同様のリスクマネジメント

民間企業としての大学発ベンチャーはビジネス上の訴訟リスクや利益相反が生じる。大学発キャピタルは、国際会計基準で会計処理する必要がある。官民ファンドという以上は、50%は民間資金が投資されなければならない。リスクマネジメント能力が問われる。

産業界と距離を置くことが「大学の自治」であると錯覚していた数十年間を、一気に取り戻そうとする政策が、大学発ベンチャーであるとも言える。世界のトップに伍した研究大学として生き残るには、研究・教育・財政の一体的改革を成功させなければならない。まず一歩踏み出して、大学の叡知により、多くの課題や懸念を解決しようとする関係者の努力に期待したい。