2014年4月号
特集1 - ビジネス創造の歯車を回す
志は強く、岐路では柔軟性を
―「クモの糸」に賭けた起業家の決意―

関山 和秀 Profile
(せきやま・かずひで)

スパイバー株式会社 代表取締役社長



ベンチャーに関心を持つ人たちの間で、山形県鶴岡市が注目されている。同市にキャンパスのある慶應義塾大学先端生命科学研究所(冨田勝所長)から生まれた2つのベンチャー企業が相次いで大きな事業を展開したからだ。一つは、独自開発した細胞内の代謝物質(メタボローム)分析技術を基にビジネスを展開しているヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(2003年創業)。同社は2013年12月に東証マザーズに上場した。

もう一つのスパイバー株式会社(2007年創業)はトヨタ自動車系の大手自動車部品メーカー、小島プレス工業株式会社(本社:愛知県豊田市)と提携し、鶴岡市内に共同で試作研究棟(事業費約7億5千万円)を建設し、昨秋から稼働させている。同社は、クモの糸の組成にヒントを得た合成繊維の開発・事業化を目指しており、新研究施設で「量産化技術の確立」と自動車部品などの製品化に向けた「試作」を行う。両社は今後、第二期の大型設備投資も計画している。

人工クモ糸繊維は強度と伸縮性を兼ね備えた夢の繊維。同研究所でクモの糸を研究し、大学院時代にスパイバーを起業した関山和秀社長は、なぜこの夢のビジネスに賭けたのか。

(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)

― 高校生のころから起業を志していたとお聞きしました。

関山 高校時代、将来は友人と一緒に事業をやりたい、という話をずっとしていました。1998年から2000年当時、IT関連のベンチャーが設立されはじめ、起業がホットになり、刺激を受けていました。しかし、それらのベンチャーが行っているような事業は自分たちがやりたいことと少し異なるという印象を持っていました。高校生なので具体的な仕事のイメージはありませんでしたが、本質的に世の中の役に立つような仕事でないと長続きしないだろう、エネルギー、環境、食料など人類規模、地球規模の課題を解決できればマーケットとしても大きいだろうと考えていました。

スパイバー創業メンバーの一人は高校1年の時のクラスメートです。

― 進路の選択は?

関山 慶應義塾の高校だったので、エスカレーター式で大学に上がれるのですが、学部を選ばなくてはいけません。3年生のとき、環境情報学部と総合政策学部のある湘南藤沢キャンパス(SFC)の説明会があり、その説明役が冨田勝教授でした。同キャンパスにて取り組んでいる研究テーマが紹介されましたが、冨田教授ご自身が関わるバイオテクノロジーの話に熱が入っていました。バイオは次の時代のキーテクノロジーになる、ちょうど私が大学に入る2001年に山形県鶴岡市に慶應が世界最先端のバイオの研究所をつくるので、SFCに来ればその研究所にも行くことができる、というお話でした。とても熱い先生だと感じ、こういう先生のところで学びたいと思いました。そして環境情報学部に入学し、1年生のときから冨田研究室に入れていただきました。

起業のために最先端のバイオ学ぶ

― 大学時代もベンチャー企業設立を考えていましたか。

関山 当時の私は研究者になるつもりはなく、最先端のバイオを使った事業を起こそうと考えていましたので、そのためにバイオの勉強をしていました。しかし、人類社会に大きなインパクトを与えられるシーズ、あるいは自分の人生を賭けるようなシーズはありませんでした。

3年生の時、大学(学部)を卒業したら、アメリカのビジネススクールに留学し、シリコンバレーの研究者と仲良くなりベンチャーを起業しようかな、などと考え、そのことを冨田教授に相談したことがありました。応援してくれると思っていたのですが、冨田教授は否定的で、「おまえがそんなに器の小さいやつだと思ってなかったよ」「自分でシーズをつくってからビジネスのことなんかは学べばいいじゃないか」と、叱咤(しった)されました。

そう言われて、「それだったら自分でやってやるか」と考えが変わり、どういうプロジェクトをやるかということを本格的に考え始めました。

― スパイバーの設立は2007年9月ですね。

関山 そうです。博士課程に進んで1年目でした。学部のころからやり始めたテーマやアイデアはたくさんあったのですが、その中の1つのテーマにクモの糸があり、たまたまそれが今まで続いているという感じです。会社は3人で始めました。創業メンバーは、先ほどお話しした高校の同級生の水谷英也と、一緒に研究をしていた冨田研究室の2年後輩の菅原潤一です。水谷は当時、トーマツ(監査法人)に勤めていたのですが当社を起業するにあたりそちらを退職し、現在は当社のCFO(最高財務責任者)、菅原はCTO(最高技術責任者)です。

ベンチャーキャピタルから3億円

― その後の展開は?

関山 初めのころは売り上げもほぼありませんでしたし、大きな額の助成金をいただいていたわけでもなかったので、社員を増やすこともできず、機械や装置も本当に必要最低限のものしか買えない状態でした。転機は、2009年にベンチャーキャピタルから総額3億円の資金調達に成功したことです。ジャフコから2.5億円、ニッセイ・キャピタルから5千万円調達しました。これにより社員を増やすことができ、設備の拡張も可能になりました。

― 資金が得られたきっかけは何ですか。

関山 ある経営者に会社に入っていただいたことです。あるとき、ジャフコの方から「こんな人がいます」と紹介されました。その方は、ベンチャー企業を起こしてジャスダックに上場させ、その後、経営からは退き大学の博士課程でイノベーションの研究をされていらっしゃいました。その方とすごく気が合って…。われわれは若いメンバーだけでやっていたので、「会社の体をなしていない」と言われました。「協力してもいいよ」と言ってくださったので、その方に入っていただきました。

― ジャフコとしては、経営者を紹介することによって、御社の経営状態をよくしたり、その人の投資の目利き力を当てにしていたというところもありますね。

関山 全くその通りです。その方が中に入り、会社をちゃんとコントロールしてくれれば投資をしてもいい、ということだったと思います。実際に、その方がリードして資金を調達できました。私たちは、会社の経営についていろんな面でその方から学びました。その方は、現在は当社役員を退任されています。

小島プレス工業と提携

― 小島プレス工業との提携も転機になりましたね。

関山 そうです。小島プレス工業さんとの連携は2年ほど前から進めています。きっかけは、3年ほど前になりますが、慶應の大先輩が当社に見学にいらしたことです。その時は「これは面白い。この素材が将来、自動車素材に利用されると良い」とおっしゃっていただきました。その後、輸送機器関係の方が何度かお見えになりましたが、新素材は簡単に物になるような事業ではないことが分かり、話はあまり進みませんでした。そこで先の先輩が、機動的で研究開発能力が高いとてもいい会社がある、そこなら現在の段階でも取り組んでもらえるかもしれない、と紹介してくださったのが小島プレス工業さんでした。

すぐ小島社長と研究開発担当の役員がいらっしゃって、これは面白い、一緒にやりましょうと、ほぼその場で提携が決まり、約半年後に契約を締結、開発が始まりました。

― 小島プレスにはどんな狙いがあったのでしょうか。

関山 部品メーカーが材料まで持てるというのはすごく大きいことだと思います。材料から自分たちで設計し、それで部品をつくることができるということは、事業の幅を大きく広げ、自分たちの強みになります。素材事業をゼロから立ち上げるというような位置付けで、この事業に取り組んでくださっています。今は共同事業の契約ですが、年内にジョイントベンチャーをつくる予定です。

― 小島プレスとの提携で建てたのは試作研究施設ですか。

関山 当社が今までやってきたのはラボスケールの研究開発です。単にクモの糸を人工的に合成する、ということをやっているわけではなくて、天然のものより機能――強度、伸縮性、紫外線への耐性など――を高めることや、生産性を向上させることを目指しています。そういう新しい分子を設計し、実際に合成し、評価する。その評価結果を分子設計にフィードバックするというサイクルを繰り返しています。また樹脂など他の材料との複合化などについても研究をしています。ラボスケールであれば研究開発に使う材料は数グラムや数十グラムといったオーダーで十分でした。

しかし、小島プレスさんが自動車部品のサンプルをつくり、いろいろな試験、評価を行おうと思ったら、数キロ単位から数十キロ、場合によっては数百キロオーダーの材料が必要になります。一気に千倍ぐらいにスケールアップしなければいけない。そこで、製品試作ができるぐらいの規模のテストプラントを立ち上げようということになりました。

自由に進められる研究

― それにしても、先端生命科学研究所を中心とした、いわばサイエンスパークへの鶴岡市や山形県の期待は大きいですね。投入してきた資金も相当な額になります。

関山 ここの研究所は、恵まれている研究所の一つだと思います。研究者は自分の裁量で相当自由に研究が進められますし、みんな大胆にやっています。使える資金も潤沢です。この研究所にはいろいろなポートフォリオがあります。むしろ結果的にそうなったという感じです。研究者の主体性に任せているため、いろいろなプロジェクトが立ち上がります。その全てが成功するわけではありませんが、何か面白そうなものが1個か2個でも残れば、それがすごく大きく成長し、飛躍する可能性を持っています。

この研究所ができたとき、メタボロームがメーンになるとは誰も考えてなかったと思います。冨田さんが声を掛けこの研究所に集まった研究者の一人に曽我朋義教授がおり、曽我先生がメタボロームで大きな成果を出されたので、それがメーンストリームになっていきました。われわれがやっているクモの糸の開発は、私が学生のときに始めた研究ですが、既に研究所で行われていた研究でも何でもなくて、たまたま生まれたプロジェクトです。それがうまくいきそうだからやってみようか、という雰囲気の中で研究開発を進めていました。

当初、クモの糸の実用化は簡単にできるものではない、という認識を持っていましたので、まずはDNAの中に情報を書き込むという技術で事業を軌道に乗せて、それが軌道に乗ったらクモの糸の研究に入っていこうと考えていました。しかし、結果的にクモの糸の研究で資金の調達をすることができ、実用化もこの研究の方が早いのではないか、という状況になりました。研究の進捗(しんちょく)や、外的な要因を見ながら経営判断を多様に変えてきましたが、そこが良いところなのかなと思っております。

惑わされずに経営判断

― ベンチャー成功の要因についてどう思いますか。

関山 まだ成功しているとは全く思っていませんが、7年間潰れずに成長してこられたのは良かったです。要所要所でチャンスを見逃さず、周りに惑わされずに判断してきたとは思っています。なので主要株主の意見だからといって何も考えずに受け入れたりはしません。こう言うと怒られてしまいますが、私たちの研究は投資家のためだけにやっているわけではないので、自分たちの選択が、人類社会のために大事だと判断すれば、投資家とけんかをしてでもその選択を通してきていると思います。

― 先端生命科学研究所と2つのベンチャー、すなわち御社とヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)を合わせると、働いている人は相当な数になるようですね。

関山 研究所が150人ぐらいでしょうか。HMTがおよそ50人、当社も50人くらいなので合わせて250人ほどです。当社はこれからかなり増えると思います。4月に新たに5人のメンバーが加わりました。今後、1〜2年で倍ぐらいになる可能性もあります。キャンパス全体では、中長期的に千人規模になってもおかしくないと思います。

― 鶴岡が注目されています。

関山 ベンチャー企業を起こした私の後輩が、鶴岡で新会社をつくりたいと言っていました。われわれとのコラボレーションもありますし、県や市のさまざまなバックアップがとても良いようです。恵まれた環境だと思います。

― ありがとうございました。