2014年11月号
特集 - 医療機器開発 医工連携の課題
実況 医療機器ビジネス創業
顔写真

松宮 利裕 Profile
(まつみや・としひろ)

株式会社シャルマン 取締役 常務執行役員



メガネフレームメーカーの株式会社シャルマンは、2012年春以降、眼科手術用、脳神経外科用、血管外科用の機器を相次いで売り出した。販売しているのは200品目に達している。医療機器という新しい分野への進出を短期間に実現できたのはなぜなのか。

メディカル事業キックオフ

株式会社シャルマン*1(以下「弊社」)は、眼鏡産地である福井県鯖江市を拠点にメガネフレーム、サングラスの商品企画から製造、販売までを一貫して行う企業である。現在、弊社の製品は世界の3万店舗以上の小売店で販売されている。

弊社は2012年4月に医療機器製品の販売を開始した。当初は眼科用汎用(はんよう)鋼製機器10品目で、その後品目数を追加しながら、2013年2月には、脳神経外科用剪刀(せんとう)シリーズを上市。今年6月からは血管外科手術用の機器の販売もスタートした。販売取扱品目は200品目に達している。現在、欧米市場向けの本格的な販売展開を準備中である。

メガネフレーム技術と医療機器開発を結んだ出会いの縁

弊社がメディカル事業に進出したきっかけは、鯖江市出身で白内障手術・屈折矯正手術の第一人者である北里大学病院の清水公也教授(前日本臨床眼科学会会長)との出会いである。

・2009年3月18日 清水教授が来社。弊社宮地正雄社長、岩堀一夫専務と眼科用手術機器の開発可能性について意見交換。

・2009年4月15日 清水教授が弊社の小売店向け眼鏡販売展示会(東京・青山)に来訪。弊社創業者の堀川馨会長と初めて面談し、チタン製手術機器の開発可能性について意見交換。

・2009年5月1日 清水教授が再来社。堀川会長にチタン製手術機器の製作を依頼。

チタンは磁性を帯びないので、縫合針に絡まず、手術効率を高める可能性がある。また、チタンは軽いので、手術する患部の感触を感じながらオペレーションができることへの期待もあった。清水教授によるチタン製手術機器の製作依頼は、弊社が医療の本質的な価値を追求する臨床現場の声に初めて触れた瞬間であった。

その後、弊社は眼科用手術機器の開発を正式に決定。2010年1月、新事業開発室を設置し、専属のマネージャー1名を配置。同年9月、新事業開発室を3名体制にし、その後順次増員を行っている。

レーザ微細接合技術を利用

最初に研究開発に取り組んだのは眼科手術用の鑷子(「せっし」手術に使うピンセット)である。2つの開発技術を除いては、すべて自社のインハウステクノロジーを基盤に進められた*2。剪刀(手術に使うはさみ)の刃の部分の開発では、二つの福井県内の技術資源に助けられている。一つは、越前市の二次素材加工メーカーである。この企業は、鍛造やクラッド材加工分野で国内の5指に入る。このメーカーの高硬度特殊鋼によって、非磁性、耐蝕性、硬度が実現された。さらにはさみの切れ味を実現するため、大野市の理美容はさみメーカーから技術指導を受けた。先代が「現代の名工」に選ばれた名門企業である。

この眼科手術器具のほとんどに、当社が開発したレーザ微細接合技術が利用されている。これは、大阪大学接合科学研究所、公益財団法人ふくい産業支援センターとの5年間に及んだ共同開発の成果である。科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に採択され*3、レーザ微細接合技術におけるインプロセスモニタリングにエコ加工を盛り込んだテーマに取り組み、レーザ技術の高度化を図った。この技術の確立によって、接合条件をコントロールし、不良率の大幅な低減を伴う同属系複数素材の接合が可能となった。同時に、材料費や加工エネルギーの効率化を実現している。

上記のレーザ微細接合技術の高度化・応用がA-STEPに採択されたのは、誠に時宜にかなう素晴らしいタイミングであった。弊社の、メディカル事業デビューのプレステージにおいて、医療機器開発の基盤となる技術の引き上げに大きく貢献している。

こうした技術開発ヒストリーを経て、約20回に及ぶ試作の修正改良の結果、2010年に眼科手術用の鑷子の完成品仕様サンプルができた。

2011年4月、新事業開発室をメディカル事業部に改称。眼科手術用剪刀の完成品仕様のサンプルは、同年末にようやく完成にこぎ着けた。2012年3月8日、メディカル事業参入を発表。同年4月1日に眼科用医療機器10品目の販売を開始するとともに、メディカル事業部は25名体制に拡充された(現在44名)*4

この器具は、医療機器の4段階の分類でいうと「クラスⅠ」で、申請に難しさはなく、社内担当者で申請処理を行った。多数のメディカル事業の新規参入者は、いきなり「クラスⅢ」や「クラスⅣ」などから入るため、途中で断念するケースが多いようだ。

福井大学と脳神経外科用機器の開発

次に上市したのは、脳神経外科用剪刀である。次のような経過をたどっている。

メディカル事業キックオフを控えた2012年3月、福井県により、医療セミナーが開かれた。その控え室で、ともに講師であった福井大学脳脊髄神経外科の北井隆平講師(現在、准教授)と弊社の堀川会長が外科医療機器について意見交換を行った。翌月、弊社は脳神経外科用剪刀の開発を決定。福井大学側は、菊田健一郎教授を中心とした共同開発体制で臨み、福井大学脳脊髄神経外科と弊社のコラボが始動した。弊社は、すでに開発した眼科外科用手術機器の応用により、形状、大きさ、操作性など、臨床起点のニーズに適応した脳神経外科用剪刀のサンプルを同年7月に完成させ、早速試用されている。これは、剪刀に求められるさまざまな機能を四つの素材で適合させた世界初の商品である(写真1*5。ここでもレーザ接合技術が生かされており、脳神経学会では「700年を超える福井県の越前打刃物の伝統技術が用いられている」と紹介された。

写真1 脳神経外科用マイクロシザーズ

医療機器三つ目の分野は、東京慈恵会医科大学の大木隆生教授と共同開発した血管外科用の手術機器である。開発したのは6種類7アイテム。「OHKI INVENTS」シリーズとして、今年の6月から販売している。

この製品は、もともと開発を依頼されていた企業が試作途上で製品化を断念。2013年7月、弊社にと開発話が持ち込まれた。新製品の一つ「大木バーム」は、切って剥離させる機能を持つ従来の手術用はさみに「つまむ」機能を加えたもの。「トンネラー」は、これまでより短い時間で、人工血管を体内に通すことを可能にした器具で、ショート仕様とロング仕様がある。これらは特許出願中である。

ブランドコアとコアテクノロジー

写真2 シャルマンブランドを象徴する製品「ラインアート」

弊社が医療機器ビジネスをスタートすることができた要因のうち、重要なものを二つ取り上げてみた。まず、弊社創業者である堀川会長*6の事業化に向けての明察とリーダーシップである。新規事業が立ち消えにならないよう常に命が吹き込まれた。それは開発で満足せず、市場化まで引っ張るインベストメントチェーン全体を貫いた。顧客の共鳴をもって「シャルマン」というブランドビジョンの実現に情熱を傾ける創業者のブランドコアとしての役割は大きい。

二つ目は、創業来の苦心と努力のたまものである弊社のコアテクノロジーを基盤とする素材開発力と技術開発力の成果である。前者は、8年を要した東北大学金属材料研究所と共同開発した世界初のニッケルフリー超弾性チタン形状記憶合金「エクセレンスチタン」を生み出した。後者は、既述の「レーザ微細接合技術」である。「どこにもないが、シャルマンにだけある」次世代技術が医療機器開発に生かされた。これら二つは、まさに弊社の企業価値を高らしめる象徴的なバリュードライバーである。

弊社は、産学連携プロジェクトを通して、大学は無形資産にあふれているということを実感している。大学は、企業にとって事業化の源泉となりうる鉱床だ。企業は、自らの事業化テーマに従って、各大学の坑道に入り、知的鉱床を探る。そして連携事業を進める中で、有用なものだけに絞っていく。いわば、知的鉱物の精錬工程だ。大学にある知的資源は、地下資源と異なり、採り尽くすことはない。日本の大学群は、知的鉱脈を形成し、その鉱量は無限である。大学は、地方創生の拠点である。

*1
シャルマングループホームページ
http://www.charmant.co.jp/

*2
ただし、後に手掛けられる硝子体(しょうしたい)鑷子のように数百ミクロンサイズのはさみなど、メガネフレーム製造では求められない細さ、小ささ、精度の機器(はさみや先端部他)の開発にはかなりの時間を要している。

*3
支援タイプ:シーズ育成タイプ
支援期間:2010年7月~2013年3月
課題概要:高輝度レーザプロセス制御法を用いたチタン合金の高品質・高効率加工技術

*4
ここでの人員数は、メディカル製品の開発、設計、最終仕上げの各工程人員の総数であって、医療機器の中間部品加工までは、既存事業であるメガネフレームの製造工程にて行われている。

*5
弊社の脳神経外科用剪刀「シャルマン マイクロシザーズ」は、刃の作用点部分から二枚の刃をつなぐ支点部分、力を伝える部分、繊細な先端部の感触を実感しながら操作性を発揮する持ち手の力点部分のそれぞれが、求める機能に応えるため、四つの素材(高硬度特殊鋼、ステンレス鋼、純チタン、βチタン)を適材適所でレーザー接合し、製品化している。

*6
「Star of Vision Awards」(米国)を受賞している。授賞理由は、米国に最初に法人を立ち上げ、米国市場に参入した日本企業であることと、チタン製メガネフレームを全世界市場に普及させ、事業化に成功したこと。