2015年8月号
研究者リレーエッセイ
泥くさく、企業の現場を歩き続ける研究アプローチ
顔写真

野長瀬 裕二 Profile
(のながせ・ゆうじ)

山形大学大学院
理工学研究科 教授



20代の実務経験

製造業で生産技術、事業管理、事業企画の実務をこなすところから筆者の社会人生活はスタートした。生産工程の改善、設計VE*1、原価企画、製造系子会社の経営管理、収益管理、事業企画をこなし、技術開発による事業収益確保を日々追求していた。

20代の若き時代に、赤字が見込まれる大口商談の黒字化に挑ませていただいた。ある時は、地味な商品を企画し、担当事業部門における高収益商品に育てる経験をさせていただいた。製造系子会社の経営改革について、生産/技術/事業のそれぞれの角度から考え、財務諸表の改善にまでつなげていく経験もさせていただいた。ところが30歳になろうというころ、勤務していた企業が赤字化し、リストラの流れの中で退職することとなった。ここまでは、アカデミックなキャリアではなく、MOT(Management of Technology)を現場サイドから泥臭く学ばせていただいた時期と言えよう。

研究分野の変遷

社会人学生として学んだ早稲田大学大学院では、まず「経営システム工学」領域で、ビジネス・エコノメトリックスと呼ばれる計量的企業分析の手法を研究した。この分野の研究経験は今でも役に立っており、大変興味深い内容だった。一方、学会発表をしていくうちに、仮説となるモデルを構築し、シミュレーションを通じて仮説検証をしていくという研究アプローチをとるようになっていった。泥臭い企業現場に慣れた身にとって、こうした研究アプローチは自分らしくないと感じた瞬間があった。

30代前半から、清成忠男先生、松田修一先生の影響を受け、「ベンチャー企業」、さらには意欲的企業家が集積する「地域産業」を掘り下げて研究テーマとする方向に転じた。結果的に、この20余年、企業の現場を回り続ける研究アプローチを継続している。日本ベンチャー学会においては、地域の第二創業企業、地域の中小企業創造活動促進法認定企業、地域の若者の職業選択と起業意識、について、企業と地域産業を掘り下げた論文を発表していった。

世界中のあらゆる企業・地域産業について深く掘り下げて研究していくことは不可能である。そうした現実を踏まえ、特定の企業・地域産業を深く掘り下げ、その分析結果を先行研究と比較し普遍化していく、その研究成果を政策立案にフィードバックしていく、という研究アプローチが30代後半に定まった。図1に示す通り、「経営システム-事業-地域産業」の3要素を統合して研究する学際的アプローチである。この3要素について、「地域産業」を起点とした内容を著書(地域産業の活性化戦略、学文社)として出版した。この本では、図2に示す「イノベーター集積の経済性」をどのように実現するかについて論じている。

図1 研究領域と構成要素

図2 イノベーター集積の経済性

産学連携と社会人教育

研究のために企業訪問していると、いろいろな相談を受けるようになる。そして、企業訪問の副産物として交流ネットワークが拡大していった。40代に入ったころ、首都圏北部地域で企業訪問と交流ネットワーク構築を続けていたところ、縁あって埼玉大学地域共同研究センター(現 オープンイノベーションセンター)で、知的財産部創設、地域産業界との連携強化などを任されることとなった。ここでは研究者としてではなく、国立大学の内部業務、営業業務に、現場担当者として専念することとなった。大企業との包括研究協定を締結するなどして、その後、山形大学のMOTプログラムに採用された。

MOTプログラムにおいて、まず取り組んだのは、地域のためのPBL(Project-Based Learning)コンテンツ蓄積である。地域の大企業と中小企業について4社のリサーチケースブックを作成し、社会人学生の教育と地域貢献を両立することを目指した。地域産業人向けのICT(情報通信技術)系ショートプログラムの開発、特定企業向けの社内大学プログラムの開発も行った。この手間をかけて構築したナレッジを、どのように世の中に還元していくかが現在の課題である。

現在の研究の方向性

50代に入ってからは、企業からの課題持ち込み型研究(Engineering Clinic Program、ECP)に注力している。一例として、二次下請け企業の産業財マーケティングの研究が挙げられる。ある二次下請け企業の新事業の全商談をサーベイし、一次下請けとセットメーカーという2種類の顧客に対して、どのような情報活動・技術開発を行い商談の成約につなげていくべきかを研究した。実務上有効なマーケティングツールを事例二次下請け企業と共に確立し、学会論文としても分析内容の一部を発表した。企業の内部情報の取り扱いの問題があるため、ECPの研究発表には、一定の制約がある。しかし、社会科学に近い学際的領域では、実践性と学術性の二兎を追っていくECPの意義は大きい。

今進めている研究テーマは、成長企業における人材の問題である。企業家の悩みは、事業がうまく立ち上がったなら、その後、資金調達から必要な人材の確保にシフトしていく。人的資源の問題は、ますます重要となると思われる。

この欄は、今回の執筆者が次回の執筆者を紹介するというリレー形式で進めます。次回の執筆者は東京大学大学院工学系研究科教授 中須賀真一氏です。

*1
VE(Value Engineering):品質を落とさずにコストを下げたり、コストを上げずに品質を向上させるなどして、製品やサービスの価値(value)を最大化する体系的手法。