2015年10月号
研究者リレーエッセイ
わたしの産学官連携 12年の経験
顔写真

吉本 昌広 Profile
(よしもと・まさひろ)

京都工芸繊維大学 副学長、大学院工芸科学研究科 電気電子工学系 教授/
公益財団法人 京都高度技術研究所 副所長

産学官連携事始め:駆け出し教授と大学院生社長

企業との共同研究契約を私が初めて結んだのは2003年である。文部科学省「知的クラスター創成事業」の下で、半導体用の発光分析装置を製品化するために、この契約を結んだ。知的クラスター創成事業という「官」の事業に背中を押されたのが、私の産学官連携の始まりであった。

この共同研究を始めたころ、企業を辞めた一人の若者が博士課程に飛び込んできた。この若者、田口貢士氏と私は、半導体素子で用いられる絶縁膜の新しい製膜法の研究を始めた。実験結果について彼と議論する時、大学だけで過ごしてきた私は、学術的な論理ばかりを言い募った。これに対して、田口氏は「これ特許になりますよ」と、よく指摘した。大学だけしか知らない駆け出し教授の私に、彼は産業界の風を吹き込んでくれた。

彼との絶縁膜の研究は順調に進み、その研究テーマを知的クラスター創成事業の中で進めることになった。相前後して、研究成果を実用化すべく、田口氏は株式会社魁(さきがけ)半導体という会社を興した。現在も同社は元気に創業事業を中心に事業を発展させている。

同社が、大学のインキュベーション施設に入居していたために、私は創業当時の日々の出来事を垣間見ることになった。起業すると、技術、知財や財務などで、いろいろなピンチがやってくる。そんなときに、大学や京都の産学官連携機関、さらには、まったくの外野の方から、絶妙のタイミングで救いの手が差し伸べられた。同社の成果物を何とか製品に結び付けようと、人脈の限りを尽くして、駆けずり回っていただいた方もいた。産学官連携の初心者の私は、起業を重視する京都の風土と、創業者が持つ人を引き付ける魅力とが起こす化学変化に圧倒された。

魁半導体が開発した薄膜製造装置

シリコンバレーと産学連携:闘う社長と基礎研究

大学の研究室の同窓にYoo Woo-Sik(兪祐植)という男がいる。彼は博士課程を出た後、米国に渡り、半導体製造装置の会社を4社ほど渡り歩き、結局、自分の目指す仕事ができないということで、米国のシリコンバレーにWaferMasters, Inc.という会社を興した。彼は、自分の会社の「価値」とは何かと常に自問し、価値がないなら会社を続ける意味がないと公言していた。

今、シリコン半導体は、直径30cmのウェハ上に平面方向が16ナノメートル(nm)*1、垂直方向が1nmの精度をもって、再現性良く、均一に加工する必要がある。ちょうど、直径300kmの土地を水平方向16mm、垂直方向を1mm精度で区画整理するようなものである。16mmの部分の物理学だけをクローズアップしても、300km全体のことは分からないし、16mmの部分の物理学を無視して、300kmの視点だけで議論しても始まらない。

彼の追い求める価値は、ウェハ全体と微細部分の両方に目配りしながら加工途中のウェハを観察し、観察結果を素直に物理学的に解釈して、目的に合った加工プロセスを提案することである。提案を具体化するために、彼の会社は独自の加工装置や計測装置を作っている。半導体産業の工程を細かく見ると、過去の経緯から、必ずしも合理的になっていない部分がある。工程が進化するにつれて、そんな合理的でない部分が、やがて工程全体のボトルネックになるというのが彼の発想である。

彼のような発想は共感されにくい。いずれ立ち行かなくなる可能性があるにせよ、既存の工程が機能している限りは、その工程をわざわざ変更したくないのは人情といえる。彼は、営業をしているのか論争をしているのか見分けがつかないような戦闘モードで、半導体メーカーを営業して回っていた。彼の会社は、最初は生産ライン用の熱処理装置を、最近では発光現象などを用いた生産ライン用評価装置を半導体産業に納入している。

彼の事業の根幹は、加工途中の半導体ウェハを先入観なしにありのままに観察し、結果を物理学的に素直に解釈することである。ここは産学連携の出番である。彼が供給してくれる、最新の技術で加工されたシリコン半導体の発光を分析することで、私は基礎的な論文をいくつも出すことができた。一連の仕事は、私自身の半導体に関する理解を大いに深めてくれた。産学連携は応用研究だけのように捉えられがちであるが、基礎研究に広がる可能性も十分秘めていることを実感した。

シリコンウェハ(直径30cm)の赤外発光像。色の違いは発光強度の違い。

産学官連携で機能強化:すご腕企業研究者と一緒に研究室運営

最近では、これまでの産学官連携で味をしめ、さらなる刺激を求めて連携を深めている。圧倒的な力を持つ企業出身の年長の研究者と、研究室を共同運営することにした。文部科学省の「地域イノベーション戦略支援プログラム」を活用して、企業出身の卓越した研究者である上田大助氏に研究室に常勤で来ていただいている。上田氏は30年余りパナソニック株式会社で研究開発を進め、最初の10年はシリコンのパワー半導体素子、次の10年はガリウムヒ素高周波素子、最後の10年は窒化ガリウム素子で成果を挙げている。

この一風変わった産学官連携は、毎日が刺激的である。企業において技術を総括していた経験から繰り出される、上田氏の技術的・学術的な課題設定やそれを解決するための方法論は、とにかく豊かである。今、国立大学はその社会的役割が問われ、各大学の強みや特色を伸ばすことが求められている。いわゆる「国立大学の機能強化」である。上田氏を研究室の共同運営者に迎えて、日々、企業文化と大学文化を激突させながら、研究室の機能強化を進めている。12年前には想像もしていなかった毎日である。

次回の執筆者は、京都大学大学院 工学研究科 教授 平尾一之氏です。

*1
1nmは10億分の1m。