2015年11月号
シリーズ 知的財産を活用する
第1回
大学と知的財産の創出
顔写真

佐藤 辰彦 Profile
(さとう・たつひこ)

弁理士/
特許業務法人 創成国際特許事務所長/
早稲田大学 大学院商学研究科 客員教授

産学官連携事業に携わる人たちにとって知的財産の知識は必要不可欠である。このシリーズでは、知的財産に関するさまざまな問題を、具体例を示しながら取り上げ、分かりやすく解説する。

大学発の特許を活用するには

1990年代の「大学等技術移転促進法」*1「産業活力再生特別措置法」*2などの法整備により、日本の大学の開発成果の技術移転を促進するためにTLO(技術移転機関)や大学知的財産本部が設けられた。それから15年以上にわたり、大学・研究機関(以下「大学等」)の知的財産(以下「知財」)の創出やその成果の技術移転について、多くの産学官の努力がされてきている。しかしながら、2015年特許庁行政年次報告をみても、受託研究は漸増であるが、大きな伸びを示しておらず、特許出願は2007年をピークに漸減である(図1、2)。特許出願の特許査定率も72%で全体の特許査定率よりは高いものの、大手企業の特許査定率には及ばない。

特許の実施料等の収入も2013年度(22億1200万円)は2008年度(9億8600万円)の2倍以上(図3)になっているものの、米国の大学と比較すると数十分の一ないし百分の一で、米国大学に比べて産業上の利用価値が低い状況にある。

大学等発の発明を事業化して収益を高めることが期待されている。これらの現状を克服するための幾つかの基本的な論点を取り上げて紹介する。

図1 大学等の民間企業からの研究資金等受入額の推移(特許庁年次報告書2015年版による)

図2 大学等からの特許出願件数およびグローバル出願率の推移(特許庁年次報告書2015年版による)

図3 特許実施収入額の推移(特許庁年次報告書2015年版による)

発明を知財化するとは

研究開発者の成果として発明が生まれる。その発明は新たな開発成果の基礎となる点で技術的な価値がある。しかし、これが産業的な価値を生むためには、その発明を知財化することが必要である。

発明を知財化するとは、特許化することだけではなく、発明を産業上の利用価値のあるものにすることである。発明が特許として認められても、その特許に産業上の利用価値があるかどうかは別である。なぜならば、特許発明といえども、その特許発明が実施されない、あるいは、その特許から収益が得られないものは、産業上の利用価値がないからである。発明の事業としての知財価値はその産業上の利用価値である。

大学・研究機関は自ら発明を実施するものではないので、実施主体である企業が、利用価値があると評価する知財にしない限り、その発明も特許も存在価値がないものとなってしまう。

発明の目利き

発明にも潜在的に産業上利用可能性が高いものと、高くないものとがあるので、その目利きが重要である。あまりにも基礎的な発明は、その利用までに時間がかかる。企業にとっては実益に乏しい発明にはなかなか投資しにくい。そうなると、特許化されても企業が利用してくれない。このような発明は、その後の開発の見通しを見定めて、継続的な開発成果を権利化していく作業により企業の利用価値があるところまで成熟させる必要がある。

その発明が特許として成立するか否かは、先行技術調査をすれば見極めることができる。徹底した先行技術調査をすれば、その発明の特許性のみならず、特許として認められても、どの程度の強い特許になるのかも予測できる。多くの先行技術があり、その結果として、特許となっても権利範囲が狭く、その特許による技術の排他力が弱ければ、企業にとって魅力的なものではなく、その特許は知財として産業上の利用価値が低くなる。

知財価値のあるポートフォリオの構築

新たな発明が公表されると、それに関連する発明が生まれる(スピルオーバー効果)。基本発明が生まれれば、それをさらに深化した発明が生まれ、それを応用する発明が生まれる。この過程で、基本発明が特許化できたとしても、その後の応用発明の特許が他社に取られれば、基本特許の実施も難しくなる場合がある。従って、発明が利用価値を持つためには、その発明をしっかり守れる特許のポートフォリオ*3の構築が不可欠になる。いわゆる、「特許の群」構造を作ることが必要である。このためには、基本特許発明の発展系として周辺の発明を予測し、その開発を促すとともに、その権利化を進めることが大事になる。

その発明に産業上利用価値があれば、必ず他社も同じような開発を始め、新しい発明が生まれる。これらの発明の特許化をウオッチングして、それを阻止する努力をしないと、「特許の群」の構造が虫食いとなり、知財価値を低下させる。

発明の「オープン」と「クローズ」

発明が知財価値を生むのは、その発明による収益を獲得できるときである。

知財価値のある発明にすることは必ずしも特許化することだけではない。特許は発明を公開する代償として独占排他的な権利を付与する制度である。その結果、発明を公開することで他社が模倣をしたり、新たな開発を促すのであれば、それを阻止するためには、公開しないで秘匿する方が優位性を保てる。従って、発明を特許化してオープン化するとしても、そのノウハウ部分などはできるだけ公開せずクローズにすることで、その特許発明の知財価値を上げることができる。しかしながら、発明を秘匿して優位性を保つことは、一度他社が同じ発明をしたときには競争力を失う。他社の発明が特許化されたときには、逆に特許権侵害に直面することとなる。これに対応するためには先使用権(特許法第79条)による実施の可能性を確保するための方策が必要となる。

特許の所有権の集約化

大学等の発明は外部との共同開発で生起することが多い。この共同開発が1社とのみのものであれば、その成果の帰属は両者間のみのものとなり、権利の帰属関係が単純である。しかし、大学等と複数の企業とが同じ発明について共同開発すると、その発明に関する権利関係がタコ足の関係になることが多い。このような関係になると、共有の権利関係が複雑となり、利害関係が錯綜(さくそう)して権利の移転や実施許諾の障害となることが多い。そうなると、大学等は所有する特許を活用することができなくなる。従って、共同開発を行う場合には、権利関係のパテントポリシーを明確にし、大学等側がイニシアチブを取って権利関係を単純化する、できれば、大学等に権利を集約していくのがベストである。

発明の売り時

大学等の発明は基礎的なものが多く、それを実業に活用するためには、事業として実施可能なまでに完成度を高めなければ、事業上の価値あるものにはならない。これは企業でないと実現できないものがほとんどである。そこでは、大学等での研究開発の発展段階をよく見極め、しかるべきタイミングで企業へライセンスする、あるいは技術移転する判断が、その発明を事業化するのには重要である。技術は時間とともに陳腐化し、コモディティ化する。その発明の旬を逃すと事業価値を失うこととなる。

売れるものにするために

大学等の発明を売れるものにするためには、これまで述べたように、まずは先行技術をしっかり調査し、その発明の価値を見極めること、特にその発明を取り巻く競争技術との優位性をよく見極めること、すなわち、その発明の強み・弱みを見極めることがまず重要になる。同時に、その発明の事業化の可能性を見極める。その発明が事業化する上で、どこまでの完成度であるか、その発明の知財ポートフォリオがどの程度の強みを持つか、その発明を事業化する分野の事業環境はどうかなどを検討することで、おのずとその発明の事業化の価値が見える。

その上で事業化してくれるパートナーを探す。そこでは大学の研究者との間で、しっかりした発明の価値評価ができていることで、事業化してくれるパートナーとの交渉が適切に行われることが可能となる。自らの発明を過大評価しても交渉はうまく行かず、過小評価しても損することになる。

知財を生かすビジネスモデルなくして知財活用はない

発明を事業化するためには、その事業を実現するビジネスモデルが必要となる。その発明がどのような事業のどの部分で活用される価値があり、その活用のためにはどのようなビジネスモデルが必要かを検討する必要がある。

大学発のベンチャーが種々試みられているが、成功事例が少ない。ここに一つの参考モデルを紹介する(図4)。これは、研究開発に特化した企業モデルで、製品の研究開発成果を国内外の学会・展示会などで発表して国内外のユーザーを獲得する、製品は下請けなどの企業に生産してもらい、販売は国内外の販売会社に販売委託するモデルである。このようなモデルであれば研究開発に強みのある大学発ベンチャーも成り立つ可能性がある。実際にこのモデルで成功している事例がある。これまでの成功事例を研究し、それぞれに最適な大学発のベンチャーのビジネスモデルが今後さらに工夫されるべきである。

図4 生産部門・販売部門を学外と連携する企業の研究開発型モデル

まとめ

以上のような論点は、一部に大学等特有の問題を含むが、企業知財部門が常に検討している課題でもある。発明が産業上の利用価値を持つようにすることが知財化であり、特に、自ら発明の実施主体とならない大学等の発明の活用においては、これが最も重要である。そして、大学等の発明の利用価値を上げる知財化のため、前述した論点について、大学等とTLO、発明者の共通認識が必要である。

*1
大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律。

*2
産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法。

*3
もとは書類を入れる紙ケースを意味するが、転じて、企業などが保有する財産を一覧できるようなものを指す。ここでは保有する特許の群。