2015年12月号
シリーズ 知的財産を活用する
第2回
大学における知的財産教育
―山口大学における全学必修化の取り組み―
顔写真

木村 友久 Profile
(きむら・ともひさ)

山口大学 大学研究推進機構
知的財産センター 副センター長/
国際総合科学部 教授

山口大学では1年生の時から全学部で必修科目として知的財産に関する授業を受ける。知的財産教育を普遍教育の一つとして位置付けているからだ。

知的財産についての授業を始めたきっかけと目的

山口大学(以下「当大学」)では、2013年度から学部教養教育で知的財産(以下「知財」)教育の全学生必修化(学部1年生約2,000人)を行い、引き続き知財カリキュラムの体系化を進めている。従来は、学部・大学院における知財専門科目は一部の理系あるいは経済系学生が対象だったが、全学必修化は学生がどの学部・学科に属するかを問わず、普遍教育として知財教育体系を整備することが目的である。

この取り組みは次の基本的認識を踏まえている。

①国際競争力の向上と地方創生の実質化を図るには、知財をコアとする事業戦略を実践する人材育成が必要である。

②学校教育の中で、事業戦略あるいは戦略的思考を普遍的に教えるシステムは必ずしも根付いていない。

③近隣諸国の知財専門人材育成の量的拡大と質的向上(大学院の拡充)に注視する必要がある。例えば、近隣国の三倍賠償制度*1導入で日本企業が多額の賠償金支払いに直面する時代が迫っている。

④技術経営(MOT)や知財専門職の大学院の強化を、引き続き進める必要はあるが、普遍教育で人材層を拡大する手法も効果的と考えられる。

⑤知財教育は、その内容の総合性から、産学連携と大学教育改善の一石二鳥を期待することができる。


特に⑤の大学教育改善は、法解釈の授業を動画配信による反転学習*2に移行したり、授業でのブランディング*3や発明の発想演習をアクティブラーニング*4にしたりするなど、多様な試みが可能である。当大学では、大学教育センター主導で、2013年度から実施する学部教養教育科目の全面改定作業が行われた。また、この動きに連動して、上記の基本的認識に対応すべく、教養教育における知財科目体系(2015年度で10科目)を設定した。

大学教育、中でも法学教育の在り方として法解釈などの理論を教えるのか、あるいは実践要素に軸足を置いて教えるのかという議論があるが、少なくとも知財教育に関しては、理論と実践の間を行き来しながらスパイラル状に上位の理論に導くことが望ましい。このような、理論と実践力の両対応を目指すためには、必修科目に加えて、多くの知財関連の選択科目(知財展開科目)を設定し、学生の専門性あるいは進路に合わせた科目選択を可能とするカリキュラム体系を運用する必要がある。

図1 2013年度以降に新設した共通教育の知財科目

学部教養教育(共通教育)のカリキュラム体系

図1は、2013年度以降に新規開設した教養教育の知財科目を表している*5。左側の年度は開設年次である。カリキュラム体系に沿った知財授業を提供するために、2013年度の1年生知財必修科目「科学技術と社会〜○○学部生のための知財入門〜(○○は学部名)」受講者の学年進行と受講履歴に対応して上位接続科目を順番に開設した。上位接続の九つの知財展開科目は、教養教育課程に配置された学部専門課程水準の科目の位置付けである。知財系の知識とスキルが社会で一様に必要とされていることを前提に、教養教育枠として所属学部にかかわらず学生の選択を可能にした。選択した科目を、卒業単位に換算するか否かは各学部が決定している。

1年生の知財必修科目はクオーター制1単位で、定期試験を含めて90分8コマの授業で構成される。初年時教育として、引用の作法などの著作権教育に3コマを当てている。各コマは、

①知的財産の全体像と発想法およびブランディング演習

②著作権法の概要と著作物の判定演習

③著作権法に定められた権利と演習

④著作権の権利制限と演習、ならびに著作権法と研究者倫理の関係

⑤産業財産権概要、特許制度と発想法演習

⑥意匠制度と意匠の判定演習

⑦商標制度と商標の類否判断演習

⑧授業の振り返りと定期試験(62設問:マークシート59問と記述式3問)


からなる。なお、⑤と⑥の間に特許情報検索演習1コマ分を完全なe-ラーニング(e-learning)形式で実施*6しており、宿題と定期試験で評価している。

2014年度開設の知財展開科目は各2単位3科目であり、1年生の知財必修科目と2015年度開設の知財法科目の間をつなぐ役割を持たせている。

「ものづくりと知的財産」は、主に理系学生を対象に常盤キャンパス(宇部市)で開講している。製品に組み込まれた発明や先行技術情報の検索から、コーヒーのドリップバッグなどの製作、請求項の作成までを扱う。

「知財情報の活用と分析」は、文理両方の学生を対象に吉田キャンパス(山口市)と常盤キャンパスで同じ授業を別々に開講している。特許情報検索と分析をメインに、楽曲情報まで幅広い内容を扱う。

「コンテンツ産業と知的財産」は、主に文系学生を対象に吉田キャンパスで開講している。出版産業、音楽産業、映画産業などのコンテンツ産業の概要と知財の処理を扱う。

2015年度開設の知財展開科目は各1単位6科目である。「農業と知的財産(吉田キャンパス)」を除き、吉田キャンパスと常盤キャンパスで同じ授業を別々に開講している。「特許法」「意匠法」「商標法」「著作権法」「不正競争防止法」は法学部の学部専門レベルの講義で、産業における知的財産の役割なども含めた講義を心掛けている。「農業と知的財産」は、農業の六次産業化などを内容として、主に農学部と経済学部生を想定して開講した。なお、新たな知財展開科目として、「標準化とビジネス(1単位)」を2016年度からの開設を目指して学内の手続きを進めている。

山口大学の知財授業の特徴

当大学では持続性のある知財教育を実現するために、以下のモデルを採用している。

①大学院知財教材を学部教育に転用するため、大学院生のレポートを事前合意のもとに教材化する:大学院生が作成したA社の低燃費車の特許マップ、低温熱発電の特許マップなどを基に、学生の学習段階を考慮して、下の学年用にカスタマイズした教材を作成する。

②知財教育の実効性を確保し、次年度以降の負担軽減と参考のために授業の完全パッケージを内製する:スライド、ワークシート、宿題、ビデオ教材、試験問題、問題用紙と解答用マークシート、効果測定方法の策定などを、次年度以降も活用できるように、教育用完全パッケージとして制作する。

③教育用特許検索システム(YUPASS)を独自開発し運用する。

④授業効果測定とその分析およびフィードバックを体系的に実施する。

授業効果の判定法と学生の反応

授業効果は、授業ごとに提出させる小レポートによる判定、クラスター分析、定期試験全設問の個人データ、授業ビデオの確認などで分析し、順次発表している**1。個人的には、授業時の積極的な姿勢だけでなく、授業後も部活などで学生が著作権処理の検討を行っていることなどから、実生活に授業の成果を活用する事例が出ていることに注目している(写真1)。

ボーカロイド作品の関係者を考えさせる

写真1 授業風景

知財教育の普遍化を目指して

当大学は、2015年7月30日に「教職員の組織的な研修等の共同利用拠点(知的財産教育)」の文部科学大臣認定(認定期間は2018年3月31日まで)を受けた。これにより、教材製作のノウハウを含め、他大学等の要望を受けて何らかの形*7で知財教育の支援ないしは共同開発を進めることが可能になった(図2)。

図2 教職員の組織的な研修等の共同利用拠点(知財教育)

今後、拠点制度も利用しながら、学部教養教育だけでなく、大学院、専門職大学院で実施した知財教育のノウハウを組み合わせて、①知財教育構築に向けたコンサルティング、②知財教育FD*8、③知財関連SD*9、④教材提供、⑤特許検索システムの提供により、他大学等と一緒に知財教育の普遍化を担ってゆきたいと考えている。

将来的には当該科目修了生が社会に巣立った後の追跡調査も必要であろう。

●参考文献

**1
木村友久.大学における知財教育普遍化モデルの紹介.一知財の戦略的活用を担う人材育成.月刊コピライト.2015,vol. 55,no. 650,p. 36-49.

*1
故意による特許侵害などで、賠償が最大三倍になる制度。

*2
課題内容は自宅で動画などを視聴して予習し、教室では、教師が個々の学生に課題に合わせた指導をしたり、学生同士が協働しながら課題に取り組む形態の学習法。

*3
ブランドとして認知されていないものをブランドへと育て上げたり、構成要素を強化してブランドを活性化したり、維持管理していくこと。

*4
能動的に学習することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用(はんよう)的能力の育成を図ること。

*5
各科目のシラバスは、科目名をもとに山口大学シラバスシステムから参照。検索時に分類を共通教育に絞ると良い。
https://www.kyoumu.jimu.yamaguchi-u.ac.jp/Portal/Public/Syllabus/

*6
1年生知財必修科目の教材配信イメージは以下ホームページを参照。画面中段5回目と6回目の間に配置した【講義時間外学習】が完全e-learning画面にリンクしている。
http://www.kim-lab.info/domescon/eco2015_01/eco2015_01.html

*7
FD・SD等の問い合わせフォーム
http://kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/chizai/?page_id=1555

*8
Faculty Development.大学教員の教育能力を高めるための実践的方法。

*9
Staff Development.職員、スタッフなどへの職務内容の改善方法。