2015年12月号
研究者リレーエッセイ
もっとU活を!
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北森 武彦 Profile
(きたもり・たけひこ)

東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授


どちらかというと苦い思い出

私の研究領域は、マイクロチップに流路ネットワークを加工して液体の集積回路を作り、化学機器やバイオ機器の化学CPU(中央演算処理装置)となる新しい機能デバイスを創出することと、液体中の分子を分子数レベルで分析できる超高感度レーザー分光分析原理の研究である。これらをマイクロ・拡張ナノ流体デバイス工学と呼んでいる。化学装置やバイオ装置をラップトップ型パソコンの大きさにすることができるので、医療診断、環境分析、食品分析をはじめ、スポーツや犯罪の不法薬物使用検査、製薬や化学産業の開発ツール、デスクトップ化学プラントなど、その応用は幅広く、産業界からの関心も高い。

この技術の黎明(れいめい)期から世界の同業研究者たちと交流してきた。国際会議や国際学会の理事会などに集まれば、各国のお国柄もあって産学連携や研究費の話題に事欠かない。「やあ、最近どうだい、ファンディング(funding)は?」はお決まりのあいさつ。2000年代初頭、日本は多くの国からうらやましく思われていた。経済産業省や文部科学省などの大型プロジェクトが複数走り、産業界における共通基盤技術の共有は進み、ともに結束した大学・国立研究所関係者も豊富な技術資産を得たはずで、日本は欧米の政府や助成機関、調査機関からも随分と注目されていた。

しかしあるとき、個々の教員レベルの産学連携に関しては状況が違うことに気付いた。企業との個別技術に関する産学連携は欧米の大学の方がよほど進んでいたし、資金も潤沢に流れていた。苦い思い出として、国のプロジェクトには参加していなかった日本のある企業と当研究室の共同研究費は、その企業が海外の大学に出していた同様の共同研究費とは一桁違っていた。もちろん、その研究室とは旧知であったが、技術的に負ける気はしなかった。国としての産学連携はよく支援されていたが、個々の研究者と企業レベルでは様子が違う。なぜだろう。

企業と大学の研究費の仕組み

私は株式会社日立製作所に約10年勤めて東京大学に移った。企業では工場や事業部から研究所に研究を委託し、研究所がそれを受託する。一つの研究テーマに研究者1人が1年間かかることを、1 man/yearや1工数という単位で表す。何工数分受託したかがその研究所の年間研究費の主要部分となる。最近の相場では1工数2,000〜3,000万円程度で、これには人件費や光熱水費も含まれる。一つの企業に複数の研究所があれば、工数の獲得に競争的環境が生じる。本社から研究所への資金もあるので、大学になぞらえれば、本社からの資金が運営費交付金、工数が競争的資金に相当する。ただし、社員や教員の人件費がどちらに含まれるかなどの違いはある。大企業が発表する研究費数千億円はこの工数の和が大半を占める。大学の研究費の大半が競争的資金によるところと似ているが、社員研究者の人件費が含まれる点が異なる。

U活とは?

さて、ここで日本では企業が大学に依託研究費を出さない理由を邪推してみよう。機密性もあるが、費用対効果を考えると、大学に委託しても1工数に値しないと評価するからだろう。一昔前まではその傾向はあったかもしれないが、最近はどうだろう。先の苦い経験の例でも、同じことを依託されれば当研究室だって負けない成果は出せる、と思う。最近感じるのだが、企業の人たちと海外のいろいろな場面で一緒になると、交渉力も議論のリーダーシップも日本の大学人は企業人に負けてはいない。むしろ先導する場面さえある。研究開発状況の把握にしても、人的ネットワークに基づく情報収集能力からか、大学研究者の持つ情報は論文どころかインターネットを含む文字情報でも企業人を越えている。情報セキュリティーの反作用か企業人では逆に狭まっているようにも感じる。

大学人がここまで活力を持つようになった背景には科学技術基本計画の奏功もある。今世紀ノーベル賞受賞者世界第2位に象徴されるように、大学人活力の総合的な底上げも大きな国家資産である。民間の活用が民活なら、大学(University)の活用は大活でもよいが、「U活」としたい。1工数当たりの費用対効果は大学研究者に競争力がある場合もある。

教育と研究

ここで注意しなくてはならないのは、教育との関係である。U活を企業の研究開発に充てたときに生じる教育との利益相反は教員であれば誰もが懸念する。欧米の大学でもさまざまなセーフハーバー*1を設けながら注意深く進めているようである。企業・大学間の本格的な依託・受託研究の歴史が浅い日本では、むしろ日常的な教育とは一線を画し、短期の教育に活用する方が無難に思える。例えば、企業研究所における学生のインターンシップと同様に、大学における企業研究の経験という意味での大学内インターンシップに位置付け、卒業論文や博士論文などには直接リンクさせない運用である。大学内インターンシップとして、あくまでも学生が希望し、その結果が産業界との人的なつながりになれば、学生にとっても大学にとっても発展的であり、広義の人材育成につながる。

そもそも大学が受託する研究の正当な対価としての受託研究費に、職業研究者ではない学生を安価な戦力として算入し、1工数単価を下げて価格競争力を持たせることは大学人として道義的にも大いに違和感がある。受託研究には職業研究者を充てることがふさわしく、海外との人的ネットワークで適切な職業研究者を国内外に求められることもU活の一つと思う。逆に、それができなければ企業からの受託研究は、研究費の大小にかかわらず、慎重にした方がよい。

経済効果イノベーションに貢献するこれからの産学連携

ブリティッシュ・カウンシルや欧州大学連盟などから大学発イノベーションについての議論に呼ばれるが、イノベーションの期待は経済効果に他ならない。産学連携がイノベーションを目指すものであれば、U活を産業に活用するケースもあり得る。特に定年を迎えたU活人材は貴重である。また、運営費交付金と競争的資金に比しても、諸外国に比しても低調な大学の受託研究を活性化することは産学共通するメリットであるはずだ。少子化による優秀な日本人研究者・技術者層の薄層化対策の上でも重要である。大学のグローバル化は世界から日本の産業界への人材供給のパスになり、人材戦略としてもU活は期待できる。これからの産学連携は共通基盤技術の共同研究を越えて、多様な観点からU活すべし、と思う。

次回の執筆者は、東京大学 大学院工学系研究科・医学系研究科 教授 片岡一則氏です。

*1
safe harbor. 本来は安全な港を意味するが、転じて、安全な場所、避難所、安全な方法などを指す。