2016年3月号
研究者リレーエッセイ
天の時、地の利、人の和
顔写真

越智 光夫 Profile
(おち・みつお)

広島大学 学長



軟骨再生医療の始まり

私は整形外科医としてほぼ20年、軟骨再生医療に携わってきた。振り返ってみればターニングポイントが幾つかあった。

1995年、43歳で広島大学から島根医科大学(現島根大学)の整形外科教授として島根県出雲市に赴任した時がまさしくそうであった。

それまでは膝を専門とし、専らスポーツ外傷の手術、とりわけ前十字靭帯(じんたい)、半月板の治療を行ってきた。前十字靭帯損傷の手術は、当時、人口1万人に対して年間1〜1.5件行われていた。広島市(人口約120万人)の年間総手術件数は最大180件程度になる。積極的に手術を行う整形外科医は限られ、130件前後の手術を私が行っていた。広島東洋カープのレギュラー選手や、サンフレッチェ広島F.C選出のFIFAワールドカップメンバーなどのプロスポーツ選手も含まれていた。

一方、新任地の出雲市は、当時、人口8万人。その比率からいえば年間12件程度の手術件数。手術対象の変更を余儀なくされたわけである。

関節軟骨も前十字靭帯同様、外傷で損傷することがある。広島時代は動物実験結果に基づき、半月板同種移植で対処していた。しかし関節軟骨は硝子軟骨であるのに対し、半月板は線維軟骨で、長期の耐久性に問題を残していた。

1994年、スウェーデンのMats Brittberg、Lars Petersonらのグループが自家培養軟骨細胞移植の臨床結果をThe New England Journal of Medicine誌に報告した。軟骨欠損部に自身の脛骨全面から採取した骨膜でふたをし、培養して増やした軟骨細胞を液体に入れたまま欠損部に注入する方法である。臨床成績は良好で、しかも再生した組織は硝子軟骨様であった。

赴任までに少し時間があったので、私はこの再生医療を出雲市で行おうと準備に取り掛かった。ただ、彼らの方法だと移植細胞が隙間から漏れ出てしまう問題点がある。ヒトに安全な足場材(基質)内で自家軟骨細胞を培養し、軟骨様組織を作製して移植すればその欠点が補えるのではないかと考えた。

3次元培養軟骨(後のJACC®)とJ-TECへの技術移転

足場として着目したのが、しわ取りなどで使われているアテロコラーゲンである。その中で移植したヒト軟骨細胞が生存し、軟骨様組織を作製可能であることを確認し、島根医科大学倫理委員会の了承を得て、世界初の3次元培養軟骨移植を1996年に行った。海外で足場材を用いて作製した3次元軟骨移植が行われたのはその3年後の1999年であった。アテロコラーゲンはその後も多くの再生医療製品の足場材として使用されてきた。あのとき、なぜパテントを取らなかったのかと後に何人かの先生方から指摘を受けた。パテントに関していえば、私の考案した靭帯再建時に使用するデバイスはこの15年国内外で毎年50億円以上売り上げており、悔やむならこのパテントを取らなかったことの方が大きいが、今さら言っても仕方ない。

“科学技術振興機構報 第481号 再生医療が新たなステップに-ヒト培養軟骨の開発に成功”.国立研究開発法人科学技術振興機構. http://www.jst.go.jp/pr/info/info481/index.html, (accessed2016-02-09).

図1 培養軟骨

1999年に自家培養軟骨移植の成績を国内で発表した。安全性に問題はなく、関節鏡評価、臨床評価とも良好であった。発表を終えると同時に、海外を含む3社から共同研究の申し出を受けた。再生医療にかける情熱から株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)*1を選択し、タッグを組むことにした。当時は9人の会社で、先行きは全く見えなかった。これも大きなターニングポイントであった。

J-TECに技術移転を行い、J-TECは科学技術振興機構(JST)から資金援助を仰ぐことになった(図12*2。今日に至るまで共同研究のパートナーであるJ-TECは、今や従業員227人を抱える企業に成長している。

臨床治験を経て、2013年4月に培養軟骨はJ-TECからのJACC®として保険収載に至った。全都道府県に少なくとも1病院、合計200を超える病院がJACC®施行認可施設として登録され、既に200例この手術が行われている。

“科学技術振興機構報 第481号 再生医療が新たなステップに-ヒト培養軟骨の開発に成功”.国立研究開発法人科学技術振興機構. http://www.jst.go.jp/pr/info/info481/index.html, (accessed2016-02-09).

図2 細胞分離から組織移植までの流れ

磁石を用いた軟骨再生

2002年4月、広島大学に戻ったことが、次の臨床研究のターニングポイントになった。大きく切開せずに済む、より侵襲性の少ない軟骨再生法がないものかと考えていた。広島大学で新しいセルソーティング装置が採択され、単核球からCD34陽性細胞の分離が行われており、また同級生の杉田孝助教授(現JA尾道総合病院長)を中心に磁気リポソームの実験が行われていた。

磁力を用いて細胞をより分ける方法が可能なら、極めて強力な磁場発生装置を用いれば、鉄粉を細胞表面にくっつけた細胞をヒトの膝軟骨欠損部に集められる。また、リポソームで徐放される一つの薬剤より、細胞をドンと集めた方がはるかに修復効率も高まるのではないか。そんなアイデアが浮かんだ。

肝臓MRIで静脈注射されている鉄製剤フェルカルボトランはヒトへの安全性が確立している。これを脇谷滋之氏(武庫川女子大学大学院健康・スポーツ科学部教授)らによって既に臨床応用されていた細胞、骨髄間葉系幹細胞に貪食させる。最大5.5テスラ(T)の超伝導の磁場発生装置を株式会社日立製作所と開発したが、極めて高価でどこでも使える装置ではない。国際共同研究を見越して、磁石表面から15cm離れた距離からでもクリップをくっつけられるだけ強力で、しかも安価な永久磁石を株式会社NEOMAX(現日立金属株式会社)に依頼作成し、試行錯誤の末、臨床研究にはこの磁石を使用することとした。

ミニブタを用いて、磁場により細胞を軟骨欠損部に集積させるこのシステムの効果を調べた後、2012年、JSTの再生医療の実現化ハイウェイ「短期での臨床研究への到達を目指す再生医療研究(課題A)」*3に応募して採択された。磁性化した細胞の核型試験、コロニー形成試験等を重ね、2014年11月厚生労働省より臨床研究の承認を受けた。アイデアから社会実装に至るまでに幾つものハードルをクリアしなければならなかった。

磁石を用いた軟骨再生の臨床研究

臨床研究は被験者5人、16歳以上70歳以下、関節軟骨欠損が2cm2以上となった。現在までに全5例の手術は安全性に問題なく終了している。この研究においてもJ-TECには分担機関として磁性化細胞の腫瘍化に関するin vitro実験に加わってもらった。

もし島根医科大学に赴任していなかったら、共同研究の相手がJ-TECでなかったら、製品化された自家培養軟骨は存在しなかったに違いない。また、2002年広島大学に戻らなかったら、果たして磁性化細胞を用いた臨床研究はどうなっていただろうか。

「天の時、地の利、人の和」に恵まれ、結果的には最良の選択ができたと感謝している。

次回の執筆者は、名古屋大学大学院医学系研究科 特任教授 祖父江 元氏です。

*1
www.jpte.co.jp/

*2
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)(旧独創的シーズ展開事業委託開発「自動制御法を用いたヒト培養軟骨」)

*3
現 再生医療実現拠点ネットワークプログラム