2016年03月号
連載 - 産学官連携によりイノベーションにつながったアカデミア発の研究例
第3回
日本発ブロックバスター医薬品とその売り上げ規模
顔写真

小原 満穂 Profile
(おばら・みちお)

国立研究開発法人 科学技術振興機構
産学連携アドバイザー


前2回にわたり、表彰制度や書籍により評価された技術について、その製品の売り上げあるいは市場規模から、大学等の研究がイノベーションにつながった例を紹介した。今回はブロックバスター医薬品の売り上げなどを基にしてイノベーションの例を紹介する。売り上げあるいは市場規模については、科学技術分野の専門誌などを参考としつつ推定した。

「新薬に挑んだ日本人科学者たち」による医薬品**1

今回は、医薬品分野において社会を変えた例を紹介する。日本発の医薬品に関する開発の舞台裏を取り上げているのが、塚崎朝子著「新薬に挑んだ日本人科学者たち」(講談社ブルーバックス、2013年)である。日本人による15種類の医薬品の研究から企業による上市までのストーリーを1冊にまとめている。これを表1として一覧にしてみた。

表1 日本人科学者による新薬


表1において、大学や公的研究機関の研究シーズを基にして企業で研究開発あるいは共同で研究開発した医薬品について○印を付したが、その数は7件で50%弱の比率になる。医薬品の開発においても大学や公的機関といったアカデミアの役割の大きさが理解できる。なお、表1の4、5、6は満屋裕明熊本大学教授による3種類の抗エイズ薬である。

最近、オープンイノベーションの必要性が強く叫ばれているが、製薬業界を見渡せば、社会を変えるような新たな医薬品の開発においては、大学等の研究成果を活用することが一般に行われているといえる。問題はこのようなプロセスがあまり表に出てこないことである。

「世界史を変えた薬」における医薬品の開発**2

最近出版された、佐藤健太郎著「世界史を変えた薬」(講談社現代新書、2015年)では、幾つかの疾患に絞り歴史と医薬の関わりについて記している。本書で取り上げられた世界に大きな影響を与えた10種の医薬品(筆者注:10種には医薬品であり栄養素でもあるビタミンCも含まれている)を表2に示すが、日本人ではただ一人、満屋裕明教授が入っている。これは、表1で示した抗エイズ薬の開発と同じである。

表2 世界史を変えた10の医薬品

ブロックバスター医薬品によるイノベーション

本連載第1回**3で述べた2015年のノーベル生理学・医学賞受賞の医薬品と、表1表2で挙げた医薬品の中から、まず以下のブロックバスター医薬品を取り上げる。

(1)大村 智北里大学特別栄誉教授によるイベルメクチン

(2)岸本忠三大阪大学特任教授によるアクテムラ

(3)満屋裕明熊本大学教授によるエイズ治療薬

加えて、最近注目を浴び、近い将来ブロックバスターになるであろうと言われる

(4)本庶 佑公益財団法人先端医療振興財団理事長・京都大学客員教授によるオプジーボ

について、公開されているさまざまな資料を用いながら売り上げあるいは市場規模を推定してみる。

ブロックバスターとは、一般には医薬品として年間1,000億円以上を売り上げる超大型の医薬品のことを言い、欧州委員会もこの考えを採用している。

なお、日本発の世界的なブロックバスターは上記のほかにもまだあり、高脂血症治療薬のスタチン(第一三共株式会社)、統合失調症治療薬のエビリファイ(大塚製薬株式会社)が挙げられるが、これらは企業研究者による成果である。

イベルメクチンによる医薬イノベーション**4

ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村 智特別栄誉教授は、寄生虫による熱帯病の治療薬の開発に貢献したとして表彰されたものである。イベルメクチンと呼ばれ、オンコセルカ症、リンパ系フィラリア症の治療に大きな効果が証明されている。これは、大村特別栄誉教授が発見した放線菌が作る物質を基にメルク社が開発・商品化したものであり、その売り上げ規模からアカデミア発の研究成果がイノベーションにつながった例である。

産学官連携ジャーナル(2010年2月号)「特集 実用化への志と喜び-語り継ぐ昭和の産学連携」に大村特別栄誉教授が寄稿した記事「天然有機化合物の動物、ヒト用医薬品 産学双方の研究グループの特色を生かす」において、「メルク社との共同研究によって発見したアベルメクチン(イベルメクチン)は動物薬として1983年から今日(筆者注:2009年)まで世界の売り上げ第1位をキープし、ピーク時には年間の総売り上げが約1,000億円、1981年から今日(2009年)までは1兆8,000億円になる」と述べており、イベルメクチンは動物薬におけるブロックバスターといえる。

大村特別栄誉教授は続けて、メルク社は動物を対象とした薬品は有料として販売し、主としてアフリカ諸国の人間を対象とした治療薬は無料で配布したが、「メルク社は、この無償供与したイベルメクチンの製造原価を3,750 億円と発表している」と述べている。さらに、メルク社以外にイーライリリー社とも動物用抗生物質の共同研究を行って成功し、「年間450億円、最近(筆者注:2009年)の10年間で4,500億円余りの売り上げがある」としている。

また、日本経済新聞(2015年10月6日)によれば、大村特別栄誉教授の特許料収入は250億円に達し、日本人研究者として最も特許料収入が多いと言われている。ちなみに特許料収入から特許料率を算定すれば、1.4%(250億円/1兆8000億円)あるいは1.1%(250億円/2兆2500億円)となる。

この特許料収入は、米国における代表的な技術移転の成功例として有名な遺伝子組み換え技術である「コーエン・ボイヤー特許」が得た特許料収入約2億5000万ドルに並ぶものである。

関節リウマチ治療薬(アクテムラ)による医薬イノベーション**5678

アクテムラ(一般名:トシリズマブ)は関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療薬である。世界で初めて承認された日本発の抗体医薬品で、岸本忠三大阪大学特任教授による研究成果を中外製薬株式会社が商品化したものである。

一橋ビジネスレビュー(2013 WIN.号)の「成功する産学連携へ―“学”本来の存在意義を再認識すべき」において、一橋大学イノベーション研究センターの長岡貞男教授と赤池伸一教授が岸本特任教授にインタビューし、岸本特任教授が「中外製薬と共同研究開発した、アクテムラの今年(2013年)の売り上げは1,000億円といわれています」と述べている。

また、同号の別の記事では、一橋大学イノベーション研究センター特任助手の原 泰史氏と大杉義征特任教授による論文「アクテムラとレミケード―抗体医薬品開発における先行優位性を決めた要因―」があり、ここでは、アクテムラの2011年の売り上げは6億5800万ドル(約658億円)*1としている。

さらに、大杉特任教授は産学官連携ジャーナル(2013年4月号)の記事「国産初の抗体医薬トシリズマブの開発」において、製薬企業ロシュの開示資料を用いて「2012年のアクテムラは800億円の売り上げを達成」し、それまでの急速な売り上げ増加から「2013年にはブロックバスターとなり、2、3年後のピーク時には売り上げは2,000~3,000億円に達するだろう」としている。

最近の産学官連携ジャーナル(2015年9月号)のインタビュー記事「免疫のミステリーを解き明かした学問を新しい治療薬につなげる」では、岸本特任教授は、「(抗体の培養タンクが)全部稼働したら薬の年間販売額が1,000億円以上になるというぐらいの規模です」と述べている。

これらから、現時点では年間1,000億円規模の売り上げに達していると推定でき、ブロックバスターのグループに加わったといえる。

一方、ニューヨーク大学とセントコア(その後、ジョンソン・エンド・ジョンソンに買収される)が研究開発し、アクテムラのライバル技術と言われ、いち早く上市したレミケード(これも米国におけるアカデミア発の研究が大きな成果を生み出した例である)は、2011年に90億ドル(約9,000億円)と約10倍の巨大な売り上げを誇り、もちろんブロックバスターである。

エイズ治療薬による医薬イノベーション**91011

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)によって引き起こされるエイズの治療薬には大別して以下の種類があり、それぞれ作用が異なる。

(1)逆転写酵素阻害剤(核酸系、非核酸系。いずれもHIVのRNAからDNAを合成する逆転写酵素を阻害)

(2)プロテアーゼ阻害剤(HIVのタンパク質を合成する過程を阻害)

(3)インテグラーゼ阻害剤(インテグラーゼの動きを止め、HIVが合成するDNAがヒトDNAに侵入することを防止)

(4)CCR5阻害剤(HIVとCCR5受容体との結合を邪魔)

満屋裕明熊本大学教授は世界初のエイズ治療薬AZT(アジドチミジン)を発見しているが、これは上記の(1)に該当し、世界のメガファーマ(巨大製薬企業)から上市された。その後も研究は続けられ、上記(2)について四つ目の治療薬ダルナビルが満屋教授の成果として大手製薬会社から世の中に送り出されている。

エイズ治療薬は満屋教授以外にも多くの研究者や製薬メーカーにより、積極的に開発が進められており、その市場規模は極めて大きいと推定される。

塩野義製薬株式会社は外部に発表した2010年の第3次中期経営計画において、主要国での抗HIV薬の市場予測をしており、2017年に153億ドル(1兆5300億円)としている。

また、株式会社グローバルインフォメーションの調査レポート概要(2012年11月9日)では、「HIV/エイズ治療薬の市場規模は、2011年には135億ドル(1兆3500億円)、2018年には218億ドル(2兆1800億円)に達すると予測」している。市場の年平均の成長率は、「2004~2011年は12.5%、2011~2018年は7%と推計」している。エイズ治療薬市場は大きさのみならず高い成長率をも示している。

さらに、ブログ「化学業界の話題」(2012年11月2日)によれば、世界のHIV治療薬市場の状況は次の通りである。世界規模での販売高は、「今後も年1~2%で成長し、2017年には約200億ドル(約2兆円)に達すると期待されている」。また、市場は寡占状態にあり、「ギリアド・サイエンシズ(76億ドル)、ヴィーブ・ヘルスケア(24億ドル)、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(18億ドル)の3社で約70%のシェアを占める」。

HIV治療薬における主要製品としては、ヴィーブ・ヘルスケアのEpzicomやCombivir以外に「Atripla、Truvada(ギリアド・サイエンシズ)、Reyataz(ブリストル・マイヤーズ・スクイブ)、Isentress(メルク)など」があり、「今後のHIV治療薬市場においては、複数の配合剤(何種類かの成分からなる薬剤)が市場全体の半分以上を占めると予想」している。

がん治療薬(オプジーボ)による医薬イノベーション**121314

2015年に入って、皮膚がん(メラノーマ:悪性黒色腫)に対する画期的な治療薬が販売されている。医薬品メーカーである小野薬品工業株式会社とブリストル・マイヤーズ・スクイブが共同研究して実用化したオプジーボ(一般名:ニボルマブ)である。これは、本庶 佑京都大学教授(当時)のチームが発見した抗PD-1抗体を用いた抗体医薬であり、2013年には米科学誌サイエンスのブレークスルー・オブ・ザ・イヤーに選定されている。

抗PD-1抗体は体内の免疫機能を高めてがんを治療する医薬品候補である。オプジーボは2014年7月に転移性悪性黒色腫治療薬として製造販売承認され、同年9月に発売し、2015年12月には非小細胞肺がん(肺がんは小細胞がんと非小細胞がんに大別される)の治療薬として製造販売承認されている。また、抗PD-1抗体による抗体医薬はエフ・ホフマン・ラ・ロシュ、アストラゼネカ、ファイザーも開発を進めているとされる。

オプジーボは二つの点で画期的な意味を有する。一つは皮膚がん以外にも、肺がんでも効果が得られたことである。これで抗PD-1抗体薬はがん治療薬として大きな可能性を持つことになった。

二点目は、わが国の製薬メーカーが弱いと言われている抗体医薬分野での大きな成果であり、さらに言えば、その成果がわが国のメガファーマではなく、中堅製薬メーカーから市場に出されたことである。

以上に述べる市場予測によれば、オプジーボは日本からアカデミア発のブロックバスターに育つ可能性を持つ大型の医薬品である。

日本経済新聞(2014年10月24日)では、本庶教授らのチームが発見したのが1992年、小野薬品が治験を始めたのが2006年で、開発から実用化まで15年かかったとしている。小野薬品が長期的に開発を続けてきたという企業文化があり、研究開発比率も30%と高く、その結果オプジーボにより「小野薬品は今後数年でロイヤリティーだけで年間数百億円は堅い」としている。

さらに国際医薬品情報(2015年2月9日)では、「PD-1の知的財産保有で存在感際立つ小野薬品」とのタイトルで、ニボルマブを詳細に分析している。この中でWHO(世界保健機構)のデータベースを引用し、「2012年には全世界で182万4700人が肺がんに罹患(りかん)して158万9800人が死亡」しており、ニボルマブに大きな期待がかかり、「年間の薬剤費が1,000万円として、158万人のうち先進国の患者を中心に考え40万人の1割の4万人に処方されるとしても売り上げは4,000億円の売り上げとなる」としている。これにより、「5年後の2019年度には小野薬品のニボルマブの売り上げを400億円、ブリストル・マイヤーズ・スクイブからのロイヤリティーを推定550億円」と計算している。

ロイター(2015年4月30日)では、「ブリストルの『オプジーボ』の第1四半期の売り上げ高が4,000万ドル(40億円)」、ライバルの「メルクの『キートルーダ』は、同8,300万ドル(83億円)」とし、双方の明暗について触れている。ここで業界アナリストは「双方の薬剤とも年間売り上げ高が数十億ドル(数千億円)に達する可能性」を指摘している。

最後に

さまざまな情報を基にして、イノベーションにつながった技術(つながるであろう技術も含む)を売り上げあるいは市場規模の面から定量的に推定した。可能な限り複数の数値を用い、少しでも客観的に表すことに注力した。大づかみな数値とはなったが、アカデミア発イノベーションの規模感(年間売り上げ1,000億円以上、市場規模1兆円超)を把握することができたのではないかと思う。

ここで、マスコミ等でよく取り上げられる経済(的)効果(あるいは経済波及効果)と売り上げとの関係について少し触れたい。

経済効果は直接効果と波及効果から構成され、波及効果には一次波及効果と二次波及効果が含まれる。従って、

経済効果=直接効果+一次波及効果+二次波及効果

となる。

今回、情報源から得られた売り上げの数字はほぼ直接効果に相当するので経済効果とする場合は、産業連関表によるが多くは売り上げの1.2~2.0倍になる。

最後に読者の皆様に以下をお願いしたい。

大きな売り上げを達成した例やイノベーションにつながった例をケーススタディとして、この産学官連携ジャーナルにおいて積極的に発表していただきたい。その際、可能な限り、売り上げあるいは市場規模を加えてもらえればうれしい。

また、わが国には独創的な研究や開発を表彰する制度が数多く存在するが、産学官連携あるいはアカデミア発の実用化された技術を条件としている制度は少ない。しかし多くの表彰された技術を詳細に見れば、アカデミア発であることが多い。産学官連携による成果が埋もれている可能性が多々あると思うので、是非掘り起こしてほしい。

(本連載は今回で終わります)

●参考文献

**1
塚崎朝子.新薬に挑んだ日本人科学者たち.講談社ブルーバックス.2013,256p.

**2
佐藤健太郎.世界史を変えた薬.講談社現代新書.2015,192p.

**3
小原満穂.“連載 産学官連携によりイノベーションにつながったアカデミア発の研究例 第1回 表彰制度から見た代表的技術”.産学官連携ジャーナル2016年1月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2016/01/articles/1601-06/1601-06_article.html,(accessed2016-02-04).

**4
大村智.“天然有機化合物の動物、ヒト用医薬品 産学双方の研究グループの特色を生かす”.産学官連携ジャーナル2010年2月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2010/02/articles/1002-02-3/1002-02-3_article.html,(accessed2015-12-14).

**5
岸本忠三、長岡貞男、赤池伸一.成功する産学連携へ―“学”本来の存在意義を再認識すべき.一橋ビジネスレビュー.2013,vol. 61,no. 3,p. 170-178.

**6
原泰史、大杉義征.アクテラムとレミケード―抗体医薬品開発における先行優位性を決めた要因―.一橋ビジネスレビュー.2013,vol. 61,no. 3,p. 22-36.

**7
大杉義征.“国産初の抗体医薬トシリズマブの開発”.産学官連携ジャーナル2013年4月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2013/04/articles/1304-02-3/1304-02-3_article.html,(accessed2015-12-14).

**8
登坂和洋.“岸本忠三 大阪大学元総長、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授、公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長 免疫のミステリーを解き明かした学問を新しい治療薬につなげる”.産学官連携ジャーナル2015年9月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2015/09/articles/1509-02/1509-02_article.html,(accessed2015-12-14).

**9
塩野義製薬株式会社 第3次中期経営計画.2010年3月16日.

**10
GBI Research.“市場調査レポート216701:世界のHIV/AIDS治療薬市場:一定容量・1日1回の併用薬物の普及による成長促進”.Global Information.
http://www.gii.co.jp/report/gbi216701-hiv-aids-therapeutics-market-2017-superior.html,(accessed2015-12-14).

**11
“塩野義製薬、HIV治療薬JVの枠組み変更”.化学業界の話題.
http://blog.knak.jp/2012/11/hivjv.html,(accessed2015-12-14).

**12
高田倫志.“15年間諦めなかった小野薬品 がん消滅、新免疫薬”.日本経済新聞2014年10月24日付.
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO78790300T21C14A0X11000/,(accessed2015-12-14).

**13
“PD-1の知的財産保有で存在感際立つ小野薬品―ニボルマブとの併用療法を求める動きはさらに活発化―”.国際医薬品情報2015年2月9日<通巻第1027号>.
http://www.kokusaishogyo.co.jp/kokusaiiyakuhinjoho/post_111.html,(accessed2015-12-14).

**14
“ブリストルとメルク、がん免疫治療薬の販売で明暗”.Reuters Business 2015年4月30日付.
http://jp.reuters.com/article/bristolmyers-merck-cancer-idJPKBN0NK1ZO20150429,(accessed2015-12-14).

*1
1ドル=100円換算(以下同じ)