2016年3月号
シリーズ 知的財産を活用する
第5回
大学の研究成果をスタートアップに技術移転する際の課題
顔写真

吉岡 恒 Profile
(よしおか・ひさし)

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 イノベーション推進部 主幹


NEDOの中小企業、ベンチャー、起業支援事業

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、20年ほど前から、幅広い分野でテーマ公募型の研究開発助成を行ってきた。最近では、それらの一部は、対象を中小企業やベンチャー(一部中堅も含む)に特化したものとして行っており、多くのベンチャーにとって死の谷を越える橋として、大いに有効活用されているものと考えている。

それらに加え、NEDOでは数年前より、ベンチャーの起業前や草創期における支援の強化を図ってきた。それが現行のビジネスプラン研修(TCP)、起業家候補(SUI)支援、シード期のベンチャー(STS)支援と呼ばれる三つの起業支援プログラムである(図1)。これらは資金的な支援だけではなく、迷える起業家へのハンズオンを重視しているのが特徴となっている。

これらで採択された案件には、大学シーズを活用しようという起業家の提案も数多く含まれていた。これらへの専門家と一体になったハンズオン、事業管理にNEDOが携わった経験を踏まえ、大学シーズ(知的財産)をスタートアップに技術移転する際の課題について、感じたところをお伝えしたい。

図1 NEDOのさまざまな起業・ベンチャー支援

ライセンスを受ける際のコストの課題

研究開発型ベンチャーにとって、利益を生み、また自らを守りつつ競合に優位性を保っていくためのよりどころとなるのは知的財産(知財)であり、最も重要なアイテムと言っていいだろう。大学では、多くの場合、それらは職務発明として大学に帰属するので、発明者であったとしても、当然のことながら、ライセンシングする場合は、大学や技術移転機関(TLO)から有償で受けることになる。

しかし、スタートアップは資金に余裕がないことが多い。そういう事業者や申請者に多く見られたのが、必要とする知財の実施契約でイニシャルコストが重くのしかかるケースであった。

この契約は、大学やTLOによっては、交渉により、イニシャルコストの比率をかなり下げたり、ランニングコストの実施料率だけで契約できるように調整してくれた例もあった一方で、最低でも出願・維持に要した経費分や、一般企業(既に何らかの収益があってビジネス実施中という意味)と同じような扱いでそれなりの額を求められるケースもあった。個々の事情にもよるが、資金に余裕がないスタートアップには、成功報酬とか、出世払いとか、すぐにキャッシュを用意しなくても済むようなフレキシブルな選択肢も常に配慮されるよう期待したい(NEDO支援は研究開発への助成という性格から、ビジネスに使うための特許関連費用を支援対象とはできない、ということもある)。

なお、ランニングコストの調整による柔軟性以外にも、イニシャルコストの分割払いや、NEDO事業では例はなかったが、ストックオプションを組み合わせた契約をしたTLOの事例も複数見られた。

発明者による起業でライセンス条件は優遇されるか

大学発ベンチャーに対するポリシーや対応は、大学やTLOごとにさまざまだ。

例えば、研究者が自身の発明をもとに起業するというパターンが結構あった。そういう場合は何らかの優遇があるのかと思っていたが、収益を大学へもたらすという観点からの利益相反や、大学発といえども別法人ということから、ライセンシングの条件に特に差異はつけないというところが多かった。その一方で、優先的にライセンシングすることや、実施料、条件の面でも外部企業と差をつけることを明確にしている大学もある。また、起業につながる発明と判断されれば、特許を受ける権利そのものを発明者に返還する大学もあり、その対応ぶりは国公立大学間でも一様ではない。明示的にはしていない大学やTLOでも、利益相反、公平性の観点を建前としつつも、応相談と匂わせていたり、実際は配慮している節もあったりする。

国公立大学であれば、公平性や利益相反を無視することができないのは間違いないが、大学の知財活用が米国と比べると天地ほどに離れている現状から見ても(シリーズ第1回**1参照)、その還元促進こそ公共の利益とみて、発明者による特許利用をより促す工夫が検討されればと思う。実際、より踏み込んだ姿勢を示しているところの方が、個性的な企業輩出にもつながっていると思われる。

ライセンシングの意思決定における課題

スタートアップは迅速な意思決定が可能であるが、競合ひしめく分野で勝ち残るには特にスピードが要求される。そのためにも知財の権利関係を整理し、速やかにライセンスできるような支援が大学やTLOに望まれるが、大学によってスピード感、対応ぶりはまちまちであった。これはTLOの有無や、TLOが大学から独立的か内部的か、またライセンスへの権限を有するか否かでも左右される。

TLOが独立的でかつライセンシングに実質的な決定権を持つところは対応も迅速で、スタートアップ支援も充実している感があった。一方でライセンシングのための意思決定、意思疎通に時間を要し、スタートアップの貴重な時間を浪費してしまうところもあった。決定権のない外部TLOが大学側との関係で時間を要す場合もあったが、大学と一体的なTLOや知財本部だからといって必ずしもスムーズというわけでもなく、一部にスタートアップのスピードについていけていないところもあった。大学のスタートアップに対する柔軟性や経験値も反映していて、これもまた個性というべきものと思われた。また、TLO的な役割を果たす組織がないところはやりとりに一苦労となることもあった。

NEDOも公的機関としてどうしても手続き関係に時間を要することがある。スタートアップ支援ではこの点にも留意していきたい。

大学研究者の経営者としての資質と特許に関する認識不足

実際のところ、大学研究者の経営者としての資質が最も課題と感じた。研究者はやはり研究が本分であり、経営者には向いていないことが多そうであった。例外もあるが、一般論として、経営はそれに向いた専門家にやっていただく方がうまくいくと思われる(と言っても経営の専門家がその辺をうろうろしている訳でもないので、とりあえずは技術系CEOを磨く支援をしている)。

そもそも大学研究者が経営者(CEO)として兼務することが大学との関係で難しい場合が多い。経営の支配権の維持や特許の帰属、影響力によりコントロールしようという試みも見られたが、院政的な支配は投資家からも敬遠され、立ちいかなくなる例もあった。また実際に経営陣に会うと、CEO以上に発明者(最高技術責任者(CTO)の場合も多い)が経営に発言権を持っているさまが明らかな例も見られ、そういう事例はガバナンス上の問題が露呈してくることが多い。

なお、大学の研究者による起業の場合、特許に関して十分な認識を持っていないケースが散見された。例えば、共同研究先との関係が整理されていない状態で事業を始めようとして、その調整で混乱と大きな時間ロスを招いたことや、独占実施権を発明者との約束でしか行わず、帰属先大学との調整を怠っていた例もあった。また、一般的に特許所有者側は独占実施権を出したがらないものではあるが、スタートアップの競争力のよりどころは排他的な知財であり、非独占の通常実施権では投資家からリスクと見なされる。しかし通常実施権でライセンシングしていた起業家もいたため、交渉で独占実施権に変えさせたこともあった。

これら特許の権利関係の整理、戦略づくりは、研究者自身ではなかなか難しいところもあり、TLOや専門家による適切な支援を受けて進めることを研究開発型ベンチャーには強くお勧めする。

大学の知を活かすために

公費で数兆円規模になる大学の研究開発費により生みだされた知の還元は、今のところまだ十分ではない。しかし、施策も積み重なるとともに変化の兆しがあり、徐々に成功事例も増えつつあるところ、これから十分期待できるであろう。

なお、NEDOとしての起業支援プログラムは開始して数年であり、その経験値もまだ十分ではない。経験値を大きくし、よりよい支援を目指したい。

●参考文献

**1

佐藤辰彦.“シリーズ 知的財産を活用する 第1回 大学と知的財産の創出”.産学官連携ジャーナル2015年11月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2015/11/articles/1511-05/1511-05_article.html,(accessed2016-02-04).