2016年4月号
研究者リレーエッセイ
神経変性疾患の克服をめざして
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祖父江 元 Profile
(そぶえ・げん)

名古屋大学大学院医学系研究科 特任教授



神経変性疾患、球脊髄性筋萎縮症との出会い

私は大学院時代(1977〜81年)に神経変性疾患の一つである筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病理学的研究を行っていた。これは下位運動ニューロンの病変の進行と選択性を病理形態的に検討しようとするものであった。当時、神経変性疾患は、そのメカニズムについてはほとんど手掛かりがなく、治療法もなくて、なんとかならないかという思いがあったことは確かである。

そんな時に私の上司と共に受け持って診ていた球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の患者さんが亡くなられて病理解剖となった。当時、SBMAは、病因はもちろん運動ニューロン疾患としての位置付けもはっきりしなかったが、一方のALSは運動ニューロン疾患の代表と考えられていたので、ALSとの対比をしてみようということになった。下位運動ニューロンの病変の選択性など、運動ニューロン変性の特徴はALSと類似性が高く、明らかに運動ニューロン疾患としての特徴を備えていた。これは結局私の学位になった。

その後さらに病態や病因に迫る研究を行いたいということで、米国を中心に神経変性疾患の研究を行っている留学先の研究室を探したが、当時は米国でさえ、このような研究室はなかった。神経変性疾患研究は、当時は未開拓分野で、グラントが取れない時代であった。結局、米国では、シュワン細胞の分化と増殖の調節機構の研究にしばらく携わることになった。

球脊髄性筋萎縮症の治療研究の開始

私は1995年に名古屋大学医学部神経内科の教授に就任し、神経変性疾患の治療に向けた研究を本格化させた。分子生物学、遺伝学などの周辺の環境が研究への大きな追い風になっていたことと、何よりも以前から神経変性疾患治療研究への思いが再び高まってきたことがあったと思う。

まずはSBMAに焦点を絞り、動物モデルの開発を行った。SBMAはアンドロゲン受容体(AR)のポリグルタミン病であることがすでに明らかにされており、AR遺伝子にCAGリピート*1を伸長させた変異AR遺伝子を種々の条件でマウスに発現させ、その臨床病理を観察した。その中でヒト全長AR遺伝子に97回のCAGリピートを挿入し、βアクチンプロモーターのもとに発現させたマウスモデルは、ヒトSBMAの病理を極めてよく反映し、かつ2〜3カ月以内で変性の全経過が見られるという絶好のモデルであった。このモデルは、その後世界中の研究室で使われるようになり、SBMA研究にはなくてはならないものになっている。またわれわれはSBMA患者の剖検例で残存する運動ニューロンの核内に変異ARの凝集体の存在を見いだしていたが、これを除去する、あるいは形成を抑えることが、神経変性を回避させる重要な標的ではないかと考えていた。われわれの動物モデルではこの凝集体が見事に再現されていた。この凝集体を消失させる方策はその後の研究で幾つか見いだしたが、最も効果が高かったのは、抗アンドロゲン薬のリュープロレリンを投与したときであった。核内へのテストステロン(アンドロゲン)依存性の移行が阻止され、見事に核内凝集が消失し、臨床病理所見の改善が得られた。

医師主導治験の開始とその成果

以上の動物実験の結果を基に、われわれは2004年からリュープロレリンのSBMAに対する医師主導治験の準備を開始した。医師主導治験は当時まだほとんど行われておらず、手探りの状態が長く続いた。まず50例のSBMAを2群に分け、一方にリュープロレリン、一方にプラセボ(偽薬)を投与したところ、リュープロレリン群で明らかな臨床症状(嚥下(えんげ)を含めた運動機能)の改善が認められた。一方、リュープロレリン投与群の一例が偶発的な不整脈で死亡されたが、剖検の機会を得て検索してみると、残存運動ニューロン核内の異常AR凝集がこの例では見事に消えていた。まさに動物モデルと同じことがヒトSBMA患者でも起こっていることが示されていたのである。これは明らかなproof of concept(概念実証)と考えられる。

これを受けてわれわれはさらに全国14施設による医師主導治験の第三相に進んだ。発症からの経過の短い初期例について嚥下障害が改善され、有意な結果が得られた。さらに長期(6年以上)のリュープロレリン投与の検討では、誤嚥性肺炎の頻度を下げ、さらに死亡率も低下し、明らかな効果が見られた。この結果を受けて、現在、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認申請に向けてコモン・テクニカル・ドキュメント(CTD)*2の作成に入っているところである。

一連のSBMA治療開発の意義と今後の展開

動物モデルの開発から標的分子、標的メカニズムの確立、リュープロレリンによる変異ARの核内への移行の抑制による動物モデルにおける症状改善、さらにヒトSBMA患者における治療の成功は、いわゆる変性そのものを担う分子をターゲットにしたdisease-modifying therapy(根治療法)開発の成功例として先駆的なものであり、変異タンパク質の凝集を抑制する神経変性疾患の治療パラダイムを示すものである。変異タンパク質の凝集はパーキンソン病(α-シヌクレイン)やアルツハイマー病(アミロイドβ、タウ)などの他の神経変性疾患にも共通して認められるものである。これを治療のターゲットにすることにより、広く神経変性疾患の治療の展開が可能であることを示したものである。今後の神経変性疾患の治療開発に向け、大きなインパクトを与えるものであり、今後治療法がさらに開発されていくことを期待したい。

次回の執筆者は、慶應義塾大学医学部 教授 岡野栄之氏です。

*1
遺伝子内のシトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)3塩基の繰り返し配列(例:・CAGCAGCAG・)のこと。

*2
医薬品の承認申請のための国際共通化資料。