2016年4月号
シリーズ 知的財産を活用する
第6回
大学の研究成果を外国出願する際の留意点
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髙津 一也 Profile
(たかつ・かずや)

髙津国際特許事務所 代表弁理士



大学の研究成果の国際的保護の必要性

大学には、わが国の研究者の40%弱が在籍しており**1、大学における研究開発のポテンシャルは非常に高い。また、大学では、企業で通常行うことが難しい基礎研究が行われている。

従って、これら大学の貴重な研究成果を知的財産権(特許権)として保護することは重要であり、日本国内での知的財産権の確保にとどまらず、海外での活用を視野に入れ、海外において知的財産権を確保することも重要である。特に環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の発効により、グローバル化が進み、ボーダーレスの時代になれば、この海外での知的財産権確保の必要性は、今以上に高まるものと考えられる。

大学の研究成果の国際的保護の手段

「国際特許」といった言葉が用いられることがあるが、一般的には、特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願(PCT出願)を指すことが多いと思われる。一部では、「国際特許」という全世界に有効な統一特許のようなものをイメージする人もいるが、実際はそのような統一特許はなく、各国でそれぞれ特許権を取得しなければならない。すなわち、特許権は、領土主権の下、各国で成立し、当該国内のみでその効力が及ぶことから、特許権による保護を求めるすべての国でそれぞれ権利取得する必要がある。

外国での権利取得の方法としては、主として、上述のPCT出願を利用する方法と、パリ条約に基づくパリ優先権を利用してその国へ直接出願するパリルート出願を行う方法がある。大学の研究成果については、特定の国のみで活用されるということはあまり想定されないことから、ほとんどのケースで、PCT出願を用いることになると思われる。

このPCT出願とは、一つの出願で各国国内出願の束としての効果を有するものであり、通常、日本の国内出願(基礎出願)から1年以内に受理官庁たる日本国特許庁へ日本語で出願を行う。PCT出願は、出願時に外国語へ翻訳する必要はなく、基礎出願から30カ月以内に実際にどの国に移行するかを決定し、実際に移行する国についてのみ、その国の言語へ翻訳して移行すればよい(国内移行)。従って、PCT出願は、各国出願の手続きの煩雑さを軽減できるだけでなく、費用を抑えつつ、外国での権利取得の必要性を見極める期間を確保することができるというメリットがある。

大学の外国出願の障壁

上記のように、外国で特許権を取得するに当たってはPCT出願という便利な制度があるものの、特許取得のためには、PCT出願後に、各国に国内移行し、各国でそれぞれの手続きが必要となるため、多大な費用を要する。大学関係者に聞くと、外国での権利取得には、費用の点が大きな障壁となるという(これは、大学に限らず、中小企業にも当てはまる)。国内出願では、代理人に任せて手続きを行うにしても、国内代理人費用のみを考えればよいが、外国に出願するとなると、外国代理人の費用や、翻訳費用も追加して必要となる。代理人費用は、特に欧米においては高額になることが多く、外国での権利取得の際の一つの障壁となっている。

外国出願の見極め

このように外国での権利取得には多大の費用を要するため、外国での権利取得を目指すに当たっては、外国出願を行うべき出願(発明)を慎重に見極め、選別する必要がある。その選別の観点としては、一つは、特許される可能性が高いかといった特許性からの観点があり、もう一つは、企業とのライセンスの可能性があるかといった特許活用の観点がある。

特許性に関する留意点

特許性の観点から言えば、まず、先行技術をより正確に把握し、特許性を見極めることが重要となる。先行技術調査は、学内で行う場合と、外部調査機関に依頼する場合があると思われるが、いずれにしても、発明者がその研究内容については詳しいので、キーワードとなる用語(英語表現を含む)について、発明者に確認し、少しでも漏れのない検索を行うことが重要となる。具体的には、省略した用語がないか、同様の意味で使う異なる用語がないかなどを確認することが有用である。

また、実務経験上から言えば、大学の研究者の発明は、特許庁の審査において、発明者自身の論文が引用される(審査官から特許性否定のために挙げられる文献を引用文献という)ことが非常に多いので、発明者に、関連する自己の論文を事前に提示してもらうことが重要である。発明者自らが執筆した論文は、発明者自らが一番よく把握していることから、発明者の協力が重要となる。

今でこそ特許に慣れた大学の研究者も増えてきてほとんどなくなったが、一昔前までは、特許庁審査官により、特許出願に係る発明の特許性が、発明者自身の論文が引用されて否定されると、これは自分の論文なので引用文献になるのはおかしい、といったことを言われる大学の研究者もいた。

これと同じように、あまり特許に慣れていない大学の研究者の中には、新規性(発明が新しいこと)があれば特許になると考える研究者もおり、その結果、実際は進歩性(発明が容易に思い付かないこと)の観点から引用文献となり得る文献があっても、事前に大学の知財関係者やわれわれ代理人に伝えられていないこともある。この場合、引用文献となり得る文献を把握しないまま出願書類の作成を進めて出願することとなり、審査段階で不測の事態を招くことにもなる。従って、特許経験の浅い研究者に対しては、特許取得のためには、新規性のほかに、進歩性の要件も必要となることをよく説明し、関連する文献の提示をお願いすることが重要となる。

さらに、上記、進歩性の要件と関連して、発明者自身の論文や研究報告書などが問題となる場面として、論文や研究報告書の終わりに記載された、次の研究に向けた取り組みなどの記載が問題となる場合がある。例えば、論文や研究報告書における「○○(用途)への応用が期待できる」といった記載や、「今後、△△(物質名)の効果も確認したい」といった記載が、後の出願の権利取得の障害になることがある。進歩性の判断には、その発明をするための動機づけ(発明を完成するヒント)があるか否かということが一つの判断基準となるので、上記のような「○○(用途)への応用が期待できる」といった記載や、「今後、△△(物質名)の効果も確認したい」といった記載は、発明をするための動機づけとなる記載と判断され、進歩性を否定される要因となることがある。実際、大学の研究者に、ここまで考慮して論文や研究報告書を執筆することを要求することは酷だとは思うが、現実としてはこのようなことがあることをご留意いただきたい。

新規性喪失の例外の適用(グレースピリオド)の制度

論文などで発明を公表してしまった場合でも、日本や外国では、新規性喪失の例外の適用の制度を持っていることがあるので、この制度を利用することが可能な場合もある。しかし、外国出願を考慮する場合には、新規性喪失の例外の適用は極力避けなければならない。それは、各国において細かな点で制度が異なるからである(表1参照)。特に欧州や中国ではその例外の適用範囲が非常に狭いため、論文などで発明を公表した場合には実質的に認められない。従って、論文などで発明を公表してしまうと、権利取得の観点から、発明の価値が低下し、外国出願自体を断念せざるを得ないということにもなる。実際、科学技術振興機構(JST)でも、外国出願支援が行われているが、新規性喪失の例外の適用を受ける出願は、その支援を受けることが難しいと聞いている。

従って、外国出願を念頭に置く場合には、特許出願前に、発明を公表しないことを肝に銘じておく必要がある。

なお、学会発表においては、「発表の予稿集」や「発表タイトル(発明を特定できる内容)」が発表の1〜2カ月前に学会ホームページに出る場合があるので、その点にも留意する必要がある。

表1 各国(地域)の新規性喪失の例外の適用


特許活用に関する留意点

特許権は、その国で発明が実際に実施され、有効に活用されるものでなければ取得する意義はないが、大学は自らが実施しないという企業とは異なる事情を有するため、どの国で権利取得するかという悩ましい問題がある。すなわち、実際に海外で事業を行っており、事業展開計画もしっかりとした企業であれば、このような悩みは比較的少ないが、大学が、企業と連携していない段階で移行国を決定するのは比較的難しい場合がある。従って、できる限り早い段階で、連携できる国内企業や外国企業を探すことが望まれる。PCT出願を行った場合、どの国に実際に移行するかを決定するまでに、基礎出願から30カ月の猶予があるので、この猶予期間内に、提携先企業を見つけることが重要であり、企業との関わりの強い大学の研究者や、TLO関係者の活躍が期待される。また、この企業との連携が実現できれば、企業に費用負担をしてもらうことにより、上述の費用の問題も解消される可能性が高い。

ここで、企業との連携を図るためには、企業にとって魅力的な権利を取得できているかという点が重要である。すなわち、企業にとっては、事業を行う際に、他社の参入障壁を形成できるような充実した権利でなければライセンスを受ける意義がない。従って、ライセンスを成功させるためには、より広く強い充実した権利の取得が必要となる。そのための手段の一つとして、実施例の充実を図ることが考えられる。例えば、PCT出願をする際には、実施例を追加することができるので、基礎出願からPCT出願までのスケジュールも考慮し、PCT出願時までに、追加の実験データを取得しておくことが考えられる。

また、市場として大きい米国での権利化が、企業とのライセンス交渉において大きな影響を与える場合があるので、この点にも留意しておきたい。

発明者の協力の重要性

最後になるが、上記の内容からも分かるように、海外を含め、充実した権利を確保するに当たっては、発明者の協力が不可欠である。発明者、大学の知財関係者、外部専門家等が連携をとることにより、より充実した権利が生まれ、これが企業とのライセンスへと結び付き、大学、企業の双方にメリットが生まれてくるものと考える。

●参考文献

**1

総務省.“平成27年科学技術研究調査結果の概要”.総務省統計局.
http://www.stat.go.jp/data/kagaku/kekka/kekkagai/pdf/27ke_gai.pdf,(accessed2016-03-04).