2016年5月号
特集 - 新・海洋資源活用術
カニ殻由来の新素材キチンナノファイバーの実用化
顔写真

伊福 伸介 Profile
(いふく・しんすけ)

鳥取大学 大学院工学研究科 化学・生物応用工学専攻 准教授


「蟹取県」とっとり

鳥取県の特産品は二十世紀梨や椎茸、砂丘らっきょう、大山地鶏などいろいろあるが、中でもカニが有名で、毎年、解禁されると多くの観光客が訪れる。カニの水揚げ量の全体に占める割合は46.4%(2013年農林水産省調査)にも上り、2015年度は期間限定で県名を「蟹取県(かにとりけん)」に変更してアピールした。

「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるロードが有名な鳥取県の西部に位置する境港は、国内有数のカニの水揚げ基地として知られおり、ズワイガニや、ゆでる前から赤いベニズワイガニもたくさん捕れる。その用途はカニ缶など加工品が多いため、漁港の付近には水産加工会社が集積している。

ベニズワイガニの漁期はズワイガニよりも長く10カ月の間、水揚げされる。よって、長期にわたって大量のカニ殻が発生する。

カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」

筆者はカニ殻の主成分である「キチン」をナノファイバーという極めて微細な繊維として抽出することに成功し、その実用化を進めている。製法は至って簡単で、カニ殻をアルカリや酸で処理してタンパク質やカルシウムを除く(写真1)。タンパク質は甲殻アレルギーの原因物質であるが、この方法で十分に除去できる。続いて石臼式磨砕機などの粉砕機で粉砕すると幅が10ナノメートル(10−9メートル)の非常に細い繊維が取り出せる(写真2**1。10ナノメートルは髪の毛の太さのおよそ1万分の1のサイズである。例えば1%の濃度のキチンナノファイバー分散液を0.2ミリリットル取り出した時、その中に含まれる繊維の長さは地球1周分に相当する。キチンは昆虫の外皮やキノコにも含まれており、地球上にたくさん存在する。しかし、キチンは水に溶けないため加工がしにくく、使い道がほとんどなかった。一方でキチンナノファイバーは水によく分散してジェル状になるため、他の素材と混ぜたり、用途に応じていろいろと加工ができるようになった。

写真1 (左)カニ殻と(右)抽出したキチン

写真2 毛髪の1万分の1の極細繊維「キチンナノファイバー」

地域に密着した仕事をしたい

鳥取大学に着任前はカナダのバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学で博士研究員をしていたが、教員採用面接のため日本に向かう国際線の中で、研究テーマを考えていた。何か地域の特色を生かした仕事がしたい。カニが特産品だから廃カニ殻を活用して新しい産業を興し、地域を元気にできないだろうか。

筆者はもともと京都大学で、樹木の主成分であるセルロースナノファイバーの研究開発に取り組んでいた。セルロースとキチンは構造がとても似ている。これまでの経験を生かして、今度はカニ殻からキチンナノファイバーを抽出しよう。そうひらめいたのが始まりであった。着任後は旅館から頂いたカニ殻や、近所のスーパーで買いあさったブラックタイガーを実験材料として研究を開始した(写真3)。

発想は単純で、うまくいく根拠はなかったが、開始から間もなく目的のナノファイバーが得られた。

写真3 旅館から頂いたズワイガニの甲羅

すごいぞ!カニ殻のパワー

キチンナノファイバーという特殊な繊維を取り出すことができたのは、カニが本来、ナノファイバーを作って殻に蓄えているからである。鋼鉄並みといわれる強いキチンナノファイバーを殻に蓄えて、外敵から身を守っているのである。よって、キチンナノファイバーをプラスチックに混ぜると、透明性やしなやかさを維持しながら、大幅に強度を向上できる**2。また、熱をかけてもほとんど変形しないため、曲げられるスマートフォンやディスプレイ、照明などに将来は使えるかもしれない。

規模こそ小さい鳥取大学だが、裏を返せば学部間の垣根が低く、お互いの得意分野を生かした共同開発がしやすい環境にある。また、共同獣医学科が工学部と同じキャンパス内にあるため、臨床試験によってナノファイバーのいろいろな生理機能を検証できることも大きな強みである。

例えば、キチンナノファイバーを服用すると、腸の炎症が緩和されたり、善玉菌が増殖したり、血中の脂肪やコレステロールを減らせることが明らかになってきた。また、肌にナノファイバーの分散液を薄く塗布すると、表皮で保護膜ができて肌の水分の蒸散を抑えたり、肌の弾力に関わる膠原繊維(コラーゲン)を増やすことなどが期待できる**3

さらには、農作物にまくと病気にかかりにくくなり、パンなどの小麦製品に配合するとよく膨らんだり**4、食感を改良することもできる**5

このようにキチンナノファイバーの機能が次々と明らかになり、筆者自身もその潜在能力の高さに驚いている。これはまさに共同研究のおかげである。今後も多くの大学や民間の研究者、技術者にこの新素材に触れてもらい、未知の機能を上手に引き出していくことが筆者の使命と考えている。2015年9月にはヒトの肌に対する保護および保湿機能を生かしてキチンナノファイバーを配合した敏感肌用化粧品が全国販売された(写真4)。

写真4 キチンナノファイバーを配合した敏感肌用化粧品「素肌しずく」

また、海の恵みの新素材として皆さんに親しんで使用してもらえるよう、「マリンナノファイバー」という商標を登録した。化粧品や健康食品など製品化が進んで、「カニ殻が不足して困っている」と言われるくらい普及することが目標である。

●参考文献

**1
Shinsuke Ifuku et al. Preparation of Chitin Nanofibers with a Uniform Width as α-Chitin from Crab Shells. Biomacromolecules. 2009, vol. 10, p. 1584-1588.

**2
Shinsuke Ifuku et al. Preparation and characterization of optically transparent chitin nanofiber/(meth)acrylic resin composites. Green Chemistry. 2011, vol. 13, p. 1708-1711.

**3
Kazuo Azuma, Shinsuke Ifuku et al. Preparation and biomedical applications of chitin and chitosan nanofibers. Journal of Biomedical Nanotechnology. 2014, vol. 10, p. 2891-2920.

**4
Mayumi Egusa, Shinsuke Ifuku, Hironori Kaminaka et al. Chitin Nanofiber Elucidates the Elicitor Activity of Polymeric Chitin in Plants. Frontiers in Plant Science. 2015, vol. 6, p. 1098.

**5
田中裕之, 江草真由美, 竹村圭弘, 岩田侑香里, 永江知音, 伊福伸介, 上中弘典.キチンナノファイバー添加小麦粉による製パン性の向上. 日本食品科学工学会誌. 2016, vol. 63, p. 18-24.