2016年6月号
研究者リレーエッセイ
新しい医療の開発、基礎研究から臨床応用そして実用化へ
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岡野 栄之 Profile
(おかの・ひでゆき)

慶應義塾大学 医学部 医学部長・教授



米国での治療法開発

米国では、大学や研究所での何らかの発明や特許、基礎研究などの成果を基に、ベンチャー企業が中心となって臨床研究を目指した非臨床研究を行い、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)に、治験薬(Investigational New Drug:IND)の申請を行います。FDAは、動物実験を含む非臨床研究の成果を科学的に精査し、合否の判定を行います。これに合格すると、企業は臨床試験(この場合は治験)を開始することが可能になりますが、企業はこの段階で、実際の臨床を行う臨床医や医療機関を探すことになります。幾つかのベンチャー企業が、同一あるいは似た疾患を対象とした、異なる治療法の開発をしている場合、パートナーとしての臨床医や医療機関の争奪戦が起きます。

臨床研究は、便宜的にI、II、III、IV相(Phase I、Phase II、Phase III、Phase IV)と4段階に分けられ、通常、Phase IあるいはPhase I-IIaといった形で開始され、ベンチャー企業は、開発費用を賄うために金策に奔走します。Phase IIIとなれば、大規模なものになりますので、かなりの資金が必要となり、ここで資金不足になり臨床試験が中断されてしまうことも多々あります。

Phase IIIで安全性と有効性が確認されると、晴れて販売承認が下りますが、その後は競合他社や、全く違うコンセプトの治療法との競争が待っています。それぞれのステージで待ち受ける困難は「死の谷」「魔の川」「ダーウィンの海」と呼ばれています。米国では、幾つかの企業が臓器再生を目指した治験を行っていますが、現時点では販売承認には至っていません。

日本での治療法開発(従来型)

一方、わが国の新しい治療法開発の多くは、医師や医学研究機関が行ってきました。大学によっては、基礎研究室と共同研究した場合もあれば、臨床研究室単独で動物実験を行い、新しい治療法の安全性や有効性が示された後、大学などの所属の研究機関の倫理委員会の承認を経た後に、臨床研究(自主臨床試験)を行う場合もあります。

自主臨床試験で良い成果が得られた場合、論文発表だけで終わることも多いのですが、次の展開として、企業との連携による薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)に基づいた治験が行われ、承認を目指すケースも増えてきています。なお、2003年より、わが国でも、企業等と同様に医師自ら治験を企画・立案し、治験計画届を提出して治験を実施できるようになっています。いったん承認された後にも、いわゆる「ダーウィンの海」にさらされることは、米国と同様です。

新しい潮流

以上をまとめますと、「First-in-Human」*1のプロセスでは、米国ですとベンチャー企業が主導となった治験である一方、わが国では医師が中心となった臨床研究(自主臨床試験)が中心であることが多い傾向がありました。自主臨床試験は、わが国に特有のシステムであり、ここで得られた知見は、学会や専門雑誌への発表を通じて医学の進歩に貢献できますが、販売承認が得られるわけではないので、全国津々浦々まで治療法が広まることにはつながりにくいというのが現実です。この点を鑑みて、2003年より医師主導治験という制度が始まりました。

一方、医師主導治験では、医師自らが、治験実施計画書などの作成をはじめ、治験計画届の提出、治験の実施、モニタリングや監査の管理、試験結果を取りまとめた総括報告書の作成など、すべての業務の実施ならびに統括をしなければならないため*2、忙しい医師にとってはなかなかハードルが高いのですが、わが国でも、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)や厚生労働省により、医師主導の治験をサポートしようという動きが活発となってきています。

さらに薬事法が薬機法へと変わり、2014 年11月25日に施行されるに至りました。薬機法では、これまで以上に安全対策を強化する一方で、再生医療等製品の実用化を促進するため、その特性を踏まえた審査制度を新設し、その上で、少ない症例数でも治験で有効性が推定され、安全性が確認できた時点で条件付き早期承認し、その後に症例を蓄積して原則7年を超えない期間内にあらためて承認申請を行うという「条件及び期限付き承認制度」を新たに導入しています*3

現在、わが国のこの新しい法制度により、再生医療製品については、米国より迅速に承認を得ることが可能となり、世界中からその運用が注目されています**1。このような新しい法制度導入と並行し、2015年9月2日にはテルモ株式会社が再生医療等製品として申請していた骨格筋芽細胞シートが「条件及び期限付き承認」で了承され**2、また、サイバーダイン株式会社(Cyberdyne)によるHAL医療用下肢タイプ(下肢障害、脚力が弱者を対象にした治療機器)が、2015年11月25日に医療機器製造販売承認されるなど、わが国発の研究成果が事業化される成功例が生まれてきたのは良い傾向であると思います。

大学の新たなミッション

このように、わが国では、従来型の臨床応用から、事業化を念頭に入れたものへ、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが劇的に変化するパラダイムシフトが起きていますが、十分な医学知識を持ちながら起業を目指す、いわゆるアントレプレナーの数は、まだまだ米国の域に達していません。しかも世界で戦える人材は、まだまだ希少であります。

このような人材を育成することこそ、これからのわが国の大学の大きなミッションです。少子高齢化の進むわが国では、新しい医療の開発が国の命運を担っていると言って過言ではないと思います。慶應義塾大学医学部医学研究科では、この点を意識した大きな教育改革を行っていく計画です。慶應義塾大学病院は、ことし3月に厚生労働省より臨床研究中核病院と認定され、臨床研究中核センターを中心に医師主導治験や、基礎研究の事業化の活性化を推進中です。今後は新しい医療を創出し、事業化できる大学を目指し、進化していきたいと思っています。

次回の執筆者は、東北大学大学院 医学系研究科・医学部 教授 青木正志氏です。

●参考文献

**1
Konishi A, Sakushima K, Isobe S, Sato D. First Approval of Regenerative Medical Products under the PMD Act in Japan. Cell Stem Cell. 2016, vol. 18, no. 4, p. 434-435.

**2
McCabe C, Sipp D. Undertested and Overpriced: Japan Issues First Conditional Approval of Stem Cell Product. Cell Stem Cell. 2016, vol. 18, no. 4, p. 436-437.